オカルトについて | ライトワーカーまきてぃ.の覚醒するブログ

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ゆるふわスピ系を卒業。脱偽スピ!本質を思い出そう♡呼吸、瞑想、野草・ハーブ、土壌菌などなど。本来の自分自信と繋がって幸せに楽しく生きる。地球を生きるための借り物であるカラダも大切に。本質探求オタク。

ブログにいらしていただきまして

ありがとうございますクローバー

まきてぃ.です。





最近、いろいろなオカルトのような話を聴いていたら…

私にも不思議現象が起きました。



宇宙とか、時空を超えた話とか、オカルトとかは好きだけど、変な念とか呪いとか黒魔術(白魔術も)のようにエレメンタルやカルマを作ってしまうものは一切やりません!

いろいろ学んだし、これらがいかに危険かということは嫌というほど知っているので。

知らずにやっているスピ系の人多いけど、危険で見ていられんよ汗



とにかく

人より能力が欲しい、人に凄いと思われたい、これでお金儲けがしたい、などなど思っている強欲な人に高次の存在は降りてこないから。

悪霊や人間に害を及ぼす宇宙人などは降りてくるでしょう。

上手いこと言ってくるので、それを神や高次の存在たちや宇宙人と思わされているだけ。

ご注意を❗️

(続きは改めて)





私に起きた不思議現象については、もうちょっと検証するかな?







オカルトについて


「呼吸道」の師、清水友邦さんより




オカルトは、「隠された」「秘められた」という意味を持つ言葉で、その知識体系を「オカルティズム」といいます。 


オカルトの由来は、神智学協会会員のA ・P ・シネットによる1881年出版の「オカルトの世界」からと言われています。 


オカルトの範囲は広く、錬金術、カバラ、タントラ、神智学、心霊術、超常現象、体外離脱、ESP、占星術、水晶占い、魔術、妖術、などがあり、何をオカルトと呼ぶかは人によって異なります。 


物質科学はオカルトを扱うことはできません。 


オカルトは、一部の能力者を除いて、見ることも触れることも感じることもできないからです。 

ですから、再現ができないので、客観的な検証が不可能なのです。 

科学者に、物質科学以外の現象の経験がなく、また、まわりにもオカルティストが誰もいなければ、オカルトを認めることはできないでしょう。 


大多数の一般の人々は、オカルトとは無縁の生活をおくっています。 

現在、科学でオカルトは門前払いです。 

死後の世界やテレパシーなどの非物質的現象は、科学者の信念体系を超えているからです。


 オカルトは「疑わしい。信用出来ない。いかがわしい」という意味に使われていて嘲笑の的になっています。 


神智学が呼ぶオカルティストとは、啓発と修行によって最高の智に達したアデプト・マハトマ(秘儀の熟達者)のことで、グレート・ホワイト・ブラザーフッド(聖白色同胞団)の一員となることでした。 

一部のマハトマは、人類の進化に手を貸す為に人間の姿にとどまっているとされています。 


しかし、それは明らかに仏教のアラハンタ arahanta (阿羅漢)やボーディ・サットヴァbodhisattva(菩薩)の概念を神智学が換骨奪胎(かんこつだったい)したものでした。 


東洋の神秘主義に傾いた神智学協会とは別に、薔薇十字の会員だったマグレガー・メイザースは、西洋の魔術を復興させようと1865年にゴールデンドーン(黄金の夜明け団)を創設しています。 


18世紀に産業革命が始まり資本主義が発展して、科学技術が力を持つと宗教は不合理なものとして見なされるようになりました。


 その近代化の真っ最中に心霊主義、魔術、オカルトが台頭したのです。


19世紀後半の1848年は、近代スピリチュアリズムのきっかけとなった有名なフォックス姉妹によるハイズビル心霊現象事件が起きています。 

この事件が起きた18年前の1830年にニューヨーク州北端の村ハイズビルの村から数キロのところにある、パルミラという町にジョセフ・スミスという人が生まれています。 

モルモン教の開祖です。 


反合理的な運動が盛んになり、悪魔の術として教会から禁じられていた水晶占いも息を吹き返しました。 スピリチュアリズムはアメリカ全土に広がりヨーロッパにまで到達しました。

