ケン ヴェン ラー ソウ エウのブログ -6ページ目

誘っていらん

 よほど友達がいないと思われているのか、雨の日にはよく誘われる。

 先週のしとしと雨が降っている日には、川原で嬌声が聞こえるので見てみると若い奴らが花火に昂じていた。傘を片手に花火をしている風景を見るのは何とも言えない変な気分だったが、奴らは雨の中をものともせずにロケット花火を打ち上げたり、吹き出し花火の周りに集まって手持ち花火に火をつけたりして騒いでいる。若い男と女がそれぞれ三人ずついた。どうしてこの雨の中、花火が消えないのだろうと不審に思って近づいていったら、そのうちの一人がこっちを見た。帽子をかぶった、長髪の眼のくりくりした若い男だった。私と目が合うと人懐っこそうな笑顔を浮かべて手招きする。一瞬足を踏み出しそうになったが、やめた。彼らの服がこの雨にもかかわらず全然濡れていなかったからだ。

 一昨日の大雨が降る日には同じく川原で歓声が聞こえる。見れば水かさを増した川の中で、流れに逆らいながら懸命にクロールで泳いでいる集団がいた。まともに考えれば流されてよさそうなものだが、少しずつでも前に進んでいるところが感心できる。それにしても泳いでいるのは六人組で、ゴーグルと水泳帽をつけているからはっきりとは分からないがこの前の花火の連中と同じに見えた。他には誰もおらず、あの歓声はどこから聞こえてきたのだろうと考えていると、泳いでいる連中と目が合った。奴らはクロールを止めて、立ち泳ぎの姿勢になってこちらに手を振る。こっちにおいでよ、と言ってるけど無理。人間だったらこんな濁流の中で川の中に入っていたらたちまち流されるって。

 なんか目をつけられているのかなあ、なんて考えながら今日も土手を歩いていると、突然の雨が来た。通り雨だろうが激しい降りだ。すると土手の周りに植えた木々の間から若い男女が私のほうに向かってくる。やはりあの六人組らしい。

 ちょっといいですかあ。簡単なアンケートなんですけど。

 こんな雨の中でするなよ、と思う。奴らの声を無視して片手で断るしぐさをしながら先を急ぐ。雨が降っていないからと油断していたのがいけなかった。まさかこんな至近距離で奴らと会うとは思わなかったからどうやって逃げようかと必死で考えた。奴らは実際のキャッチセールスさながらにしつこく付きまとってくる。囲まれるとうっとうしい。

 素敵な特典があるんですよ。いらない。いらない。どうせ仲間になれっていうんだろう。いや、ひとつ話だけでも。そういって奴らが扉を開けたのは私のアパートの部屋だった。

 逃げ場がないってことかよ。奴らの手を振り切って雨の中を走って行った。通り雨かと思っていたが、さっきからずっとやむ気配がなく、逆に勢いを増している。川の流れの音がいつになく激しく聞こえ、それが私をますます不安にさせる。

所謂京都系

「梶さん、辞めたんやって」

 窓の外の景色を見ていると、寺田が烏龍茶の缶を片手に近寄ってきた。ふと腕時計を見た。二十三時四十五分。もうすぐ日付が変わる。俺も手元の缶コーヒーを飲み干した。

「あの人……、頑張っとったのにな」

「頑張るからや……」

「伊藤も体を壊したやろ」

「新入社員の小林な、もうもたんわ。なんや目つきおかしなってるもん」

「みんなおかしなんねんて」

 俺は明かりが殆ど消えた街並みを見下ろしながら答えた。

「吉田……死んだらしいな……」

 知ってる。噂では自殺らしい。あれほど上に取り入っていたのに案外呆気ないものだ。

 俺が働いているのは所謂京都系の会社だ。京都と言えば、名刹・古刹、京料理に舞妓としっとりとした、古風で雅な印象がある。だがそんなものはほんの一面でしかない。京都のある種の会社は「狂徒」に相応しい働きぶりで成長しているが、反面それに耐えきれず、辞める者が後を絶たないことでも有名だった。だが辞められる奴はまだ幸せだ。とくにうちは体を壊したり、鬱や過労死に自ら命を絶ったりと、体感廃人率が異様に高い。

