ブログにいらしていただきまして
ありがとうございます
まきてぃ.です。
今日は薬草の勉強で素晴らしいところに行ってきましたー
今日出会えた方々とのシンクロ加減がやばかった
ご縁に感謝します
たぶん6月⁈
(決まりましたら告知させていただきます)
中村臣市郎先生の薬草のご本が出たら、東京、神奈川(他にご希望があれば)でサイン会をしていただいてみんなで行きましょう♪
新作著書のご案内
10年間の生と死の壮絶な薬草探求で驚愕すべき現象が続発した。
猛毒のトリカブトを誤食して中毒し意識不明をさ迷った。
英彦山で80メェトルの崖から転落し一週間何も食べず全身打撲で一歩も歩けず路頭に迷ったがキハダの樹液を塗布して劇的に回復し探求を継続することができた。
二匹の赤マムシに同時に噛まれた時は死ぬかと思ったがその窮地を救ってくれてたのが沢に群生するフキであった。
何故フキの青汁を飲んだのか、今でも説明ができない。
ただ本能的に必死でフキの根茎と茎葉を飲んだだけであった。
後で文献で調べるとフキの青汁は中国で蛇毒の治療薬となっていた。
オオスズメバチに五匹刺されたとき全紙的なアナフラキシショックで全身的なケイレンを起こして死にかけた。
その毒を解毒してくれたのがヤブガラシであった。
何しろ風呂で体を洗浄しないから頭髪やわきがにシラミ、ノミの巣窟だった。全紙の痒みに悩まされた、ドクダミの絞り汁を塗ると驚いたように虫が騒ぎだして無数に飛び出してきた。
それでドクダミには殺菌。害虫忌避作用があることがわかった。
険しい山岳地帯の生活は生と死のはざまだった。イノシシの群れに襲われて裂傷を負いながらカシノキの手製のヤリで攻撃し急場を脱出した。
死物狂いの探求であったがこの体験が私の人生を変えた。
体験から得た知識を何かの役にたてないか、
それが薬草の会、生愛会創立の起源であった。
こうした薬草の体験の記録は全巻の薬草探検放浪記にしたためた。
薬草の世界に入って30年 今だその門に入ってたった100メェトルほどしか進んでいない。
何しろ世界には300万種の薬草が推定される。
それに比べ私の記憶している薬草はたった7300種に過ぎない。
薬草を知ったとはいえない。
それは果ても完結もない無限の道である。
だが薬草探求は生命力から。生物を構成する細胞に行き、分子レベルに到達し、原子の世界から物質の骨格である粒子に行き、やがて波動に達する。
この世は波の無限の果てのない流れと循環であることがわかる。
薬草の問、それは精神の目覚めの一歩であり、
真理に接近する道でもあった。
薬草ってホント凄いよ
自然の抗生剤!ウイルスにはオリーブの葉を
解毒をしても塩を摂らないと排出(排毒)できません。
長崎の原爆で被災した時に塩が有効活用されたという秋月先生のお話は有名。
爆心地から1.8㎞の距離にあった長崎浦上第一病院(現 聖フランシスコ病院)は、職員、患者が全員被爆し、当時院長の秋月辰一郎氏が「被爆した人には塩が良い。塩をたっぷりつけた玄米、塩辛い味噌汁を毎日食べさせろ。甘いもの、砂糖は絶対にいかんぞ!」と職員に命令したところ、患者の救助に当たった職員らは原爆症の症状が出ずに生き延びたそうです。
秋月先生の著書「長崎原爆記-被爆意志の証言」より
チェルノブイリ原発事故の時にはヨーロッパ各地で多くの方に読まれ、日本の味噌の輸出量が増えたといわれています。
思考停止してる人にもぜひ天日海塩を舐めさせてください。
塩抜き→思考停止なのです。
(戦後日本人は塩抜きにされてきました。日本人を目覚めさせては困る人たちがいるのでしょう…洗脳が深いのもよくわかりますね。)
↓おすすめの天日海塩
オーストラリアで採取され完全天日干しをし、一切火入れをしない塩。
(非加熱にすることで本来人間が必要とされる体内塩分量0.8%を補ってくれる。加熱すると塩がイオン化され非加熱のものより血管の吸収率を高め塩分過多となりやすい。)
日本では希少な天日海塩
老廃物は便や尿で排出されますが、化学物質は呼吸と汗で排出されます。
フラーレン・バッキーボール、天然石、電磁波対策ブレス、浄化グッズ、健康関連商品
『ライトブリス』