シックスクール症候群の事例ついて
○津野正彦・池本 和美(高知県衛生研究所)、川田常人(高幡保健所)、杉本 章二(幡多保所) 、
西岡 克郎(東部保健所)、 藤村 茂夫(エコプロジェクト推進課)
【要旨】県内の新築のO中学校においてシックスクール症候群と見られる事例が発生した。実態調査の結果、ホルムア
ルデヒド濃度及び総揮発性有機化合物(TVOC)濃度が厚生労働省の室内濃度指針値を超える教室があったが、自然
換気による改善対策4ヶ月後の調査では、教室内のホルムアルデヒド等の濃度及び生徒の健康被害は減少した。
更に1年後の調査では、健康被害を訴える生徒はいなくなり、ホルムアルデヒド及びTVOCの平均室内濃度も大幅
に低下したが、依然としてホルムアルデヒド濃度が指針値を超える教室が残っていた。
はじめに
平成13年県内のO中学校で校舎が新築されたが、新学期から目がかゆい、喉が痛い、頭痛がするなどの症状を訴える生徒が多くみられ、その原因は建材や塗料からの揮発性の化学物質による影響ではないかと推測された。
そこで、保健所と共同で平成13年6月~7月において(1回目)、生徒に対しての健康被害のアンケート調査や教室内の揮発性有機化合物(VOC)濃度の
実態調査を行ったところ、シックスクール症候群の症状が見られることや、ホルムアルデヒド濃度が室内濃度の指針値を大幅に超える教室があるなど、実態が明らかになった。
この結果を受け、学校側が夏休み期間中に、教室内のロッカーや収納棚の扉及び教室の窓を開放し、自然換気によるVOCの低減対策を行なった。10月に同様の調査を行ったところ(2回目)、教室内の化学物質濃度が低下し、生徒の健康被害も減少していたなど、低減対策の効果がみられた。しかしこの間室温が30℃から25℃に低下しており、ホルムアルデヒド等の濃度低下がその低減対策以外に温度低下の影響を受けていることが推測されたため、再度高温期の平成14年7月(3回目)に調査を行ったので、これまでの結果を報告する。
1 調査内容及び調査方法
(1) 調査対象
調査対象の校舎は12年3月に、体育館は13年3月に完成、13年4月から使用を開始した。
(2)健康被害の調査
健康被害の状況を平成13年7月にはアンケートにより平成14年6月に学校側に聞き取り調査した。
(3)室内濃度調査
測定項目及び測定方法
カルボニル化合物はホルムアルデヒド等14種の物質について、揮発性有機化合物(VOCs)はトルエン等42種の物質について測定を行った。
サンプリング方法、分析条件、定量下限の算出方法等の測定に関する条件は、厚生労働省の定めた方法に準じた。
学校保健法に基づく学校環境衛生の基準による方法と一部異なる。
サンプリング方法等
① カルボニル化合物、揮発性有機化合物(VOC)はサンプリングポンプ゚を使用し100ml/minで24時間採取する方法とパッシブ法により24時間採取する方法とにより、室内空気を採取した。
② 室温は温度・湿度データロガー計により30分間隔
で記録をした。
2 調査結果
調査結果については、対策前の1回目と対策後の2、
3回を比較して、集計・解析を行った。
(1) 室温及び湿度
(2) カルボニル化合物
ホルムアルデヒド
ホルムアルデヒド濃度は1回目11室中4室が室内濃度指針値(100μg/m3)を超えていた。2回目では8室中1室のみが指針値を超えていたが、3回目は12室中美術室と技術室の2室が指針値を超えており、7室平均濃度は2回目を
上回った。
2、3回目の平均低下率についてみると、2回目は68.2%、3回目は49.5%となっていた。
ホルムアルデヒドの材質からの放散量を考慮し室温30℃、湿度
50%における濃度に換算すると、2、3回目の平均低下率は41%、50%となった。
ホルムアルデヒド以外のカルボニル化合物
ホルムアルデヒド以外のカルボニル化合物の合計濃度が高い教室は、1回目は技術室、美術室、2B教室、コンピュータ室などで、2回目は技術室、美術室、コンピュータ教室、3回目は技術室、コンピュータ教室、LL教室であった。
主たる物質はアセトンで、アセトアルデヒドがこれに続いて多かった。
その他のカルビニル化合物の平均低下率は2回目69%、3回目59%となった。
アセトアルデヒド濃度が指針値(48μg/m3)を超える教室は1回目の美術室(69μg/m3)のみであった。
(3) 揮発性有機化合物(VOCs)
