私達はみんな、善であり悪でもあり、天使でもあり悪魔でもあります。
生きてるのってそういうことで
それを愛するとか、それを楽しむことが先ずあって
その先に進みたいと思うとき
自分の中の葛藤や矛盾に苦しんで
そして、許して・・・自分も、そして自分と同じように一生懸命生きている人達をも。
そういうことになるのかなと思います。

その先は、どうなのでしょうか。
悟りに向かっていくのでしょうか。
喜びや平安だけ、ということは、あるのでしょうか。
未熟な今の私にはわかりませんが
そういう境地に行けたら本当にすごいと思います。

誕生日を前に、痛いほどに感じたことがひとつあって
それは、「自分自身」を幸せにしようと思えば思うほど、虚しくなる、ということでした。
やっぱり私は人の喜ぶ顔や、幸せな顔が見たいんです。
それだけ・・は、それは、また、嘘、ということになるけれど
幸せはつながっていると思いました。

うまく伝わらないとき、誤解されるとき
あるいは、私自身でも知らない間に、申し訳ないことになっていることも
もちろんあると思うのですが
そういう時の悲しさやら、やりきれなさ、悔しさ、そういうものを全部差し引いて
心の中にあるのは、やはり仲良くしたいという気持ちだけだと思いました。
でもこれは、私の気持ちだから。
ひとりひとりには、その人の思う自由があると思います。それも認めて
それでも相手の幸せを心から願うことができたら、それが、私の幸せにつながるのですね。

しなくてはならないことがある、というのは
それをすることで、助かる人や幸せになる人がいるということなので
それと、自分に対しても、今できることを、淡々とやっていくことが、
今できる自分自身の幸せへの道なのでしょうね。

幸せ、とは、心の平安のこと。私にとってはそうです。

12月18日に、ピアソラのアベマリアを演奏することにしています。
イタリア語の歌詞を見つけて、あれこれで直訳して
それを整理したら、このような意味でした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

アヴェマリア
あなたに 祈りをささげます
母であるあなたに。

私たちは 自分のことしか考えず
そこには慈悲の心はもはやありません。
そして、自分はひとりぼっちなのだと感じています

アヴェマリア あなたに祈ります
アヴェマリア あなたは知っている
いか程の苦悩があるかを。

愛と熱意と、今はない希望を再び目覚めさせよ。
あなたを信じます
あなたに祈ります。

あなたは知っている。
私たちが自分自身が何者なのか忘れていることを
私たちはみなこのように混乱している。
あなたの子供である私たち、壊れやすい人間
母であるあなた、こんな風である私たちを助けることのできるあなた。


$高い高い空は・・・



どれだけ大変な思いをしても、またここに向かいたくなる。
これしかない、というのは何なんだろうなあ・・・
やりたいことと能力とのせめぎあいですが
もし、この人生で間に合わなければ次に持ち越す、とも思います。

もっとこうであったらと思っても
その時の音はそのときの精一杯で
それは次の課題です。
たとえ誰かにわかってもらえなくても
私自身が私をわかっていたらいいかな。って。
そして、淡々と日々積み重ねていけばいいかなって。
結果が出たらいいけれど、それは追うものじゃなくって
ついてくるものかな。。と思います。

つよくなったかな~少しは。

今日は、お能を見てきました。
庭園能ですが、戸外での舞は、光と風の音でとても綺麗でした。

また、できることを見つけて淡々とやっていきます。
11月4日、下北沢 音倉でのライブが無事に終わりました。
満席のお客様とともに2時間を過ごさせていただき、幸せでした。
どうもありがとうございました。心から感謝申し上げます。

所素子さんのヴァイオリンの奥行きと
深く透明な贄川治樹さんのパーカッションの音にサポートしていただいて
やりたい、と思っていたことに、音でも一歩を踏み出すことができました。
ここまでのことを思い返すと、夢のよう・・奇跡のようです。
本当に、本当にどうもありがとうございました。


これからも、ジャンルのない、というところにこだわって
演奏活動をしていきたいと思います。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

高い高い空は・・・

高い高い空は・・・