近代合理主義によって否定され抑圧された影の局面が表面化してきたのです。 


南方熊楠(みなかた くまぐす 1867~1941) がオカルティズムに強い関心があったことはあまり知られていないようです。 


南方熊楠の蔵書に、神智学協会を創設したブラバッキーの「ベールを脱いだイシス」や「シークレットドクトリン」や心霊科学協会を創設した一人のフレデリック・マイヤーズの著書がありました。 

マイヤーズは神智学協会の会員でした。 

マイヤーズの造語にテレパシーがあります。


19世紀後半のロンドンは、オカルティズムの熱気であふれていました。 

そのころロンドンに滞在した熊楠はオカルトに対して批判的でした。 

自然科学に熱中していた熊楠は、大英図書館に通い詰めて、ブラバッキーの著書も読んでいましたが、実にならないと批判しています。 


ロンドンで出会った後に高野山管長となる土宣法龍(どき ほうりゅう)との書簡の中で、熊楠はオカルティズムを腐ったものと言っていました。 


ところが、帰国した後の熊楠の態度は一変します。

 マイヤーズの著作「ヒューマン・パーソナリティー」を近来まれなる著作と評し、ブラバッキーの著作の図とそっくりな「ユダヤ教の密教の曼荼羅図」(熊楠の生命の樹)を描いています。 


南方熊楠の父は金物商で成功した新興商人でした。 

熊楠は、子供の時から驚異的な記憶力の持ち主で、江戸時代の百科事典を暗記して家に帰って、5年かけて百五巻書き写したといいます。 


自分が興味を持ったもの以外は全く関心を示さず、あらゆる束縛と権威が嫌いでした。

 無味乾燥な学校の授業は嫌いでも、勉強は大好きで野外の自然観察を好みました。 


熊楠は19歳で和歌山からアメリカとキューバに渡って、25歳でロンドンに至り8年間滞在して、33歳の時に帰国しています。 


ロンドンで熊楠は大英博物館に通い、18ヵ国語を操り、学会の学者と議論をたたかわせ、ネイチャーに論文を掲載しました。 

そして、図書館の蔵書を書き抜きした52冊の膨大な量のノートを、日本に持ち帰っています。

 ロンドン滞在中に、両親がなくなり仕送りが途絶えたので、仕方なく失意の帰国をしたのでした。


 莫大な費用をかけて海外留学から熊楠が持ち帰ったものは、世間が認める地位や学位ではなく、わけのわからないコケやシダ、キノコや粘菌の標本でした。 


神戸まで迎えに来た弟は、熊楠の業績を理解できず、呆れ果ててしまいました。

 ロンドンから帰国した熊楠は、弟夫婦から冷たい仕打ちに会い、帰国一年で実家の和歌山を追い払われて、1901年から足掛け3年間、南方酒造の支店がある那智に行きました。 


1億5000万点以上の資料を所蔵する大英図書館がある世界最大の近代都市ロンドンから、熊野の僻地への移住という、あまりにも極端な環境の変化は、熊楠の自我にゆらぎをおこしたようです。


 熊楠は1902年1月~1903年3月の間、那智熊野古道の入り口にあたる大阪屋に逗留して、早朝から毎日原生林に入って、異常なまでの熱意で、自然観察と標本採集を続ける生活をしているうちに、日常意識と異なる変性意識状態に入りました。 

特に1904年3月~4月に集中して起きています。 


自然の中にある聖なる場所は、昔から偉大な宗教や神秘家を生み出してきました。 

聖地は、変性意識状態を起こして、人の心を霊的な世界に導く力を持っていました。 

大地の力が、下から立ち上がって体を貫き頭頂まで達すると、自他の境界が溶けて自然と一つになる体験をします。 

変性意識状態の中で、万物はお互いつながりあって一つの生きた生命圏を形成している、という気づきが生まれるのです。 


那智での熊楠の暮らしは、蔵書も図書館もなかったので、左脳から右脳優位になり、直感や洞察が強くなったようです。 


「寂しい限りの所なので、いろいろの精神変態を自身に生ずるゆえ、変態心理の研究に立ち入った」(南方熊楠 履歴書) 