揮発性有機化合物(VOCs)について、指針値が定められている6物質(トルエン、キシレン、スチレン、エチルベンゼン、パラジクロロベンゼン、テトラデカン)、TVOCおよびテルペン類についてその変化を比較した。
その結果6物質合計の2、3回目の平均低下率は76.7%、62.5%であった。
トルエン
1回目から全室指針値(260μg/m3)を下回っていた。
7室平均濃度で1回目77μg/m3から2回目16μg/m3 、3回目28μg/m3と低下した。
キシレン
1回目から全室で指針値(870μg/m3)を下回っていた。
1回目は体育館(上)、(下)で535、520μg/m3であったが、3回目は142、55μg/m3と低下した。7室平均濃度で1回目181μg/m3から2回目27μg/m3、3回目38μg/m3と低下したが。
エチルベンゼン
1回目から指針値(3800μg/m3)を大幅に下回っているが、比較的高濃度の体育館(上、下)とも大幅に濃度は低下した。7室平均濃度では1回目194μg/m3、2回目28μg/m3、3回目26μg/m3と低下した。
スチレン、パラジクロロベンゼン、テトラデカン1回目スチレンが技術室で指針値(220μg/m3)の40%ほど検出されたが、3回目は16.8μg/m3と大幅に低下した。パラジクロロベンゼン、テトラデカンは1回目から極めて低濃度であったが、3回目は更に低下した。
テルペン類の濃度1回目は技術室、体育館(上)で5641、1203μg/m3と
高い濃度であったが、3回目は93.8、6.6μg/m3と大幅に低下し、7室平均では1回目1284μg/m3から2回目286μg/m3、3回目21.1μg/m3と順次大幅に低下した。
総揮発性有機化合物(TVOC)
1回目は測定した8室のうち5室、2回目は8室のうち1室で暫定指針値(400μg/m3)を超えていたが、3回目は全12室で暫定指針値を下回っていた。7室平均では1回目1944μg/m3、2回目397μg/m3、3回目162μg/m3
と大幅に低下している。テルペン類を除くTVOC濃度は平均低下率で2回目77%、3回目72%であった。
4 健康被害について
1、2回目の健康被害のアンケート調査結果では、有
症者割合はそれぞれ46%、20%であったが、今回保健所における聞き取り調査の結果、健康被害を訴える生徒はいなかった。
5 考 察
(1)低減対策によるホルムアルデヒド濃度
ホルムアルデヒド濃度は2回目大幅に低下したが、3回目は2回目を上回った。
ホルムアルデヒドの放散量は温度・湿度に依存することが知られており、各教室を一定温度・湿度(30℃、50%)に換算すると3回目の濃度は2回目を下回った。2回目の大幅なホルムアルデヒドの濃度低下は、低減対策による効果の他、
温度低下による効果も加味されていたことが考えられる。
(2)カルボニル化合物測定上の問題点
カルボニル化合物の捕集は捕集管を重連で行った。 1回目の測定時、カルボニル化合物濃度の高い教室でもホルムアルデヒド、アセトアルデヒドは2本目の捕集管に破過することは殆どなかったが、アセトンは2本目が1本目より捕集量が多い例
があった。
2本目のアセトンの捕集量は最大45μg程度であり、篠原らの報告による破過量を超えており、この場合2本目も破過したことが考えられる。
(3)テルペン類の捕集効率
3回目に用いたVOC捕集管スペルコ ORBO91Lは、テルペン類、特にα-ピネンの捕集効率がかなり低いことが報告されている。
これによると、全国平均では加熱脱離法(平均濃度33μg/m3)に比較してORBO91Lによる溶媒抽出法は10%~20%ほどの捕集率であった。
従ってTVOCの濃度もα-ピネンの捕集効率を考慮に入れると、技術室、体育館(上)では暫定指針値とほぼ同程度と推測される。
Ⅵ まとめ
校舎の新築により、生徒や職員の約半数近くが何らかの症状を訴えることから、実態調査をしたところ、ホルムアルデヒド濃度が指針値を超える教室があることやシックスクール症候群と思われる健康被害がみられた。
学校側ではこれらの改善策として、自然換気によるVOCの低減対策を行い、その4ヶ月後(2回目)に続いて今回1年後に3回目の調査を行なった。教室内のVOC濃度は大きく低下し、生徒の健康被害を訴えるものはなくなり、換
気対策による効果は見られたが、指針値を超える教室がまだ残っていることなどが分かった。
今回の事例では、校舎は使用開始まで1年間の期間があり、この間に通風等の処置を行っていれば、かなり防げたと思われる。