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木蓮ちゃんの気まぐれトーク・コーナー

年齢不詳・性別不詳の木蓮の、ハチャメチャ気まぐれ日記です。
変幻自在の木蓮の怒涛のお喋りをお楽しみください。。
多重人格って言わないでね。
ピアノをこよなく愛する桃源郷の住人、ってことで・・・

うっかり見逃すところでした。
2017 57th ACC インタラクティブ部門 ソーシャルメディア賞とクラフト賞のダブル受賞の記事がのっていました。「芸術や創造性は人々を幸福へ導くと信じています。私は自らが描く作品が、たとえその表現スタイルはさまざまであっても、多くの人々の目に触れ楽しませることを心から願っています」という喜びのメッセージもよかったです。
広告サイトは消えましたが、もしかしたら復活もあるかも?そうなってほしいな。
歴史と権威のある賞の受賞は本当に嬉しいですが、そんなの当たり前でしょ?という気持ちの方が強いです。美しさと意外性とユーモア。最高のインパクトファクター。審査員たちがちゃんと見る目がある人達でよかったと思いました。
でもね。手元のエッセンスは、多くの人々の目に触れさせたくありません。
購入したのはわたくし。それをどう扱おうと、私の自由ですよねえ。

ホタルの絵の解説は、とてもわかりやすくて読みごたえがありました。ファンタジーの中の生物だからこそ、それらにリアリティーがなければ作品として成立しない。言われてみれば全くその通りです。ホタルの光の色彩表現その他もろもろに多くの時間を費やし、納得がいくまで何回も繰り返して描いたそうです。完成作品を鑑賞するのもいいですが、そこに至るまでの試作品というか舞台裏も見てみたい。私の夢です。
『ただただ試行錯誤を繰り返し重ねることでしか、自分が納得できる答、自分だけの輝きを見つける方法はないのです。しかしそれは同時に、心躍るようなチャレンジの連続なのです。新たなチャレンジはいつも私を興奮させ、私の中から新たな力を引き出します。今回の挑戦は、私を新たなステージへと導く記念すべき第一歩だと思っています。』
彼がこのような境地になることは、何となく知っていたような気がします。この3年間は、ひょっとしたらそれまでの60年間を超えるような濃い時間になるかもしれません。しっかり見させていただきますから、しっかり楽しませてくださいね。

ジャンプの方の新作が、7年前の大震災被災者の方々への心からのエールだということには、全く気が付きませんでした。2頭のイルカが心を合わせて空へとジャンプする躍動的な姿、癒しと希望にあふれた絵。そう言われて見てみると、あの、あえて鮮烈な色は使っていないのに、揺るぎない力強さを感じる、あれこそ確信に満ちた希望なのだと思えてきました。全体が抑えてあるからこそ、朝日(そう見えます)が導いてくれる希望にリアリティーを感じるのでしょうか?言葉ではうまく分析できませんが、気持ちは大きく動きます。ひとりひとりの気持ちがひとつになって、大きなパワーとなる。心を込めて描かれた絵の持つ素晴らしい力。誰にでもできる技ではありません。

会員誌の文章を読むと、ただ主観的に作品を見ていた時の何倍もその作品の素晴らしさを感じることができるのがとても嬉しいです。
が、私は夢想家ですので、そこを新たな出発点にして、私だけのその作品との物語を永々と紡いでいきます。ここまで様々な投影を促す彼の絵は、やっぱり最高。。
今日も目が覚めました。
また長い一日が始まります。

一種の離人症なのかもしれません。ここにいる、という実感がわきません。
今に始まったことではないこの感覚。
それでも生きていかなければならないし、そのためには生活資金を稼がなければなりません。まさかこういう展開になるとは思いませんでしたが、人ごみに紛れ込んで人目をごまかして暮らすにはなかなか適した職業を選んでいました。
他の仕事だったら、とっくの昔に社会からはじかれていたことでしょう。

今日は歯科とメンタルの2つの受診の梯子です。
先生方はとてもいい人達で、会話が弾むことはまず確実。
でも、それだけです。

私はこんなシナリオを作ったのでしょうか。
自分自身を含め、ただ傍観するだけの人生でよしとするシナリオを?
だいぶ少なくなりましたが、まだ多少は手持ちの時間が残っていそうです。
このまま人知れず消えていくのか、最後に何か山場があるのか。

外にいろいろヒント・情報を求めてみたけれど、どうもあんまり役に立ちそうにありません。ミルトンが主張していたように、「知っているという事を知らないという事を知らない」状態なのかもしれません。
まだ、間に合うのかなあ?
今朝は少し気分が回復しています。
薬、調節してますからねえ。明日は受診なので、主治医ともしっかり相談しなきゃ。

