死にたいと誰かに漏らす人が、本当は生きたい人で。誰かに止めてもらいたい人で。

無意味で無価値だとぼやくのは、其処に意味があって欲しいから。価値があって欲しいから。

此方に必要な何かの価値でなく、何かにとって此方にも価値を置いて欲しいから。

諦めるのは、苦しいから。忘れるのは、楽だから。

プライドとかそんなの全部捨て去って、一度だって言ってみれば良いのかな。

嘘だって構わないって思っているのなら、一度だって確かめてみれば良いのかな。

自己完結して終わらせてしまわないで。自虐的に真綿でじわじわと己の首を絞めてしまわないように。


「私に意味はありますか。価値はちゃんとありますか。”あなた”の中に。」


一方通行は、もう、疲れちゃったんです。

愛される事に怯えてるんだなー、って思った。

愛されたい、って手を伸ばして、愛してって駄々捏ねて、でも動き出さない足は此処に固定されたまま。


愛されて、愛を返せないのは、誰かから与えられたものが、誰かの手で消えて行くことを恐れているから。

やっぱりね、って、どうせ、って絶望する事に怯えているから。

愛してくれないだろう人を、愛するのは、例え手に落ちる事がなくても、元々落ちる可能性が恐ろしく低いと安心できるから。

なくしても、やっぱりね、って諦めるだけですむから。


結局守ってるものは何時も同じ、代わり映えのしないモノ。

不幸に甘えて、悲劇のヒロインに酔って、手当たり次第に傷つけて逃げているだけ。

この世の中には、運命の人って言うのがいて、例えば絶対無理だって思ってることとか、絶対そんな事出来ないよって、思ってることをやすやすと超えて、どんなに高い柵を作っても、どんなに頑丈な壁をこしらえても、無遠慮に入り込んで、気がついたら連れ出してくれるような、人が、どんな人にも必ず一人は居るのだと。

友人に、友人が恋の相談をしている時に、彼女はそう説きました。

彼女にも居たし、彼女の友人にも、全員居たそうです。

まだ、貴方は、その人に出会っていないのよ、と。

むやみやたらと格好つける事が、返って格好悪いこともあると。その通りなのだろうな、と思います。

無様で何が悪いんだろう。

無様なのも、格好悪いのも、大切だからこその姿なのだと思う。スマートなのは、スマートで、勿論、格好良いけどさ。

とか言いつつ、私は見栄っ張りで格好付けなので、まだまだ全然ですが。たはは。その内全部取っ払えれば、と思います、本当。

と、微妙にずれた。


でもそういう人に出会っちゃったら、次はどうすれば良いんだろうね。

私には、実はたった一人だけ、この人に出会う為だけに、生きてきたのだろうと思っている人が居ます。其れは恋では無かったし、これからだって、恋になりようも無いのだけれど。…、本当にこの人に会う為だけに、生きていたのだと思うだけに、これから先が全然思いつかないんですよね(汗)多分、私の運命の人は、この人だったのだと、本当に思ってる。


運命の人って本当は、運命に気付かせる人だと思います。

ロマンスな、運命じゃなくて、哀しい運命だったり、どうしようもない運命だったり、そんなものに、気付かせてしまう人なんだと思っています。そもそも、出会えた人全てが、出会う運命にあった人、になるのだし。



運命が、決断を呼ぶのか、決断が運命を呼ぶのか―。

美しいものも、醜いものもありません。

全ての物は美しく、醜いものです。

全ての物は醜く、美しいものです。

ただ、其れを見る、感じるその人の気持ちが反映されてしまうだけで、どんなものでも、全て美しく、どんなものでも、全て醜いのです。

同じように。


お題提供 考える人に100のお題

自殺の善悪―、ですが、私は自殺に善も悪もないと思います。

諦めずに頑張れば何もかも巧く行くよ、なんて能天気な言葉を私は使うけれど、本気で信じているわけじゃありません。

世の中は意外と理不尽に出来ているものだと思います。

頑張ったって、届かないものはあります。悔しいけれど。

頑張ったって、どうしようもないものはあります。哀しいけれど。


生きているのが苦しくて、苦しくて、明日なんて見えなくて、今だけで精一杯で、その今ですら、耐え切れない哀しみに満ちて、どうしようもなくて、誰も救ってなんてくれなくて、自分の力じゃ立ち上がれないのに、他者から与えられた無茶苦茶な理論が己をずたぼろに切り裂いていくのに、気付いて知っている他の誰かは唯笑っているだけで。

辛くて、辛くて、今でさえ辛いのに、見える明日は更に辛くて。

もう耐えられない、もう無理だって、もうどうしようもない、もうどうする事も出来ない、って諦めた人を責める事なんて、本当は誰にも出来ない。

自殺したいって思っている人を、その人の事を思うなら、本当は止めちゃいけないんじゃないかって、思う事がある。

その人の耐え切れない事を何一つ肩代わりできないし、これから先、その人が背負う荷物を変わりに持ってあげる事も出来ないんなら、もうその人が耐え切れないんなら―、って。

