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木蓮ちゃんの気まぐれトーク・コーナー

年齢不詳・性別不詳の木蓮の、ハチャメチャ気まぐれ日記です。
変幻自在の木蓮の怒涛のお喋りをお楽しみください。。
多重人格って言わないでね。
ピアノをこよなく愛する桃源郷の住人、ってことで・・・

前々から、いつか手を付けたいと思い続けてリビングに放置されていた5箱の画材たち。
パステルとクレヨンです。プロから素人まで幅広く使われているメーカー品だと思います。
見るだけでわくわくしてくる、いずれ劣らぬ綺麗な色ばかり。
何となくタイミングが合って、朝から2時間、小さめのスケッチブックに、全部の色を試し塗りしていました。
これらはきっと、所謂原色と呼ばれているカラー達だと思われます。
混ぜなくってもとってもキレイ!!
真っ白な紙の上にただ色を乗せていくだけなのに、こんなに気持ちがいいとは。
子供の時はあまりお絵かきはしない子だったのですが、いい大人になった今、らくがき・お絵描きに目覚めました!
子供の時与えられていたクレヨンや色鉛筆や絵の具は、今思い返すと、色があまりきれいではなかったような気がします。だからわくわく感が少なくて、気持ちが向かなかったのじゃないかなあ?

今日はパステル類のみで遊びましたが、書斎には高級色鉛筆もそこそこきれいな水彩画用絵具もあります。自分にデッサン力がないことは承知しているので、色!色と描くときの手首から先の感触をただ楽しみたいです。
雲と風、光と緑と海。これら形のない物を自由に表現してみたいと感じました。

この行動にはきっかけがあります。
テシガワラさんの文章を読んでいて、なんだよコイツ、言葉は巧みだけど、彼のほんの一側面だけしか見ないで、よくもまあわかった風な口きいてくれるじゃないの、自己陶酔の決めつけしないでよ、しばいたろか!と思ったから。
でも、絵具の色も知らないで作品を見て喜んでいただけの私も、ある意味彼とご同類かもしれないと気が付きました。油絵やアクリルの絵具は身近ではないので、とりあえず普通の人が使う画材くらい、知っておきたいという衝動にかられたという次第です。
あ・・、探せば、母が使っていた岩絵の具もどこかにあるかもしれません。あの透明な色の感じ、好きなんです。見つかったらあれでも遊んでみたいな。

絵を描くときの手の使い方は、少しピアノを弾く感覚と似ていると思いました。
手首から先はとにかく柔らかく。肩の筋肉から使いましょう、そのためには体の重心も意識して。そしてわずかな力の入れ方の違いで、おなじパステルかしらと思うほど違う色が出てくる。絵の濃淡と、音楽の強弱・音色は同じみたいです。
あー、生きてるって幸せだなあ。。
明日の朝のことを考えていて、改めてちょっと愕然です。
メイクをしないのに朝の身支度に30分かかるって、一体どうなってるのでしょう?

手続きは簡単。
洗顔・歯磨き、基礎化粧(化粧水・美容液2種・日焼け止めクリーム・眉と口紅を引く、のみ)、着替え(両膝の湿布貼りと装具装着を含む)(ユニクロの上下と日替わりチュニックの簡単な服装)、ヘアセット、本日のアクセを選んでつける、荷物の確認。以上、終わり。

とろい。とろすぎます。
これで仮に人並みにメイクなんかしてたら・・・、多分1時間!?

家庭のある女性は、朝は特に大忙しで自分の事なんか二の次だというのに。
朝食は職場で食べるのでコーヒーをいれて飲むだけ、お弁当作ったことない。

自分がとろいことを嘆くより、時間にせかされない朝の時間を過ごせることに感謝する方に思考をシフトさせますけれど・・、もう少し何とかならないものかしらね?

