・4.特異的順応症候群
内分泌学者ハンス・セリエは、ラットなどの動物実験の結果、ストレスへの反応には①警告期②順応期③疲労期の3段階があることを発見した。様々なストレッサーに対していつも同じストレスの反応パターン
(視床下部下垂体中枢(HPA)の活性化、糖質コルチコイドの分泌)が存在し、セリエはこうした反応パターンを「汎適応症候群(GAS)」と呼んだ。
患者は、化学物質や食物、身体的ストレスなどに一見順応しているように見える段階の後、疲労期に入る。
疲労期とは、身体における生物化学的システムが破綻している状態を意味する。
セリエの汎適応症候群との比較で、環境医学者セロン・ランドルフ教授(内科医、精神科医)は「特異的適応症候群(SAS)」という概念を構築した。
ランドルフ教授は、CS患者個人個人について、化学物質に曝露しつつも症状が現れない長期のはっきりとした(真のものではない)順応期があることを発見した。
ステージ1の警告期は、ストレス因子となるアレルゲン等を摂取した時に、一時的に気分が落ち込むが、それは短期間で終わる。
ストレス因子を継続的に摂取していくと、ステージ2の順応期に入る。この期間のほとんどは、気分は高揚していて、自覚症状はない。この期間は数カ月から数年にわたる。
その後もさらにストレス因子の摂取が続くと、移行期を経てステージ3の疲労期に入る。疲労期において、患者はMCSのような重篤な急性あるいは慢性反応を引き起こすようになる。
ここで初めて病気になったという自覚症状が出てくる。
5.MCSの原因
MCSの原因として、①突発的先行事件、②トリガー(発症のきっかけ)、③メディエータ(憎悪因子、仲介因子)の三つがある。
(1)突発的先行事件
たとえば、何らかの寄生虫などで腸管に感染が起こり、そのために反応性関節炎が起こるのは、突発的先行事件の一例である。
疾患はここから始まる。
様々な化学物質への曝露(多くの人は大丈夫であっても)が突発的先行事件になる場合もある。
たとえば、部屋に新しい塗料を塗った時や、新しい抗生物質を処方された場合、または殺虫剤、重金属などである。
(2)トリガー
発症のトリガー(引き金)としては、寄生虫、バクテリア、酵母、カビ、食物抗原、毒物の摂取など様々なものがある。
これらが大腸炎、消化機能障害、関節炎などの慢性疾患を引き起こす継続的なトリガーになりうる。主流医学においては、専らこれらについて着目する。
これらの引き金は、診断のうえ取り除かなければならない。
MCS患者におけるトリガーは、溶剤、プラスチック、香水、医薬品など、さまざまな化学物質である。これらの引き金も、診断のうえ取り除かなければならない。
(3)メディエータ
メディエータは、病気の症状発現に寄与する媒介因子や代謝産物である。
トリガーと同様、メディエータもそれ自体が病気の原因となるわけではない。
メディエータは多種多様で、生化学物質(サイトカイン、プロスタノイド等)、イオン(水素イオン等)、社会的因子(病気のままでいさせる社会的要因など)、心理学的因子(恐怖など)、あるいは、文化的因子(病気の本質に関する考えなど)がある。
病気に共通のメディエータとしてはホルモン(副腎機能低下症、メラトニンと黄体ホルモンバランスの乱れなど)、フリーラジカル、痛みや喪失への恐怖、低い自己評価、今まで助けられなかったことから来る無力感、健康に関する適切な情報の欠如などがある。
ここで注目すべきなのは、すべてのメディエータに疾病特異性がないことである。MCSの患者は、それぞれ個別の先行誘発イベント、トリガー、メディエータをもった生化学的な個体であり、脳と体に火をつける慢性的な炎症をかかえている。
いったん慢性的な炎症が活性化されると、脳のグリア細胞、いわゆる血液脳関門(BBB)の免疫活性化がもたらされることがある。
グリア細胞は腸内の免疫細胞と関連しているため、消化器内でおこった慢性的機能障害が脳においても起こるとみることができる(憂鬱な気分、行動異常、てんかん、偏頭痛、多動性障害、うつなど)。