少し前のことなのですが
高校の同級生に、合唱サークルのコンサートに誘われました。
高校時代の音楽の先生が、とある高校の合唱部を全国優勝させているのですが
そこのOBの方達の合唱サークルで、「早春の会」といいます。
気軽な気持ちでその会に足を運んでみました。
コンサートは和気藹々と進みました。
最後に、組曲蔵王の最後の歌「早春の歌」をアンコールで演奏することになり、先
生が指揮をしました。
聴いたら、急に涙が溢れてきました。
自分でもびっくりしました。
何か、切ないものの蓋があいたような感じで、
・・・・・・・・・と思いながら、その場にじっといました。
終わってすぐに先生に駆け寄って、泣いたままで
「先生。感動しました。
よくわからないのですが 本当にありがとうございました!!」とお伝えしました。
頭が白くなって、今聴いた音楽への切なさが止まりませんでした。
その流れで、私は打ち上げまで出てしまったのですが
お茶を飲みながら、だんだん涙の理由がわかってきました。
先生に接して、触れていた音楽が、私の原点だった。
そんなことを、感じることもないくらいに、自然に当たり前にそうなっていたということ。
それに、今更のように気がついたということ。
全く気がついていなかった高校時代の私にも
音楽の恩恵はちゃんと届いていたのですね。。。。
気がついて良かった。間に合って、本当に良かった。
誘ってくれた友人に、心から感謝しました。
私を誘ってくれた同級生は、作曲家です。
私がこの話をしたら、「同じようなことをブログに書いている人は、たくさんいるよ」
と言いました。
こちらから積極的に近づくことも特になく、卒業した私ですが、それでも先生とはご縁があり
特に、三年生になってから受けた音楽の授業には思い出があります。
みんなで、お宅にお邪魔したこともありました。
そこで、聴かせていただいた、ベートーベンのソナタやショパンエチュード。。。
「音楽は、まず感動ありき。それから知的な作業がある」
先生は、そんなことを話されました。
その「感動」の正体が大切で、それをつかむことが本質である。と。
今の私には、その意味がよくわかります。
そこにいきたくて、苦しんだり悩んだりしているのですもの。
この「感動」の正体は
マグマであり、涙であり、天上に昇るかのようなものであり
神であり悪魔であり・・・ひとの生き様そのものであったり
・・・変化自在で、でも同じものなのです。
このことを、ずっと書こう書こうと思っていました。
でも、うまく文章にならなかったのですね。
今日は、やっと書けました。
この体験に、先生に、心から感謝しています。
写真
駒場高校のときの音楽の先生、織田久男先生を挟んで。
同級生の安藤由布樹さんと私
先生の薫陶を受けて音楽家になった方のなかには
立川清登さんなど著名な方もいらっしゃいます。
高校の同級生に、合唱サークルのコンサートに誘われました。
高校時代の音楽の先生が、とある高校の合唱部を全国優勝させているのですが
そこのOBの方達の合唱サークルで、「早春の会」といいます。
気軽な気持ちでその会に足を運んでみました。
コンサートは和気藹々と進みました。
最後に、組曲蔵王の最後の歌「早春の歌」をアンコールで演奏することになり、先
生が指揮をしました。
聴いたら、急に涙が溢れてきました。
自分でもびっくりしました。
何か、切ないものの蓋があいたような感じで、
・・・・・・・・・と思いながら、その場にじっといました。
終わってすぐに先生に駆け寄って、泣いたままで
「先生。感動しました。
よくわからないのですが 本当にありがとうございました!!」とお伝えしました。
頭が白くなって、今聴いた音楽への切なさが止まりませんでした。
その流れで、私は打ち上げまで出てしまったのですが
お茶を飲みながら、だんだん涙の理由がわかってきました。
先生に接して、触れていた音楽が、私の原点だった。
そんなことを、感じることもないくらいに、自然に当たり前にそうなっていたということ。
それに、今更のように気がついたということ。
全く気がついていなかった高校時代の私にも
音楽の恩恵はちゃんと届いていたのですね。。。。
気がついて良かった。間に合って、本当に良かった。
誘ってくれた友人に、心から感謝しました。
私を誘ってくれた同級生は、作曲家です。
私がこの話をしたら、「同じようなことをブログに書いている人は、たくさんいるよ」
と言いました。
こちらから積極的に近づくことも特になく、卒業した私ですが、それでも先生とはご縁があり
特に、三年生になってから受けた音楽の授業には思い出があります。
みんなで、お宅にお邪魔したこともありました。
そこで、聴かせていただいた、ベートーベンのソナタやショパンエチュード。。。
「音楽は、まず感動ありき。それから知的な作業がある」
先生は、そんなことを話されました。
その「感動」の正体が大切で、それをつかむことが本質である。と。
今の私には、その意味がよくわかります。
そこにいきたくて、苦しんだり悩んだりしているのですもの。
この「感動」の正体は
マグマであり、涙であり、天上に昇るかのようなものであり
神であり悪魔であり・・・ひとの生き様そのものであったり
・・・変化自在で、でも同じものなのです。
このことを、ずっと書こう書こうと思っていました。
でも、うまく文章にならなかったのですね。
今日は、やっと書けました。
この体験に、先生に、心から感謝しています。
写真
駒場高校のときの音楽の先生、織田久男先生を挟んで。
同級生の安藤由布樹さんと私
先生の薫陶を受けて音楽家になった方のなかには
立川清登さんなど著名な方もいらっしゃいます。