帰宅が早い日だったので、いつもよりピアノを弾きすぎて疲れました。
早寝します。。
昨夜見ていて、ちょっと記録しておきたいなと思ったので書き留めておきます。
ちなみに、5月5日、のようなゾロ目の数字の日は特別な日とされているようです。
11という数字も意味深いみたい。それが誕生日の人は特別な人だとか、11:11をよく目にする時のエンジェルからのメッセージは、などというタイトルのも見受けます。

・あなたは、あなたがシェアする"魂の歌"と共鳴することができるのです。

・共鳴するためには外野の雑音と自分自身を切り離さなくてはなりません。

・ネガティブな情報は、人間のエゴの表現に他ならず、あなたの幸せを台無しにして恐怖や問題を現実化させる方向にあなたを押しやるものでしかありません。

・真実に基づく神聖でスピリチュアルなガイダンスは、常にポジティブで有益な愛に満ち、助けになるものなのです。

・自身を、そして存在する全てのものとの調和を保つこと。じっとそこに存在することを・・・。

・全ての瞬間において寛容であること。

・"騒音"を無視し、自らの答えへとグラウンディングするよう促されています。


魂の歌とか共鳴とか調和とかグラウンディングとか、好きな言葉がたくさん登場して、占いの意味自体はわかったようなわからないような感じですけれど、気持ちよく読めました。

他の占いで、読んでいるうちになんだか煙に巻かれているような不愉快な気分になったのがありましたが、それに対する(翻訳者の)コメントらしき最後の部分に、「彼らって、もう20年以上、ゲートが開くだのなんだの同じことを飽きずに繰り返して発信していて、ほんとタフだね」みたいなことが書いてあったのには、思いっきり笑いました。
3連休と5連休の今年のGW。
今日で終わりです。

主に家の中の事ですが、多少は予定を立てていたんです。
・・・ほとんど出来ませんでした。
実家には2度ほど帰りました。母がね、ちょっと調子が悪いと妹に聞かされていたのに、私が行くと妙にはしゃいで、どこが具合が悪いの??と理解に苦しみました。

小さな嬉しい事・楽しいことはいっぱいありましたが、敢えてブログ日記は書かず、つまりアウトプットは極力抑えて、ひたすら自分の内面と対話していたように思います。起きたことはきっと忘れてしまうのでしょうが、特に後半の5日間の内面の充実には素晴らしいものがあって、大袈裟ですが今後の私の人生はこれで大きく方向づけが決まりました。
明日からまた仕事が始まり、月の後半から週5日勤務に戻ります。
私にとって仕事とは何か。その位置づけも再構築がなされました。せっかくの腕が落ちないうちに別の職場に移ることを検討していたのは撤回です。GW前半のSFAワークショップ参加の時に、取り立てて難しいクライアントを相手にしなくても、私はもう自分の流儀を確立していて、初心の時の目標は達成していることに気が付きました。やってもやってもきりのない世界です。欲張るのはもうやめて、仕事としてではなく自分の納得のために最大限に時間を使っていこうと思います。そのためには今の職場は最適。なんせ自由時間がたっぷりあるのですから。思いっきり勉強や自分を高めるために時間を使っていきたいです。
ボスは近々辞めるかもしれないし、代わりのボスはもしかしたら碌でもない人かもしれないけれど、そういう些事は気にしない事にします。私は今の職場の儲けのために働いているのではありません。お給料分だけ働き、後の事は天に任せます。

また雨が降ってきました。
雨降って地固まる。今の心境になんてぴったりなのでしょうか。
今週は少し冷え込むようです。これも冷静になった私に相応しいかもしれません。
明日仕事に行くのが嫌ではないことが嬉しいです。楽しみな訳でもないけれど。
淡々と。平静な心をいつもオープンにして。
雑踏のビルではなく、自然の中の職場で本当に良かったです。
自分が人間だという事にあまり縛られずに過ごしていきたいと思っていますからね。
これから先のブログ更新頻度は全く不明です。
今までにも増して書くかもしれないし、アウトプットは控えるかもしれません。
これにも囚われず、自由に。思うがままに。
4月の満月の事を、ネイティブアメリカンは「フルピンクムーン」と呼び、特別な月としてきたそうです。
占星学的には、2018年4月30日(午前9時58分)は蠍座の満月。29日から月はもう蠍座に入っているので、29日からいつもと違う何かが起きていると解釈されていました。
一般に満月は意識が急に変わるタイミングだそうです。
蠍座は特徴があって、毒だったり棘だったり、そんなものを「抜く」意味もあり、結構な浄化の作用でもあるとか。再出発・再構築する人に、浄化作用は起こりやすいのですって。
5/15の新月までの2週間は、次に向かう場所、新しい場所について考えてみてほしい時間なのだそうです。
ポイントは、客観的分析力。これは、他人と交流しないとできません。共通の意識を持った人との交流は、とっても大切ものなのですって。
蠍座は「変容」「再生」を象徴する星座。
蠍座の月は、物事の裏側や深い部分を見つめ、体験してきた出来事の意味を理解し、許し、手放し、再生に向かう変容の月。古い自分から新しい自分へと変化していきます。
ネガティブな感情を手放す時期。