天気予報では、午前中は雨のようです。
あんまり滅入りません。出勤しなくていいですからね、気楽なのかも。
諸事情で、最近湯治に行っていませんでした。
あの薬湯とか、疲れた心身にとても効くのに。
24時間営業なので、今から朝温泉に行くことにしました。食事(ブランチ)もしてくるかもしれません。期待通りの効果が得られますように。

自分に嘆いてばかりいないで、今できることをやっていく。
当たり前のことですが、それができそうなくらいには正気になったようです。
何のお祭りかわかりませんが、ベランダ南西方向に30分ほど花火が上がりました。
なかなか凝った花火の連続で、時間こそ短めでしたがとても楽しめました。
綺麗だなあ。それに尽きます。

勤勉とか情熱とか希望とか気晴らしとか行動とか計画性とかという、前向きな気持ちに繋がる方向にどうしてももっていけない引きこもりの一日を過ごしてしまいました。ちょっとした抑うつ状態ですね。こういう時はヒトが怖いんです。正確には、ヒトが発する邪気が怖い。邪気に触れた所からドロドロに溶けてしまいそうな恐怖感があります。防衛力が極端に低下しているのでやられっぱなし。

予定では、この土日は来日講師のワークショップ参加しているはずでしたが、奥様が急病で入院されて来日できなくなって講師変更になり、あんまり気が進まない講師だったのでキャンセルしました。もし予定通り出掛けていたら、精神的にかなりきつかったと思います。お休み日でよかったです。

引き籠っているという事は、日がな一日好きな絵に囲まれて過ごしている事を意味します。自己投影をし続けていると、空想と想像と現実の区別がだんだんわからなくなってきて、過去現在未来も入り乱れてわからなくなってきて、絵と自分の境界線も曖昧になってきて、客観的にみてこれはあまり健康的な時間の過ごし方とは言えないかもしれないなと思いました。心地いいのですがただの現実逃避とも言えるでしょう?
もしかしたら一度全部納戸にしまってみるということをした方がいいかもしれません。
ぽっかり穴の開いたような時間空間になることは目に見えていますが、絵がある生活が現実なのか、絵のない生活が現実なのか、実際過ごしてみないともうわからないです。
昨日の夕暮れ時は、ベランダからずっと外を眺めていました。
5階の高さは、燕達にとって格好の空間だったようです。
様々な超絶飛行を眼前で披露してくれました。
この数日の強風に乗って北上してきたのではないかしら。今年初めて見ました。
去年生まれたのじゃないかと思われる小さいのもいれば、かなりがっしりした大きさのもいました。きっと同じグループだと思います。
昼間のうちにしっかり補食はすませていたのでしょう。
特に小さめの燕たちは、ともすれば2羽のペアリング?追いかけっこをする姿が目立ち、つがいの相手探しをしているように見えました。
相手が決まれば次は巣をかける場所探しですね。
うちのマンションも候補になりそうで、それはいろいろ困るのでお願い選ばないで!と祈るような気持ちです。
どの燕も希望にあふれた飛行をしていて、いつまでも見ていたい気持ちでした。

駐車場の雑木林の幹は、本体の新緑に先駆けて蔦が猛烈な勢いで葉を広げています。
蔦があんまり葉を広げ過ぎると、本体の葉っぱが陰になってしまって本体が枯れます。
そこらへんの兼ね合い、住み分け、きっと絶妙にできているのでしょうね。
蔦という植物には何とも言えない魅力があって好きです。
小さなお家が全部蔦に包まれている風景や写真を見ると、自然に物語が生まれてくるような感覚がします。
もしかしたら私自身も、目に見えない蔦に覆われていたりして・・。

自分でのコントロールが難しかった思考力が、少し我が手に戻ってきました。
必ずしもこれが幸せとは限りませんが、見るべきものは責任を持って自分で見極めるのが本来でしょう。
燕たちのように、生命そのものの全開で生きたいけれど、私にはかなりハードルが高いようです。
自然界の音が好きです。
波の音、河の音、風の音、樹木のざわめき、鳥の声、虫の声・・。
世界中の大自然の音を収録したCDシリーズをBGMに流していたのはいつのことだったか。

駐車場の雑木林の音に身を委ねていました。
風が強いので、ざわめきがはっきりと聞こえます。
まるで何かを語り掛けているようなあの音は本当に心地よいと感じます。
風に揺れている樹木の動きもとても美しいです。
ああやって風に抵抗せず揺られているから、折れることもなく風と共存できるのですよね。
あの動きは本当に美しくて、人間の心の動きもあのようでありたいものだといつも思います。見とれ聞きほれ、時間が経つのを忘れます。

エゴを手放すワークは果てしなく険しい道のりで、大変なことを始めてしまったものだとため息ばかりついています。どうしたらいいかわからなくなったら、人間界を離れて自然界を観察するようにしています。教えられることがたくさんあります。

