・6.様々な環境化学物質の脳発達への影響
PCBだけでなく、低濃度で遺伝子発現を攪乱するのは環境ホルモンが示す広範な毒性の基本メカニズムである14)。
BPAはエストロジェンの攪乱による、性ホルモン系の関与する脳発達異常を起こし、また甲状腺ホルモン系を介してマウス大脳皮質の発達異常を起こすという報告15)も出ている。
先天的神経回路形成ばかりでなく、記憶・学習のような後天的神経回路形成のときにシナプスに変化を起こす活動依存性の遺伝子発現についても、殺虫剤のDDTやペルメトリン16)で攪乱される17)。
殺虫剤は、神経伝達物質の働きに異常を起こす化合物(有機リン剤やネオニコチノイド類)が多く、昆虫特異性といっても構造が似ているため、ヒトにも種々の神経症状が予想される。
また、子どものストレス耐性など後天的な機能発達には、母親のケアが必要とされ、その経過には遺伝子発現を制御するDNAの修飾(メチル化など)が関わっており、それは化学物質で変化する18)。
DNAのメチル化変異はDES、ダイオキシン、BPAでも起こり、農薬ビンクロゾリン16)の例では、それに起因する精子形成や行動の障害が次世代だけでなく4世代まで起きるという報告が出ている18)。
DNAメチル化などDNA修飾は、“エピジェネティクス”と呼ばれ、一定の遺伝子発現を細胞分裂後も持続させる調節機構で、部位によっては遺伝子変異を伴わずに次世代に伝わる。
環境化学物質が、遺伝子変異を起こさなくても次世代に伝わる影響の可能性として、また成人病胎児期発症説の一因としても注目されている。
脳機能発達に影響する物質として、成人脳でも述べた遅発性神経毒性のある重金属類の複合汚染も懸念される。
さらに、ホルモンや神経伝達物質など脳機能発達を調節しているすべての生理化学物質の類似物質なども問題となる。ヒトの神経伝達物質は多くが昆虫と共通で、脳発達などへの遅発性神経毒性が危ぶまれる19)。
遺伝子組換え作物用をはじめとして一般に使われている除草剤には、ヒト神経伝達物質の有機リン化合物もあり、興奮性伝達物質グルタミン酸類似のグルホシネートには、母体経由で曝露したラットの子どもに攻撃性を生ずるというデータがある20)。
7.将来に向けて
以上、環境化学物質の脳内汚染が確認されており、それが子どもの脳発達や成人の疾患などに関わる可能性について述べてきた。
本来、ヒト脳は長い年月をかけ生理的化学物質を駆使して精密な機能を構築してきたので、ここ数十年で出没した新規の合成化学物質には極めて脆弱なのであろう。
厳密な因果関係の証明は現状では困難だが、切実な健康問題であり18)、原因究明の研究と同時進行で予防原則を適用し、化学物質規制対策に早急に踏み出すべきと考える。
個人レベルでも毒性のある環境化学物質を体内に溜めないこと、水銀21)や比較的分解性のあるBPAなどは食事内容で体内濃度を低減できるので留意したい。
ともあれ世界レベルでの有害な化学物質法規制が最も重要であり、実績のある貴国民会議やNGOの連帯による前進を期待したい。