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その満月のタイミングで、SFAの集中ワークショップを受けました。
とても素晴らしい体験となり、30日の夜からずっと、自分としては最高に近い心の状態を保てています。未来の不安を手放し、心の奥底から本当の自分として今を過ごせそうな感覚です。何もしていなくても幸せで、気付くと自然に笑顔になっている・・。
ただの多幸感?また軽躁状態?
それでもいいのです。

解決志向型・未来志向型アプローチ。
より完璧なマスターを目指したいと思っています。
私の得意技のひとつ、現実逃避。
あれこれあちこち逃げ回ります。
でも、逆もあるのだということをすっかり忘れていました。
現実「に」逃避する、というライフスタイルのことです。

詳細を書くと何かと不都合なので割愛ですが、現実が充実している場合とか、望んで手に入れて守りたい現実世界を持っている場合、不確かな未来から逃げて現実に生きるという選択は、全然珍しくないことですよねえ。むしろ自然というか当然かも。仕事とか趣味とか仲間とか。欲望も入るでしょう。

私は、本当にほしいものなんかどうせ手に入りっこないという考えに昔から縛られていて、真剣に現実を生きてこなかったような気がします。
現実に現実味を感じない。
空想や夢(睡眠を伴うやつ)の世界で息をつないでここまできました。
クライアントを見ていると、なんかあの人達と私とで、そんなに大きな違いはないかもしれないなと何百回も思いました。あの人達は社会適応に失敗し、私は曲がりなりにも社会的信頼を保って生きています。どこか小さな分岐点で違う選択をしただけだと思います。あの人達は、パラレルワールドの中にいる私自身かもしれません。
逃げまくってきたから何とか表向き保てていた現実。
寿命までこのままの生き方でいいのかなあ?

力強い生きる姿勢を眩しく感じていますが、何かから逃げているという視点で見ると、もしかしたら同じことをしているのかもしれない。ふとそう思いました。

そろそろ出掛けなきゃ。
何ともやわらかい、春らしいお天気です。
晴天でもなく、でもどんより曇っているのでもなく。暑くもなく寒くもない。
ああ、なんてうららか・・・。
ピアノは、指が覚えている曲だけを弾きました。癒し系のだけ選んで。
左脳は使いたくなかったから。右脳を解放して・・気持ちよかったです。

2001年発表のアンバー ドーン
琥珀色の部分は太陽の周りだけです。真っ赤な朝焼けとの対比の効果で、とても美しい。
HAWAIIの色をどう表現するのが一番適切なのかずっとわからないままでしたが、おや?『琥珀色』いいんじゃないの!?

琥珀も好きな石のひとつです。ある時、ペンダントトップだけでしたが信じられない激安価格で大きい様々な形の琥珀がセールに出ているお店にふらっと入ったことがあり、大人買いしたのが手元にあります。

<琥珀/こはく/amber>
約3000万年前の松柏類の樹脂が化石化し、黄金の輝く有機質宝石となったアンバー。しっとりとしたうるおいと粘りのある感触は、有機質宝石の「生物的」エネルギーの特徴的なものである。
仏教の七宝の一つ。
中国では、西を守護するとされている四神獣「白虎」を象徴した宝石とされている。和名の「琥珀」の文字の中にも、「白」「虎」の文字が隠されているのを発見することができる。白虎は風水では、富貴と金運と実践力のパワーをもたらすとされている。

バルト海沿岸に多く産出し、海に流出して打ち上げられたことから、その生成が解明されるまでは「海の宝石」とされてきた。その魅力は、さんぜんと輝く黄金色のまぶしさ、または茶褐色の淡い色調や愛らしいミルキーイエローの軽やかさにある。

本で調べると、改めてアンバーに魅了されてしまいます。
琥珀の中に古代生物が封じ込められていることもよくあり、考古学者にとってはそういう意味で貴重な石であると聞いたこともあります。私の持っている琥珀の中にも、なんか植物みたいなものが入っています。虫もいるかも?