風が生む樹木のざわめきを聞きとれるようになりたいです。
そよ風が生む木々のささやきも聞き取れるようになりたいです。
樹の幹の奥の、大地から水を吸い上げる音も聞こえるようになりたい。
花や葉が開くときのかすかな音も聞こえるようになりたい。

目に見える世界の美しさだけでなく、目を閉じて感じる世界の美しさ、肌で感じる世界の美しさ、そういうものだけに包まれていたい。
こんな風に感傷的になっていると、人間社会からどんどん離れていってしまうので困ります。バランス感覚をもっともっと訓練しなくちゃね。。
『1974年にオアフ島ノースショアへ移り住む。そこでサーフィンワールドカップチャンピオンのマークリチャードと共に生活。』
マークリチャードってどんな人だろう?調べてみると、4回もワールドカップチャンピオンになっている人でした。そして1957年3月7日生まれ。1歳年下!?
1979〜1982年まで4年連続で世界 チャンピオンとなったオーストラリアの英雄マーク・リチャーズ。18歳からの共同生活5年後からの連続チャンピオンということは、2人のお互いへの影響ははかりしれないものがありそうです。てっきり年上のお兄さんと暮らしていたのだろうと思い込んでいたので、びっくりでした。お兄さんではなくて弟だったとは。
彼の動画を少し見ました。わからないながら、独特のフォームであることはわかります。
とても人間味に溢れるお人柄のようで、オーラもすごいと書いてありました。

主にインドアの生活をしてきた私には、限りなく想像をかきたてられる世界であり、また、言い換えると、想像するしかない世界でもあります。
住む世界がちがうということを思い知らされるたびに、ちくっと胸が痛みます。

今日から4日間は、できるだけ現実適応していきたいです。
『”Self Reliance(自己依存、独立独行)”が終始彼を支えていた』
この翻訳がね。以前からどうしても気になっていました。
依存っていうと、dependenceとか、addiction(依存症)とかが頭に浮かんでしまって、どうもしっくりこないのです。依存のイメージはあまり良くありません。
Relianceは、信頼・信用・信任、という意味の方が優先だと思います。
だから、訳は、自己信頼、独立独行、とした方が適切ではないのかなあ?
それにしても、Relianceなんてことは、そうそう簡単にできる技でないことは確かです。
ミルトンの奥義に通じるものがあります。二人とも凄すぎ。
よく、他人の信頼に応える為に頑張るというフレーズを耳にしますが、自分の信頼に応える為に全力を尽くすという言い回しはあまり聞きません。自分を信じる、は、よく耳にしますけどね。どこが違うのか同じなのか・・?なんだか難しいなー。

私はSelf Relianceできていません。何かをするに際して本気を出したことはほんの数えるほどしかありませんし、それですら10年ももちませんでした。何か人に誇れるような大きなことを成し遂げたこともありません。今まで私を窮地から救ってくれたのは、たいていいつも"運"でした。偶然誰かがちょっと何かをしてくれて、それが大きな救済に繋がる。そんな感じ。自分の"運"を信じているというのも、Self Relianceのうちかしら?努力が足りないから違う気がしますけどね。
ただ、自分にとって何が一番大切なのかを決めることに関しては妥協しないつもりです。
判断の根拠は自分の魂の声。それを信じるってことは、Self Reliance?
やっぱり難しい~。
前向きに攻める。突き進む。疑わない、振り向かない。いつも明るく笑顔で。
テンポよく。きれいで柔らかな色彩に包まれて。

ももクロMVのミックスリストをいくつか見ていて、そういう感想を抱きました。
とてもすてきなのですが・・・。
どこか異次元の、"映像"という感覚が拭えないのは、ライブを観ていないからでしょうか。
この錆びついた体が、あの若さについていけないだけなのでしょうか。
圧倒的に鼓舞をしかけてくる対象には、自動的に警戒心が働きます。
それがどんなに魅力的であっても。
自分のペースを乱されるのがこわい。
変化を恐れるようになったのじゃあ、もう終わりですかねえ・・。

このグループが女の子グループで幸いでした。
かわいいと感じられます。
その感情がいつかこの警戒心を緩めてくれますように。
気になっているくせに、今まで何の情報もインプットしてこなかったももクロ。
ひとり卒業したという文字が目に入ったら我慢も限界で、さっと調べてみました。
予感的中、彼女の担当カラーは緑でした。

彼女たちの歌声を初めて聞きました。明るいですね。そして媚がない。パワフル。
正統派技巧ではないけどのびやかで自由な声。
国民的な人気グループだったとは。知らないってコワイ。
老若男女、各界にファン声明をしている人がいるというのも頷けました。
女の子の魅力に溢れていると思います。
ひいては人間の魅力も。

ファン気分?とは若干違う気がしますが、とても素敵なグループだと感じます。
きっと彼女たちの目には、世界は輝いて見えているのだろうな。
だからそれに応えて本当に世界は輝く。
いいものを見ました。