A子の携帯の液晶に映ったものは丸いふわふわとした多数の球体だった。


それはまるで石鹸水をストローから吹き出して一挙にたくさん作ったシャボン玉のように空間に広がり、天井や壁そしてリビングを背景にして散らばるように漂っていた。


薄いピンクやオレンジや黄色、その濃淡は様々でとてもきれいな感じもするのだが、ひとつひとつは液晶画面で見る限り、少なくとも存在感のようなものがほどんどない。


よく見ると球体の丸い縁はくっきりと明瞭ではなく、少なからず曖昧であり、なかには中心から放射状に幾筋もの線が飛び散るように出ているものもあった。


喩えて言うなら太陽のようである。太陽のように何かを放射しているような感じだった。


...もちろん輝いているわけではない。

太陽は境界がくっきりとしているが裸眼で見つめることは不可能だし、その溢れ出すまばゆい光のために周縁はかえって不明瞭となる。



ルジェルのいたずら?思わずそう思った...。

その球体はまるでルジェルがつけた指紋の痕跡のように僅かながらキラキラと光る感じがしたからだ。

それらは現実味はないけれど、どれも色鮮やかで透明感があり、中にはグラデーションのように色が移り行くものまであった。


もし3Dで撮ったとしたら遠近の区別が付き、遠いものほど小さく近いものほど大きく見えるのだろうか。



でもいったいこれはなんなのだろう...?...ほんとにルジェルと関係しているのだろうか?


ただ、ここにはルジェルは写っていない。



A子は一番肝心なところにレンズを向けてなかったわけだからルジェルが写らなくても仕方ないかもしれないけど、相当数の画面の中には足の一部とか腕とか体の一部分くらいは入っていてもよさそうだ。


もっともルジェルの姿をカメラで写したことがないぼくにとっては、ルジェル自体が被写体として写るべきものなのか、あるいはそもそも被写体となり得るのかはわからなかった。



そうだ...なんで今まで写さなかったのだろうか...。

今になってぼくは再び自分というもののレベルの低さをいやというほど思い知らされた気分がした。

しかし...しかしだ、


相手は何といっても天使なんだから、人や物のように実物とか物質とかという単純なのものでもないだろう。

写るとは限らないし写す動機も聖なるものゆえにそこまでは至らなかったと思っても誰が納得しないだろうか。

しかしこの玉はなんだろう...?

そう言えば昔、テレビの心霊写真のコーナーででオーブというものが紹介されていた。

それに似ているのかもしれない...。


でもオーブはカメラと被写体の場所との関係によって自然に生じる現象のひとつで霊的なものではないということだった。


それについては議論の分かれるところじゃあないかな...そのときぼくはそう思った。



しかし...今回のものはそのときテレビで見たオーブとははっきりと違う感じがする...。


存在感は薄いが薄く見えるには訳があるような気もする。

とすると、やはり天使と同じ類のものなのか...?ルジェルの仕業か?



球体がいくつもあるってことは、幾つもの存在がここにいるってことなのだろうか。


いろんな事を考えながら画面に見入っていたが、ふとA子と目が合ってしまった...。



何ぼんやりと見てるのよ...そんな感じで言われそうな形相である。


「大変なところね、ここ...」...もっときつい言葉が返ってくるかと思ったが、意外に穏やかにそう言ってくる。


哀れみを含むといったほうがいいかもしれない。



「何が」...戸惑いながらぼくは答えた。


「よくこんなとこに住めるわね...」...やはりそうきたか...、さっきより言葉尻がとがっている。


「え、全然...悪くないよ」...今度はどういう答えが返ってくるのか多少ドキドキしてきた。


「ヘンなの...」...なんか尖りがあいまい、中途半端である。



A子ってやつは、案外こちらが突っ込まなければ突っ込み返してこないのかもしれない。


「何がへんなんだよ?この部屋?それとも...」...慎重にぼくは聞き返す。


「でも、これだけじゃあね...」


彼女は液晶画面を見ながらそうつぶやくとガッカリしたかのように肩を落としてしまった。




何がどうしたのか、さっぱり分からないぼくは次に聞くべき問いに迷った。


彼女は急に踵を返すとリビングの方にすたすたと歩いていった。


狭い部屋なので、すたす...くらいでリビングの向こうの端まで到達するけれど


再び彼女はソファに腰掛けて先ほどの画面を見直している。




雑誌社で編集の仕事をしているという彼女はその敏腕な仕事ぶりと的確な決断力、そして何よりも有無を言わせない統率力でまだ駆け出しではあるもののいくつかのスクープをものにしていた。


A子ににらまれたら最後...蛇に睨まれた蛙と同様...とまではいかないけれど、それに近いような切迫感と緊張を感じるのは自分だけではないみたいだ。




「あんたおかまじゃない?」初めて編集部であったとき初対面にもかかわらずぼくにそう言った。

そんなこと微塵もないほどのことを堂々と言い放つ...(実際、おかまには興味がないとないえなかったけれど...)。

慌てた編集者の一人がその場をとりなしたが、彼も彼女に面と向かって注意などしなかった。


おそらくできなかったのだろう、そのときの彼の態度でそう感じられた。


A子の言い方ってのはたいていこんな感じで、ビシッと断言してにべもないほどだ。


単刀直入、直球勝負...。それでいてKYではない。



しかし今日の彼女の苛立ちはふつうじゃあない。


いつもは美しさの中に冷たさがあるという感じで...、ときにはその逆もあり冷たさの中に本の僅かな美が感じられる。


しかし今日は冷たさはいつもながら際立っていたが、なんというか...少女が何らかの不安を抱くような感じだった。


その意味はぼくにとってはまったく分からないものだけれど。


「おいなんだよ、どうしたんだよ。ここは別に何にも起こらないし...、怖い感じも全然しないけど」

ぼくは反論するように言った。


天使のことは別だけど...


と考えてみたけれど、とにかくA子の様子は普通じゃない。


「それに何にも悪いことが起きているわけじゃないし。」


ぼくはルジェルのほうを見上げた。

天使のルジェル