「それゆえ博識がかったことは大いに止むと同時にいろいろの考察が増して来る。いわば糟粕なめ、足のはえた類典ごときは大いに減じて、一事一物に自分の了簡がついて来る」土宜法龍宛書簡 


那智で暮らしていた熊楠は、頭が異常に冴えて眩しい光を見たり体外離脱もしています。 


「糸にて自己の頭をつなぎ、俗にいふろくろくび如くに、 室の外に遊ひ、其現状を見るなり」 熊楠日記(1904年4月25日) 


熊楠が糸といっているのはスピリチュアリズム(Spiritualism)用語の霊子線(silver code)のことで、肉体と目に見えない体の霊魂が、銀色の糸で繋がったまま体を離れた経験を語っています。


 熊楠が滞在していた19世の後半のロンドンは、スピリチュアリズム(Spiritualism)が爆発的に増加した時代でした。人は肉体と霊魂からなり、肉体が消滅しても、霊魂は存在すると証言する霊媒が多数現れて、懐疑派の科学者もスピリチュアリズムに巻き込まれていったのです。 


ケンブリッジ・トリニティ・カレッジ教授のシジウィックとマイアーズによって1882年にSPR(英国心霊研究協会)が設立されています。


頭の知識だけで死後の生を信じている人だけでなく、懐疑派の科学者も詐欺霊媒師に簡単に騙さていたので、スピリチュアリズムの黎明期は混乱していました。 


熊楠は那智時代の1904年2月にマイヤーズの著書「人間の人格、 その肉体の死後の存続・ヒューマン・ パーソナリティ」を購入して熱心に読んでいました。 


熊楠はしばしば幽霊も見ていますが、幻は現実ではないことで熊楠にとっての幽霊は眼に見えない現実のことでした。

幻と幽霊は違うことを次のように述べています。


「幽霊が現われるときは見る者の身体の位置がどうであろうと、地平に垂直に現われ申す。しかしながら幻は見る者の顔面に並行して現われる」(南方熊楠 履歴書 )


また熊楠は静座している時に、亡き父親が現れて、珍しい蘭の咲いている場所を教えてくれたことを書いています。 


「朝早く起き静座しいたるに、亡父の形ありありと現じ、言語を発せずに、何となく予に宿前数町の地にナギランありと知らす」(南方熊楠 和歌山新報)


 熊楠は、目に見えない世界を日常的に感知で出来たといっています。

そして、神通、千里眼的なことは特別なことではなく誰にでもできると言ってます。 


「わしなんかこうして、この部屋にジーと坐っていても、ちっとも淋しいとは思わぬ。昼でも夜でも、好きな時に、昔馴染の娘でも、後家さんでも、呼び出すことができる。一種の霊感によって、これはと思う物を採集して来る。するとメッタにまとは外れぬ。……また吾輩が旅行から帰るとき、汽船が田辺から数丁の所まで来ると、家で何も知らず寝ている妻の耳に、平常通りわしの声で、今帰ったとはっきり聴きとれる。そこで妻は戸を開けて待っているのじゃ。こんなことぐらいは、ちょっと修養ができてる人間なら、誰にでもできる心霊現象じゃ。」(酒井潔「南方先生訪問記」)


 非日常的な体験が日常的に起きると、本当か嘘か、あるとかないとかということを問題とすること自体があほらしくなります。 


「予がみずから経験した神通、千里眼的な諸例を、虚心平気に考察すると、それほど解説できないほどの不思議なことはひとつもない。」(南方熊楠 千里眼  和歌山新報) 


インド哲学は人間の身体を、「粗大な身体」であるグロスボディ(gross body)、「微細な身体」であるサトルボディ(subtle body)、「元因の身体」であるコーザルボディ(causal body)の3つに分類しています。