琥珀もいいですが、瑪瑙、翡翠、も好きです。
<瑪瑙/めのう/agate>
この石は、その美しいカラーと縞模様の多様性で、石の楽しさ、不思議さ、おもしろさを見せてくれる、魅惑的な舞台俳優のようなパワーストーンである。
和名の「瑪瑙」は、馬の脳に似ていることから名付けられた(げ!)。
「共有」「集合」「浸透」「意識の切りかえ」「多面的に物事を見極める」がアゲートのエネルギーの特徴。
古代から、神体としてあがめられたり、仏教の七宝の一つとなったり、仏舎利の中にお釈迦様の骨として安置されたりと、宗教や民族意識の高揚に多用されてきた。これはこの石の持つ、「多くの人々の意識を融合させ、すみずみまで浸透させる」効力によるものといえるだろう。
「真実の石」とも呼ばれている。

メノウは、長く住んでいた地域の特産品でもありました。勾玉とかいろいろ。
大きな岩を割ると、中から現れることから、瑪瑙の岩を薄くスライスしてそのまま玄関の飾りによく使われていました。どんな模様になるかは、切ってみないとわからないのですが、優れたプロの職人は、外からその岩を見ただけで、どうカットすると一番美しい模様が得られるかが直感でわかるようになるらしいです。
瑪瑙の模様の美しい物は、本当に美しくて、自然が生んだ芸術としか言いようがありません。あれを忠実に模写したら、それだけで一流作品になりますよ、間違いなく。

<翡翠/ひすい/jade jadeiate nephrite>
和名の「翡翠」が鳥のカワセミを意味している、豊かな森や農作物を象徴する、自然崇拝と関連の強い宝石。
最高級品(ジェダイト)は、したたるような翠とつやで、別格の存在感がある。クロムの含有によって鮮やかな翠になり、鉄、チタンの含有でラベンダー色になる。
「靭性」といわれる粘質性が高く、衝撃に耐える力はダイアモンドよりも強いといわれている。
翡翠には「願い事を成就させる」効果がある。特に、魂や細胞を再生させる効果はよく知られており、美容や医療の面でも科学的な研究が行われている。雨や嵐を支配し、天候を左右するとして、農耕にかかわる民族の間では豊作祈願の石でもあった。
支配者や権威者よりも、高潔な人物にふさわしい、品位のあるパワーストーンのため、精神的指導者が身につけると多くの支持を得ることができる。
靭性が強い。

浮かぶ雲のようにヒスイの翠が入っている石の写真が載っていましたが、う~ん、この翠は相当美しいぞ。
緑という字もいいですが、翠も想像力をかきたててくれるいい字だと思います。
翡翠は、おもちゃみたいな小さな数珠状のネックレスくらいしか持っていません。
最高級品でもそう張るお値段ではない石のはずなので、いい出会いがあったら買う予定にしています。

<蛍石/ほたるいし/fluorite/フローライト>
ミヤマ作品のフローライトブルーのリングが最近とみにお気に入りで、通勤中はこれを指にはめて運転して鋭気を補うようにしています。
ほんとに綺麗なブルーです。サファイアより綺麗。

フローライトは、たいへんユニークな特徴を持つパワーストーンで、紫外線を当てるとほのかに蛍光色に発光する性質がある。蛍石と呼ばれるようになったのはこの性質に由来する。グリーン、紫、黄色やピンクなどのさまざまな色調がある。

ただし、ブルーのフローライトの95%くらいはミヤマが原石を買い占めてしまったので、彼の気まぐれでしか市場に出ません。。私の持っている石は、ミヤマ所有の石の中でも文句なしの最高級品です。暗い所で見ると、アメジストを濃くしたみたいな美しい紫がかった青さに変化します。こちらの色はとても幻想的です。一度だけ彼の来日展に行った時つけていたのは、リングはこの石、ネックレスはアイオライトでした。
実はフローライトの和名が蛍石であったことを今日まで知りませんでした。
ホタル、私も持っていたのね♡ 嬉しいです、しかも別格の美しさの蒼。。

<きん(誤変換できませんでした)青石/きんせいせき/iolite>
アイオライトは、その透明で美しい青色から、別名「ウオーターサファイア」とも呼ばれている。多色性(見る方向によって色が変わる性質)が顕著にある代表的な石。
黄緑から黄色がかった色調のものも見られるが、真っ青で透明度の高いものが、宝石として人気がある(当然私の石は、これです)。

