こんにちは朱堂です
























今回は、関ヶ原シリーズ








「東首塚」です
































悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…














JR関ヶ原駅の近くにあります








(住所:岐阜県不破郡関ヶ原町関ヶ原909-18)
























西首塚






の対になる、もうひとつの首塚です
















400年前から立っているであろう大木が








時代を感じさせます
























そして、その近くには
































悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…














「首洗いの井戸」…
















写真から見てもわかるとおり、








敷地内がとても薄暗いので、さらに不気味感が増す…








(注:昼間です)
















怖い、怖い、怖い、怖い…
























次回は、「桃配山・徳川家康陣跡」をご紹介します
























以上、朱堂でした

こんにちは朱堂です




今回は、京都編


「興正寺」です




悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…


(住所:京都府京都市下京区堀川七条上ル花園町70番地)




このお寺はJR京都駅の真北、


東本願寺、西本願寺にはさまれているようなカンジであります




浄土真宗が開かれた直後くらいに建てられ、


今では一宗派の本山をつとめているという由緒正しいお寺です




そのために、東西本願寺に負けず劣らず


建物がデカイ


なんで真宗のお寺は上の階級にいくにつれて


どんどんデカくなっていくんですかっ




今回、朱堂は中まで入らなかったんですが、


本堂などもかなり迫力のある建物らしいです






以上、朱堂でした

こんにちは朱堂です
























今回は、関ヶ原シリーズ








「本多忠勝陣跡」です
































悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…














よくわからないホームセンターの近くにあります








しかも、住宅街の奥のほうで、迷路みたいに細い道の先








見つけるのに、随分時間がかかりました








(住所:岐阜県不破郡関ヶ原町関ヶ原3441-106)
























「本多忠勝」といえば、徳川四天王の1人で、








「数十回戦に出て、一度も傷を負わなかった」とかいわれている








猛将ですね








BASARAでは、ガ○ダム並みのモビルスーツへと化している








あの人(?)です
















関ヶ原の戦いでは、東軍の軍監として出陣し、








井伊直正とともに島津義弘を追撃しました
























…あぁ、関ヶ原のど真ん中で、








茶色のモビルスーツがドリル持って襲いかかる絵が思い浮かぶ…
















戦後に、真田昌幸・幸村親子の助命を受け入れない家康に








「お聞き届けくださらないなら、某が殿と一戦つかまつる」と








宣言した、超カッコいい人なんですけどね
















恐るべし、モビルスーツの魔力
























次回は「東首塚」をご紹介します
























以上、朱堂でした

こんにちは朱堂です
























今回は、関ヶ原シリーズ








「田中吉政陣跡」です
































悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…














関ヶ原町歴史民族資料館






や家康最後の陣地・陣場野の近くにあります








(住所:岐阜県不破郡関ヶ原町関ヶ原)
























「田中吉政」とは、秀吉の養子・豊臣秀次の家臣として出世、








関ヶ原の戦いでは東軍に味方して、








落ち延びて隠れていた三成を捕らえた武将です
















あんまり聞いたことがない武将ではありますが、








結構優秀だったそうです
























この陣跡の石碑は、3本の道路に挟まれた








三角州みたいなところに建てられているので、








油断すると車に轢かれかけます
















てか、朱堂は轢かれかけました
















関ヶ原史跡の中ではマイナーですが、








アクセスが良いですし、








ものすごく見つけやすいです
























次回は「本多忠勝陣跡」をご紹介します
























以上、朱堂でした

こんにちは朱堂です
























今回は、関ヶ原シリーズ








「井伊直正・松平忠吉陣跡」です
































悠々閑々…歴史街道まっしぐら!…














どこにあったっけ、コレ…








覚えてない…








(住所:岐阜県不破郡関ヶ原町のどこか)
























「井伊直正」は、徳川四天王の1人で、








「井伊の赤備え」と言われるように








鎧が全部真っ赤だったことで有名な








東軍の猛将です








彦根の「ひこにゃん」がかぶっている兜は、








元々この人のものですね
















そして、「松平忠吉」は家康の4男で、秀忠の同母弟です








江戸幕府の御三家の1つ「尾張徳川家」の領地は、








元々この人が治める予定だったようです
























2人とも、福島正則から先陣をぶん盗ったり、








島津義弘を追撃したりして、大活躍しました
















しかし、この関ヶ原で負った傷によって、








2人とも戦後すぐに亡くなっています
























すさまじい戦果の対価なんでしょうね








この話から、合戦の激しさがうかがえます
























次回は「田中吉政陣跡」をご紹介します
























以上、朱堂でした