だけどやっぱり、私は残されていく事が嫌で、置いていかれることが厭で、その人を失うことが厭だから、残されていく人が悲しくて、置いていかれる人が苦しくて、厭で堪らないから、自殺は駄目だよ、って言う。生きていれば、良い事があるよ、って。

全部全部、全部、背負っていく覚悟があるなら、きっと何を選んだって、正しくなくても、間違ってないんだ。

残される人の哀しみを、死に切れずに重荷を背負わせるかも知れない覚悟を、他の誰かにその重荷を突きつける覚悟を、十字架を背負わせる覚悟が出来るなら。呪われても憎まれても、嫌われても、忘れ去られても構わないって、自分の好きな人に死にたくなる位の哀しみと、寂しさを背負わせる、覚悟があるなら、――正しくなんかないけど、一概に間違ってる、なんて、言えない。

自分が残されていく立場だったらって、考えて、考えて、考え抜いて、それでも、って。そう思う人に其れは絶対的に悪だ、なんて、言えない。善い事なんて、何もないけど。


お題提供 考える人に100のお題

知性があるから人と獣は違う。

自分の欲求を抑える術を知っているから、人と獣とは違う。

それなら子供はより獣に近いんだろうな、と思う。確かに知性を宿していても、それは酷く拙く、だからこそ大人よりも子供の方が獣に近いのだろうな、と。

知性があるから、損得を考え、無駄な衝突を避け、無意味な衝突を繰り返し、他者の立場に立ちたがり、見なくても良い苦しみを見て、味合わなくても良い哀しみを味わい、無力感を嘆く。

他者の事を自身の事と捕らえ喜び、本音と建前を使い分けて、取り繕い、傷口を舐めあって馴れ合うように寄り添い、裏切って裏切られて、同じ種同士で対立し、種が同じでも色が違うが故に別物だと信じ、己だけが最上だと恥ずかしげもなく口にする。

感情とかもそうなのかもしれない。愛憎とかみたいな複雑な感情、とか、そういうものを全部ひっくるめて、思うんだと思う。

感じて、思って、理解して、考えて、手に入れて。

唯生きていくだけなら考えなくても良い事を、沢山沢山考えるんだと思う。明日以上の先のこと。届かない筈の星空の向こう。捕まえる事の出来ない風の尻尾。

追いかけて追いかけて追いかけて、辿り着く先は何処だろう。


巧い具合に知性と本能との折り合いをつけて付き合っていける人も居るけれど。知性で本能を押さえつけて何にも解らなくなる事も、知性を放り出して本能のままに振舞って社会から孤立する事もある。

考えすぎる人ほど、本能を忘れがちになるんじゃないかと時々思う。


錯覚だと断じてしまうには未だ幾らか早すぎるかもしれない。


巧い具合に折り合いをつけて、生きていけたら。昔から何の進歩もない悩みを私達は繰り返す。永遠のループみたいに。知性があるが故に、考えて、望んで、必要以上の物を欲して。科学がどれだけ進歩しても、それでも私達は繰り返す。永遠のループみたいに、何の進歩もない悩みをぐるぐるぐるぐる、抜けられないメビウスの輪の上を歩いてるみたいに。


