皆様こんばんは! またまた長いご無沙汰をいたしました。
さて今日は ”さだまさし” さんの ”いのちの理由(わけ)” という歌について
お話しさせていただきたいとおもいますが、皆様はこの歌をご存知でしょうか?
常々 私達は何のためにここに生まれてくるのか? という疑問にぶち当たると
思いますが、さださんが この歌で伝えたかったことは凄くよくわかります。
でも、こんな重要な問いの答えを歌の中でその理由を網羅することは当然無理が
ありますよね。さださんは その限界を判った上で多くの人々が分かる言葉で
この歌を書いたのではないかと思っています。
本来、”いのちの理由” などというものはそんな単純なものではなく、
あまりにも多くのものを含んでいるでしょう。 人が生きるということは、本当に
様々な体験をし、その中でいろいろな感情を味わい感じ、苦しんだり 悲しんだり
歓んだりと、それこそそういうものが幾重にも重なりあってその人の人生が
形造られてゆくものだろうと思うのです。
よく スピ系の人は ”光” ”光” と念仏のように言うけれど、そこには必ず
”影” があるのです。
それは誰でも承知している筈なのに、光ばかりを追い求める傾向があるような
気がしてならない!
最近 思うのだけれど、その影の部分がとても重要なのであり、私達はそれと
真摯に向き合う必要がある。何故なら 影の部分と真剣に向き合うことは
すなわち、それこそが光と繋がるものとして認識できるようになるのだと思うから!
自分の中にある 光と影 その影の部分を無視して
”光” はありえないと気付いた
人は影を忌み嫌う傾向があるけれど、自分自身の影の部分に感謝をし
受け入れた時に、すべては 光 として輝く![]()
本来、”いのち” というのはそういうものなのではないかと想うに至った。
肉体を着けている以上、影の部分がないなどあり得ないわけで、それを
しっかりと認識した上で先ほど述べたように自己の内部を統一させる、それが
出来た時、人は真の平安と歓びを感じるのかもしれない。
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残念ながら、私はまだそこまで到達は出来てはないけれど、少しづつそんな
ことが解かりかけてきたように思う。
本当の ”いのちの理由” はもしかしたらそこらへんにあるのかもしれない。
さださんの歌 ”いのちの理由” を聴き、歌い、いろいろな解釈をする中で
そんな答えを導き出した。
これは、あくまでも私の感じるところのものであり、私自身の宇宙の中の
答えではあるのですが、皆様はどのようにかんじられるだろうか![]()
れいみ![]()




