こんばばんわ。 今日は、少しショックなことがありました。
実は私は阪神タイガースのファンなのですが、今日、家についてニュース番組を見てビックリ
なんと、我がタイガースの1番打者、赤星選手が引退です。 そんな、アホな? ウソやろって正直思いましたよ。 でも、ここ数年は怪我に悩まされいたのも事実でした。それでも、まさか???です。 別に脚力が衰えた訳でも、バッチングに衰えが見えてきた訳でもなかったし・・・、しかし、実際はとても深刻な怪我だったようですね。思えば、ミスタータイガース掛布氏が引退したのも33歳だった思います。 あの時もショックでしたが、彼の場合は引退する年までの3年間ぐらいは怪我の影響もありベッテイングが振るわなくなっており、仕方ない部分もありました。しかし、今回の赤星選手は怪我さえ完治すればある程度はもどると思っていたのに、とても残念です。彼、赤星選手は決して華のある選手じゃないかも知れませんが、それまでの万年Bクラス阪神を変えてくれた功労者の一人であることは間違いないと思っています。
【赤星トーク】今でも実感がわかない
9日、兵庫県西宮市内のホテルで引退会見に臨んだ阪神の赤星。淡々と現在の心境を語った。会見での一問一答は次の通り
--どれぐらいの期間悩んだか
「この1カ月しか考える時間はなかった。今でも実感がわかない。だれにも相談できない状況だったので、この1カ月が今までの人生で一番苦しかった」
--両親への相談は
「両親に話したら、やっぱり親なので体のことを第一に考えてくれて『よく頑張った、もういいでしょう』と言ってもらえたので、それも決め手にはなった」
--引退セレモニーさえできていない
「このけがさえなければ来年もレギュラーでやっていける自信はあったし、今でも若手に負けない気持ちはある。いつになったら実感がわくのかも、まだ分からない」
--現役9年間での思い出のシーンは
まだあまり振り返りたくはないが、2003年にリーグ優勝したときのサヨナラ安打がうれしかった。ただ、05年の日本シリーズで(ロッテに)4連敗したときに力負けを痛感して、あの悔しさがあるからこそ日本一になりたい気持ちを持ってきた。それを果たせずに辞めるのは悔いが残る」
--9年間どんなプレーにこだわってきたか
「盗塁に関してはプロで通用する自信はあったし、実際に通用した。僕は本塁打を打てないから、みんなにホームまでかえしてもらうことが一番の喜びだった」
--新しい野球を見せられたのでは
「正直、僕が入団する前はそういうチームではなかったので、走塁改革はできたかなと思う。他球団でも走塁の重要性が高まってきているのは感じる」
--これまで度重なるけがを乗り越えてきた
「絶対に気持ちで負けない野球をやろうと思ってきたので、これまでも肋骨が3本折れようが強い気持ちでやってきた。ただ、今回ばかりは気持ちでカバーできるものではなかった」
--今後については
「僕から野球をとることはできない。必ず球界発展のために何らかの力になりたいと思っているし、これからも子供たちの希望になりたいと思う」
--盗塁数に応じて車椅子を寄贈する活動もおこなってきた
「今回が最後の車椅子になるかと思うと、あと100個ぐらいは贈りたかったので、ちょっとショックです」
--チームメートへの思いは
「ぎりぎりまで悩んでいたので、まだ選手全員には伝えられていない。みんなには僕の分まで本当に頑張ってほしい。若い選手にはまだまだできる選手がたくさんいるし、もっともっと頑張ってほしい。08年に(巨人に)大逆転されて悔しい気持ちを持っている。僕はもうプレーで(雪辱を)晴らすことができないので、みんなに託したい」
--記者会見して実感はわいてきたか
「現状ではまだ難しい。1月になって自主トレーニングをしていなかったり、春にキャンプに行っていなかったりしたときに実感がわいてくるんじゃないかと思う」
--最後にファンへのメッセージを
「9年間本当にたくさんの応援をしていただけたからこそ僕もここまで成長できた。優勝した喜びをファンと分かち合える経験もできた。(甲子園の)あの大歓声の中でプレーできないのは本当にさみしい。感謝しきれないという気持ち。僕は引退するが、これからは阪神を応援する立場として、日本一の夢を選手に託していきたい」
http://www.sanspo.com/baseball/news/091209/bsb0912091959014-n1.htm