石の話もきりがないので、今回はここまでにします。
昨日も健康センターに4時間寄って、くつろいで帰りました。
疲れはだいぶとれた感覚があります。それでも足のだるさが残っている理由は単純明快で、長年の運動不足で全身の筋肉がすっかり落ちて弱くなっているからすぐ疲れる、要するに身体が慢性的になまっているためです。いくら嫌でもせめて人並に身体を鍛えるというか何らかのトレーニングをしないと、数年後には廃人予備軍になるかもしれません。なまりきった、膝が痛い身体を改善するのは大変です。ほんとにどうしてここまで、身体を動かすことが好きじゃないのかなあ?スポーツを含め、運動的な身体を動かすことで本当に気持ちが良くなったとか楽しかったという記憶があまりないんです。みんながやっているから仕方なく一緒にやるとか、体力維持のために義務感でやるとか、でした。ピアノも一応全身を使います、これだけかもしれません、身体を動かして本当に楽しいのは。
とにかくマジで体力が全然ありません。生物として大問題です。

健康センターのサウナは、週に数回、30分の爆風ロウリュの時間帯があります。
サウナの中を熱風が吹きまくるそうです。時間が合わないのでまだ入ったことはありません。

・大量の汗が出ますので、熱くてつらくなったらすぐに退室してください。
・熱くて心が折れそうになった時も、すぐに退室してください。

こんな感じの注意書きがしてあります。
わざわざ追加してある『心が折れそうな時』という表現を新鮮に感じました。
社会生活の中で折に触れ使われている表現だけど、サウナにも応用できるとは。
サウナで心が折れたらどうなるのか、具体的に想像できない所が面白いです。

フットケアもしてもらいました。足の指と裏が中心。
「足に元気がないですね、押した時の弾力が弱いというか。お疲れがたまっていませんか?」と聞かれました。いろいろ話しましたが、ああ、老化は足からと言うけど正にそれだな、私はもうおばあちゃんだ・・。そう思って情けなかったです。

昨日は薄い雲が空の多くを覆っていましたが、午後からはお日様の姿も見ることができました。帰宅後はベランダから満月に近づいたお月様がよく見えて、ずっと見ていました。とても綺麗でした。月のオーラは太陽のようにはっきりとした虹色にはなりません。白っぽいです。時々、よく絵に描かれているような光の矢のような発散が見えることがあり、なんていうのでしょうか、希望?みたいなものを感じました。

今朝も緑がきれいです。ベランダからあちこちに樹木のかたまりが見えます。雨上がりの緑達は本当に生命力にあふれているように感じます。
初めて気が付いたことですが、私は、どんなに躍動的な生き物よりも、植物の方に"生命力"を感じる傾向があるようです。動物の元気さには引っ張られる感覚ですが、植物には包まれてふわっと持ち上げて笑いかけてもらうような感覚です。こっちの方が心地よくて好き。風にも太陽の光にも同じ種類の生命を感じているかもしれません。
ああそうか、これが所謂「癒し」なのでしょうか??

親友を失くしてすっかり弱っている母を慰めるために、今日から実家に行くことにしました。何をしてあげられるかわかりませんが、母にとってこの世で唯一信頼している人間が私なので、側にいてあげるだけで少しは安心するかも、なんです。
あとどれだけ寿命が残っているかわからない母ですが、精神的な自立がついにできないままあの歳になってしまったことが可哀想です。穿った言い方ですが、まだ子供の頃から、私はず~っと母のメンタルサポートをしてきました。もろい人だから。なのにその成果がこれ、というのが残念でなりません。結局、私がどうであろうが、母の人生は母が選んだようにしか進まなかったということでしょうね。
本人は大まじめだけど本当には身につかなかったカトリックの教え。その宗教生活の中で、母は不思議体験を山ほどしています。私が羨ましいと思うのは、カトリック信者の中にはまれにビジョンが視える人がいて、数人の人が母を視ていますが、全員口を揃えて「神様の祝福のシャワーが降り注いでいますよ!」と言いました。「ですがあなたがそれを受け取らないので、みんな外にはねてしまっています」。
愚かな母だと思います。素直に受け取れば自分が幸せになれるのに。でも、母からはねた祝福パワーは、母の側にいる人に降り注ぐことになるので、母の側にいると人は平穏で幸せな気持ちになることが多く、友人には恵まれた人生でした。残念ながらなぜか家族はその恩恵をあまり受けていませんけれど。
母の事は心から愛していますが、心からの尊敬を抱くことはできません。ああいう老年期は迎えたくない(心理的に)です。ああいう人生も真似したくないし。
母の最後の教え。反面教師。
あら そう言えば。
ご自宅公開TVを見ていないのでイメージがわきませんが、おそらくリビングかエントランスかどこかに置かれているのであろう特注グランドピアノ。
ちゃんとメンテナンスしてもらっているのでしょうか。気になります。
ピアノはとても湿気を嫌う楽器です。
ピアノ用除湿装置(ピアノの中に取り付けるタイプ)がありますから、つけてないならつけてあげてほしいと思いました。
湿度対策も気になりますが、そのピアノは、弾いてもらっているのかも気になります。
インテリアとしてしか使われていないとしたら、ピアノがかわいそうです。
長く弾かないと、フェルトがだめになる・・。
せめてマメに調律はしてもらっているのかなあ。
今日は月齢10ですって。お月様、だいぶふっくらしてきました。
月末30日が月齢14で、暦上は満月。3月31日も満月でした。
もう一か月も経つのか・・早いな。そして予定ではあと2か月。
こっちは早いのか長いのかわかりません。