 後ろでガタンと音がした。暗い廊下にモーターが低く唸る音が響く。夜の九時からエレベーターは東の一機を残して電源が切られるが、動いているのは止まっているはずの西のものだ。どうせ中には誰もいない。いつものことだ。照明の消えた暗い本社ビルの到る所にわらわらと黒い影が幾つも揺れている。この時間ともなればさすがによく見えた。

 日付が変わったところで寺田と共にオフィスに戻った。電気代の節約で殆どの電気が消され、俺たちの席だけ電気がついているが他は闇に包まれていた。突然、誰もいない席のパソコンが立ち上がった。やがてカタカタとキーボードが音を立て始める。梶さんの席だった。寺田が何か言いたそうに俺を見つめる。

 俺には分かっていた。あれは梶さんではない。彼は会社を憎み、忌み嫌って辞めていった。今更戻ってくるはずがなかった。今、彼の席でメールを打っているのは人ではない。そいつに踊らされて明日もまた社員が命がけで走り回るはめになる。結果として儲かるから幾ら社員が潰れても会社としてはまた誰かを雇えばそれで済む。

古都の歴史は怨念と怨霊の歴史であり、それは今も形を変えて続いているのだ。

 十年持たなかった都の上に立つこのビルは生者の墓標として死者たちに生贄を捧げることで今日も成長を続けている。

なめたらあかん

 

 桂川はなめたらあかんで。

 よく近所で聞く言葉である。

毎年春になってぽかぽかと暖かくなってきた頃、松尾橋のたもとには週末になるとどこからともなく多くの人が押し寄せてくる。橋の上から見る光景は大勢の人でひしめきあってまるで海水浴場のようだ。親子連れや若い人たちが多いので一見浅く見える川に入る者も少なくないが、見た目よりも深く、意外に流れが速いので足を取られて流される者が毎年出る。最近では大きな事故の話は聞いたことがないが昔は死人が出たとか、出ないとか。

 そんな桂川も夜ともなればまた雰囲気が変わってくる。夏の暑い日には花火に興じる輩達でうるさい時もあるが、梅雨時のじっとりした雨が降る日などさすがにそんな酔狂な人間はいない。街灯もなく暗い人気のない通りを歩いていると土手の周りに生えた木々が昼間とは違った威圧感を漂わせるのだ。それでも家までの近道になるので会社帰りにいつものように土手から川を眺めていると、なんだか川の真ん中に何かあるように見える。

 それはまるで手のように見えた。目を凝らしてみると手を握ったり開いたりしている。誰かいる?まさか、こんな夜になってしかも雨の中で川に入るような奴がいるはずがない。

 だが、もしも本当に誰かいるのだとしたら?気になって、土手を下りてみた。

手のようなものは水の中から出たり入ったりしている。

もしかして溺れてる?まさかとは思ったけど明日になって溺死者がいたとの話を聞くのは気分が悪いのでとにかくもっと見えるところまで下りた。

護岸の上に立って川を見下ろすが、梅雨で水かさの増した水面は雨音交じりにごうごうとした音を響かせているだけで誰かがおぼれているような気配は感じられなかった。

やはり気のせいだったのか。

戻ろうとして降りてきた土手を見上げて思った。

 どうしてさっき手だと分かったのだろう。自分がそれを見た場所からはもっと小さな影にしか見えなかったはずだ。まして今は夜でしかも雨だ。はっきり見えるはずがない。

 いやな予感がした。

 桂川をなめていた……。

 振り向いて川の方を向くと、ぶよぶよに膨れた巨大な手が水面から私めがけて近づいてくるところだった。