非物質的な心霊の世界はサトル(微細な)の領域です。 


完全なリラックスに入ると、世界との仕切りが取り除かれて、微細なサトルの領域に入ります。


一度その「コツ」をつかむと、脳はそれ以後、随意にそれを再現できるようになります。


しかし、注意が散漫で考え事で心がいっぱいになると作用しなくなります。


 熊楠によると、私たちが霊能を発揮できないのは、我執や我欲のマインドに覆われて曇っているからだと、言っています。 


「今日の多くの人間は利欲我執事に惑うあまり、脳力がくもってこのようなことは一切ないが、まったく閑寂の地にいて、心に世の煩いがないときは、いろいろの不思議な脳力が働きだすものなのだ。」(南方熊楠 履歴書)


 生きながら霊界を見て来た、体外離脱の達人スウェーデンボルグは、お金の心配をする日常的なマインドに覆われると霊界にいけないと言っていました。


熊楠も結婚してからは、しばらく霊を見ることがなくったといっています。 


「妻を迎え、子あるに及び、幽霊も頓と出でず、不思議と思うことも希になりし」 (南方熊楠 千里眼 和歌山新報)


 動物や精霊信仰の先住民族は、近代合理主義の現代人よりも超越的感覚に優れている、という証拠はたくさんあります。 

鳩の帰巣能力や、長い旅行から主人が帰ってくるのがいつでもわかった犬の例も、あります。

 はるか石器時代の私たちの祖先も、間違いなくそうした能力をもっていたでしょう。 


シャーマンやメディスンマンなどの特別な人々だけでなくアボリジニやアメリカ・インディアンなど、多くの先住民の人々が、遠くの友人や親類とテレパシーで連絡していました。 


ですが、左脳優位の文明になって都市を築いた現代の人々は、日常の事柄でマインドがいっぱいになって、ジャングルのどこで猛獣が待ち構えているか直感する必要がなくなり、サイキック能力を失ってしまったのです。 


体外離脱やテレパシーなどの超常現象は、オカルトとよばれ研究者は学会から排除される傾向にあります。 

オカルトは、実験室で再現も、機械で観測もできないので、科学では扱えないので門前払いです。


 心霊現象は病理的、現実逃避的、退行的、逸脱的なものとされ、ありとあらゆる軽蔑的な言い方をされてきました。 


熊楠は目に見えない世界を頑固に否定する科学者に対してこう言っています。 


「一向不思議とか霊妙とかいうことを主張せざる科学一点張りの学者」(南方熊楠 三田村書簡)


 左脳優位の科学者にとって心霊現象は、本を読むしか手立てがなく、自我が築いた世界観とあまりにも食い違うので拒否反応をおこすのです。 


「小生は別段怪しくも思わず。これを疑う人々にあうごとに、その人々の読書のみしてみずからその境に入らざるを憐笑するのみ」(南方熊楠 岩田準一宛書簡) 


熊楠の研究は、目に見える世界と目に見えない世界の垣根をこえていました。 

マインドの罠にはまって潜像の垣根をこえられない科学者を、熊楠はあわれんで笑うしかなかったのです。


 心がいまここにある時、自我の境界を超えて意識が広がります。 

人の本質は時間と空間を超えています。 

それを確認するのが呼吸道です。


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無条件の愛、永遠の至福、無限の光、沈黙、虚空などの言葉は、言語で表現できない真実の自己を表しています。

本来の自分に戻るには体の感覚に注意を向け、常に変化している呼吸と身体感覚から始めるのがやさしいのです。

私たちは頭に浮かぶ思考を自分と思い込んでいます。

苦しみの根っこは、頭の中に浮かぶ思考を自分と思い込んでいることにあります。

不安な時、憂鬱な時、退屈している時は思考に同化しています。

思考は過去を思い出し現在にいません。

そして、過去の記憶から否定的な未来を想像して、湧き上がる不安や恐怖に翻弄されています。

そこから自由になるには、否定的な受け入れがたい感情が自分にあることを、しっかり受け止めて、それに心を開くことが必要なのです。

マインドの条件つけを解除すると、制限していた生命エネルギーが活性化します。

微細な身体に、生命エネルギーが流れることで、思考が鎮まり、あるがままに観照している本来の自己に気づくでしょう。























































ではでは

今日もいらないものはサレンダー&クリアリングして

心は寛容に

氣づきあり学びありのよろこびの一日をお過ごしくださいキラキラ