昨日は、うっすらした雲の中の夕陽がきれいでした。占いの先生に、オーラを見えるようになるためには、太陽を毎日見つめると見えるようになりますと言われたことがあります。直接見て大丈夫ですか?と聞いたら、朝陽・夕陽から慣らしていけば大丈夫、自分は長年真昼の太陽でも5分以上直接見ているが視力はとてもいいですよとのお答えでした。ただし空気の汚い地域の夕陽は光がよくないから見ない事、だそうです。
厳冬の滝の中を平気で往復できる人が大丈夫だからといって何の安全の保証にもなりませんが、確かに太陽を見詰めていると、だんだんと太陽のレインボーオーラ?が見えてきます。あれを見ているとこちらの気持ちもだんだんキレイになっていくのが不思議。
昨日の太陽も、雲がほどよく光をカバーしてくれていたので、不安なく長い時間眺めていられました。だんだんと大きくなっていくうすい虹色の丸いオーラ。自然界の色であって、自然界の色ではないような、純粋に光だけという感じが好きです。

我が身の悲しさか、季節のせいか、緑の葉にばかり目が行きます。
いつもの駐車場の奥の雑木林は、あれよあれよという間に葉が生い茂って、プチ密林の様相を呈してきました。去年も同じことが起きていたでしょうに、ほとんど記憶にありません。あの頃、心身ともに絶不調だったから仕方ないかなあ。
隣り合わせの枝の絡み具合とか、太い蔦の走行とか、見方によっては艶めかしさを感じるような曲線に見とれて、思わず何枚か写真をとりました。だって写生したくなるようないい感じの構図がいっぱいだったから。とった写真の中の一枚は、かなり良い出来の構図で、中学生だったら写生大会でこの絵を描くだろうになと思いました。・・凄く苦労しそうですが。正しい?水彩画の描き方をして、細部を忠実に再現しようとしなければ、ニュアンスでこのいい感じが表現できるのかもしれません。
そう思うんなら今、描けば?とも思いますが、体力と集中力と時間の問題をクリアできないから、写真だけです。(技量を無視している所が、いかにも私らしいです)。

仮眠中の夢を覚えている頻度が増したような気がします。
さっきのはすごく変な夢で、大きなTVで誰かさんの特集が流れていて、それが「禁欲・博愛」を説く宗教家の特集のような構成でした。夢の中で、周囲の人にその番組に興味がある事を悟られないようにしながら、変な番組だなーと思いながら見ていました。私としたことが、それが夢だと気が付かなかったのが少し口惜しいです。

リビングのエアコン2台を使って除湿中ですが、いい加減効き過ぎで寒い。
室内干しの洗濯物の乾きが悪かったからこうなりました。昨日の朝干しておいて、帰った時にまだ少し湿っていたものですから。普通はこれだけの時間があれば気持ちよく乾いていたのに、この雨のせいで湿度が高かったのでしょうね。
あと一息っぽいので、明日の朝には乾ききっていると思います。エアコン、切ろう。

部屋にいるだけで幸せいっぱいだった時期とは少し気持ちに変化があります。
言葉ではうまく表現できませんが、依存を戒める、みたいな感じとでもいいましょうか。
ピアノを弾いたり、現実的な未来計画を考えたり、そういう当たり前のことをする・・?
もう少し仕事に身を入れる、というのもありますねえ。
やっぱりうまく書けません。
5月の自然界の緑達にパワーをわけてもらいながら、地道にグラウンディングに勤しみたいような気持ちがしています。

う・・。やっぱり凄く寒い!エアコンオフ!!ストール!