生きる糧とか、原動力とか、あんまり私には無いなーって、思います。凄い駄目な事言ってるようですが、本当に。結構惰性で生きてるんじゃないかと思います。実際、私なんか死んだほうが良いのにって、何度だって思ったし、今だって思うし、これからだって思うんだと思う。でも多分その度に私は死なないで生きようとするんだろうな、とも。経験上ね。保守的な人間だからさ、古い―自分で決めた事を蹴り飛ばして崩す事も出来ないんだよね。だから多分。
死ねない理由なら幾つかあって、其れだって総てじゃないけれど、死なない理由も有るから結局まだ此処に居るんだよね。
私が死ねないのは、間接的だろうが直接的だろうが、私が奪ってきた命があるから。
動物でも植物でも、関係ない。
私は何かの命を口にして、こうして命を繋いでる。繋いできて、繋いでいく。他の命を糧として、当たり前の事だけど、奪って。奪うって言葉が乱暴なら、恵みって言葉でも良いけど、私にはやっぱり、奪うって言葉の方がしっくり来る気がする。何時だって命を捨てたって構わないって人が、如何して命を得るんだろうって何時も思う。本能だけだったとしても、生きようってしている生き物の、命を口にするんだろうって。何時も思ってた。
私は他の生物の命を口にする。口にするから、生きていく。命を奪う限りは生きていく義務があると子供の頃に思った。だから死ねないって。単に死にたくなかったが為の理由だって言われたら否定はしない。その通りかもしれないから。
それでも、私は今だって、義務で、ほぼ強制に近い強さで何かを食べる限りは、色んなものに抗って生きていかなきゃいけないと、思っている。
繋いでもらった命を、繋げていかなければならないと、信じている。そうでなければ、奪われた命の意味は何処にあるっていうんだろう。意味なんて無いのかもしれない。私が居なくても、誰が口にしなくてもその命は奪われたのかもしれない。賞味期限切れで捨てられてしまう食品達の一部として。それでも口にした事実が有るなら、その命は少なくとも、私を繋いだ貴重な命だと思う。
後はやっぱり、大切な人が、きっと泣くから。家族とか、友達とか。きっと苦しむから。だから生きてる。
でもそういうのは死なない理由であって、死ねない理由であって、生きる糧でも原動力でもない、ような気がする。
だって実際、私は何時死んでしまっても構わないって、何処かで思ってるから。
生きる糧とか、原動力とか、何も食べなくても是さえあれば、って思える何かがある人はどんなに幸せなんだろうって、心底思う。
書く事は好きだし伝わってくれれば幸い。心の奥底にでも、紙で作った切り傷みたいな小さな物でも、何かが残ってくれれば、是幸い。――でも、きっと、それでも、其れは、生きる糧とは違うんだよね。生きてる限りは何かを、残したいと思うだけ。誰かの心の中に、色んなものと混ざって紛れて、それでも残ってくれればって。それは、繋がりの中にちゃんといたって証明を、欲しているだけ。
生きる糧とか、原動力とか、本当に心底、欲しいよ。良い感じに無気力無関心人間な私には。
お題提供 考える人に100のお題 様