赤星選手、どうもありがとう。 お疲れ様でした。
実は私は阪神タイガースのファンなのですが、今日、家についてニュース番組を見てビックリ
なんと、我がタイガースの1番打者、赤星選手が引退です。 そんな、アホな? ウソやろって正直思いましたよ。 でも、ここ数年は怪我に悩まされいたのも事実でした。それでも、まさか???です。 別に脚力が衰えた訳でも、バッチングに衰えが見えてきた訳でもなかったし・・・、しかし、実際はとても深刻な怪我だったようですね。思えば、ミスタータイガース掛布氏が引退したのも33歳だった思います。 あの時もショックでしたが、彼の場合は引退する年までの3年間ぐらいは怪我の影響もありベッテイングが振るわなくなっており、仕方ない部分もありました。しかし、今回の赤星選手は怪我さえ完治すればある程度はもどると思っていたのに、とても残念です。彼、赤星選手は決して華のある選手じゃないかも知れませんが、それまでの万年Bクラス阪神を変えてくれた功労者の一人であることは間違いないと思っています。【赤星トーク】今でも実感がわかない
9日、兵庫県西宮市内のホテルで引退会見に臨んだ阪神の赤星。淡々と現在の心境を語った。会見での一問一答は次の通り
--どれぐらいの期間悩んだか
「この1カ月しか考える時間はなかった。今でも実感がわかない。だれにも相談できない状況だったので、この1カ月が今までの人生で一番苦しかった」
--両親への相談は
「両親に話したら、やっぱり親なので体のことを第一に考えてくれて『よく頑張った、もういいでしょう』と言ってもらえたので、それも決め手にはなった」
--引退セレモニーさえできていない
「このけがさえなければ来年もレギュラーでやっていける自信はあったし、今でも若手に負けない気持ちはある。いつになったら実感がわくのかも、まだ分からない」
--現役9年間での思い出のシーンは
まだあまり振り返りたくはないが、2003年にリーグ優勝したときのサヨナラ安打がうれしかった。ただ、05年の日本シリーズで(ロッテに)4連敗したときに力負けを痛感して、あの悔しさがあるからこそ日本一になりたい気持ちを持ってきた。それを果たせずに辞めるのは悔いが残る」
--9年間どんなプレーにこだわってきたか
「盗塁に関してはプロで通用する自信はあったし、実際に通用した。僕は本塁打を打てないから、みんなにホームまでかえしてもらうことが一番の喜びだった」
--新しい野球を見せられたのでは
「正直、僕が入団する前はそういうチームではなかったので、走塁改革はできたかなと思う。他球団でも走塁の重要性が高まってきているのは感じる」
--これまで度重なるけがを乗り越えてきた
「絶対に気持ちで負けない野球をやろうと思ってきたので、これまでも肋骨が3本折れようが強い気持ちでやってきた。ただ、今回ばかりは気持ちでカバーできるものではなかった」
--今後については
「僕から野球をとることはできない。必ず球界発展のために何らかの力になりたいと思っているし、これからも子供たちの希望になりたいと思う」
--盗塁数に応じて車椅子を寄贈する活動もおこなってきた
「今回が最後の車椅子になるかと思うと、あと100個ぐらいは贈りたかったので、ちょっとショックです」
--チームメートへの思いは
「ぎりぎりまで悩んでいたので、まだ選手全員には伝えられていない。みんなには僕の分まで本当に頑張ってほしい。若い選手にはまだまだできる選手がたくさんいるし、もっともっと頑張ってほしい。08年に(巨人に)大逆転されて悔しい気持ちを持っている。僕はもうプレーで(雪辱を)晴らすことができないので、みんなに託したい」
--記者会見して実感はわいてきたか
「現状ではまだ難しい。1月になって自主トレーニングをしていなかったり、春にキャンプに行っていなかったりしたときに実感がわいてくるんじゃないかと思う」
--最後にファンへのメッセージを
「9年間本当にたくさんの応援をしていただけたからこそ僕もここまで成長できた。優勝した喜びをファンと分かち合える経験もできた。(甲子園の)あの大歓声の中でプレーできないのは本当にさみしい。感謝しきれないという気持ち。僕は引退するが、これからは阪神を応援する立場として、日本一の夢を選手に託していきたい」
http://www.sanspo.com/baseball/news/091209/bsb0912091959014-n1.htm
赤星選手、どうもありがとう。 お疲れ様でした。