鴉ノ眼 -166ページ目

熊本城本丸御殿

熊本城シリーズラストを飾るのは本丸御殿です。
平成19年に築城400年記念事業で復元されました。

鴉ノ眼

↓「闇り通路」
鴉ノ眼

↓「大御台所」
鴉ノ眼
立派な天井の梁は人吉地方から切り出された赤松が使われているそうです。

↓「本丸御殿縁側」
鴉ノ眼

↓「大広間」
鴉ノ眼

↓「若松之間」
鴉ノ眼

↓「昭君之間」
鴉ノ眼

↓「昭君之間 格天井」
鴉ノ眼

安土桃山時代らしい荘厳華麗な装飾です。

昭君之(しょうくんの)間という名前は将軍の間を意味する隠語であるという説もあるようです。

加藤清正が将軍・・・?
いえいえ、清正公にその様な野心があるとも思えませんし、彼の豊臣家に対する忠誠心は絶対です。

秀頼公を迎え入れるための間としてつくられたともいわれてますが、何処までが事実なのか清正公に聞かないとわかりませんね。(^^ゞ

熊本城天守閣

いよいよ天守閣のある本丸へ向かいます。

↓二様の石垣
鴉ノ眼
微妙な石垣の角度の違いは増築した際に石垣を積み足したもので、右が清正の時代、左が細川時代につくられたといわれてます。

↓宇土櫓
鴉ノ眼

宇土櫓は当時のままの現存建築物で宇土城天守閣を移築した物とも言われているが、実際にはこの熊本城で建てられた建築物のようです。


↓大天守と小天守
鴉ノ眼


鴉ノ眼

壮健当時の天守閣は西南戦争のおりに炎上して焼失しておりますので、現在の天守閣は鉄筋コンクリートですが、威厳のある外観はなかなか立派なものです。


鴉ノ眼

6階の最上部からは熊本市内が一望できます。

二の丸や西出丸からは大小天守と並んで大きく見えた宇土櫓がえ間近ではえらく小さく見えますね。

熊本城飯田丸五階櫓

続いては翌日7/15朝から本丸へ登城してきたときの写真です。(^^)

昨日とは正反対の城の東側「須戸口門」から登城いたしました。
鴉ノ眼

肥後六花園を過ぎて竹の丸を歩いていると飯田丸五階櫓が見えてきました。

鴉ノ眼

飯田丸五階櫓を写真に納めるなら行幸橋の方角から備前堀越しのショットが絵になると思います。

鴉ノ眼

近づいてみるとこれだけでも十分小さなお城の天守閣くらいの大きさがあります。

飯田覚兵衛が守っていたことから飯田丸という名が付いたそうです。

鴉ノ眼

鴉ノ眼

平成17年に復元された飯田丸五階櫓ですが、木造で復元されたところに価値がありますね。

上まで(四階まで)登ってきましたが、ここまででも相当階段を上ってきているのに中はサウナ状態です。
朝一だったのですが、それでも大変な汗をかいてしまいました。(^^ゞ