お題提供 考える人に100のお題

如何してこんなにも私の周りには良い人ばかりなんだろう。

如何してこんなにも私に優しい人たちばかりなんだろう。

私が私を傷つける人を避けているから、なんだろうか。

……だけど、こんなにも、如何して、私に甘い人ばかりなんだろう。

優しさに甘えてしまいそうになる。

このままじゃ全然駄目だって解ってるのに、停滞したまま止まってしまいたくなる。


如何してこんなにも、私なんかに優しいんだろう。哀しくなる位。…はっきりとした終わりを、告げてあげれば良かった。

名前を呼んで。

それだけで良いの?それなら何度だって、呼んで上げる。君の耳に届くよう、どれだけだって紡いであげる。


囁くような言葉がまるで甘い、睦言のように、打つなんて気付いても居ない。


猫になりたい。

陽だまりの中丸まって明日の事も考えずに、ただそこにあるものだけを享受して、明日は明日の風が吹くさ、何て。

嗚呼、猫になりたい。

陽だまりの中、縁側に丸まって我関せずの姿勢を貫いて、暖かな膝の上、我が物顔で占領している猫に。


怖いものばかり、この世には溢れて零れて。

だけど、こうして、ぎゅって手を繋いで、しっかりとしっかりと確かめ続けられたなら、怖いことだって超えていけるよ。

怖いものばかり、この世には転がっているけれど、大丈夫、本当はちゃんと超えていけるから。


蹲って待ってた。

ずっとずっと、ただ待ってた。

多分、多分ね、きっと、絶対に、君の事を。


優しい顔で貴方は笑った。

優しい言葉で着飾って、優しい笑顔で頷いて、解っているよと。

…だけどねぇ、本当は解ってなんて無いでしょう?私が今、貴方に責められたいって、どんなに、懇願しているか。


貴方は私を切り裂いた。

私がどれ程貴方を欲していたか、貴方は知らないのでしょう。だからこんなにもこっぴどく、貴方は私に刃を突きつける。

もしもそうで無かったならば、絶対に口にしないで。

更に惨めになるだけだから。もういい加減、貴方を嫌いにならせて頂戴。


貴方の背中に残した戯言に、一つ一つ応えるように貴方は頷いて、それでも欲しい言葉はくれなかった。

嘘じゃ意味が無かった。戯れじゃ足りなかった。

騙しあいなんて、結局柄じゃない。

優しい貴方の背中は大きくて冷たくて、苦しくて、優しくて、切なかった。


何処にだって行けるよ。何処にだって、行きたいと望むなら。

行こうと願うなら、歩き始めるならば。

何処にも行けないよ、何処にも。どれだけ望んで願って祈っても。

だって此処もあそこもあっちもこっちも全部同じ、日常が待っているだけ。

何処にでも行けるよ、何処にだって。逃げたいと望んでいないなら。

…とりあえず、全部に。


えーと、私の勤めている会社、潰れそうです。というか、一応合併吸収されそうな感じ、なのかな。今のところ。でも合併された方がまだ、少しはマシな気がする。寿命が延びるだけかもしれないけれど。

だって、合併できなかったら賠償金(…ええ、ちょっと色々ありまして)やら借金やらで会社倒産しそうな感じなんですもん。

うわー、うわー、凄い怖いよー。

せめて後二年、持ってくれたら。雇っててくれたら、良いんだけど。

実際合併されても一年くらいは保留期間で、上が駄目だから、吸収しようとしている大手会社から新社長がやって来て、現場レベルでもこれ、使い物にならないなー、って判断されたら切られちゃうらしい。リストラとか、リストラじゃなくても会社自体見限って、って感じで。

…………と、り、あえず、なんとか、巧くいってくれれば、良いんだけど。

勉強しなおして何処か探さなきゃ……(ほろ)

後会社の同僚が辞表出したそうです。………マジで?

なんか同僚は21日の結果次第で(あ、21日に合併か否かの結果が出て発表されるらしいです…。やだなー、風前の灯。……て、か、本当、どうしよう。…はァ(溜息))面白そうな結果が出たら残るかも!!とか言ってましたが……、多分辞めるんだろうなー……。


あー、もうマジで潰れなきゃ良いんだけど。本当、困るなー……(汗)

例えどんなに不幸そうだと思っても。

何も持って無くても、誰も傍に居なくても、哀しい事ばかりでも、どんなに可哀想に見えても、哀れでも、自分が幸せだって思うんなら、不幸であるはずがない。

誰が、君は不幸だと言ったところで、幸せだと思っているなら、信じているなら、信じられるなら、不幸でなんてあるはずがない。

誰かと比較しようとするから不幸だと思えて、満ち足りた時を知っているから、足りないと思って。

欲しくて欲しくて欲しくて、どんなに欲しくても手に入らないものを、あっさりと手に入れる人を知っているから苦しくて。

比べたってどうしようもないのにね。

だって幸せの基準は自分の中にしかないから。

それでも人は皆欲しがりだから、一つ幸せが手に入って保証されれば、次の幸せが欲しくて、どんどんとランクの上がった幸福を追求していって、がら、って足元が崩れて、一番最初の、一つ目の幸せのランクまで落ちたら、なんて不幸なんだろう、なんて、思ったりもする。

そんな人は”当たり前の事が、当たり前である事”がどんなに幸福か、どんなに幸福なことか、忘れちゃったんだろうなって思う。


例えば、衣食住総てが満ち足りて、親兄弟皆健康で、それなりに裕福で、だけど何かが足りなくて、自分は何て不幸なんだろう、って思う人も居れば、衣食住すら足りなくて、親兄弟離れ離れで、子供でも働かなければ生きていけないような環境で、それでも幸福だって思える人も居る。

誰もに平等な幸福は、明日の保証がされていることじゃないかと思う。何もかも持っていて、どんなに幸福な人だって思っても、不幸な人も居るし、何も持って居なくても幸福な人は居る。結局は、自分の考え方一つなんだと思う。


誰が違うって言っても、自分さえ幸福だって思うなら。信じるなら。信じられるなら。

ちゃんと、幸福。


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