本当に久しぶりなブログ更新になってしまいました。

 

タイトル変えて再投稿です。


数あるブログから見つけてくださりありがとうございます。


実は老体に鞭打って?清掃の仕事を始めました。


清掃の仕事は何回かやった事があるので簡単に考えていましたが。。


昔のようにはちょっと行きませんでした。


終わるとぐったりしていました。助祭先生の聖書講座も行われました。


今回は『十字架の道行き』を14場面読み上げました。


十字架刑の場面を14場面に分けて先導者と会衆との読み上げます。


14場面の中で。。イエス様は3度お倒れになります。


そして繰り返される十字架は皆の罪なのだと繰り返されます。


14場面のイラストを見ながら読み上げていると。。


あの私の罪も。。あの時の私の罪も。。


隣で一緒に読み上げてる夫の罪も。。


殺戮をこの時代に未だに繰り返してる戦争の罪までも。。


イエス様の十字架の重みに繋がっているのかと思うと。。


胸が締め付けられます。


それを背負って人に唾を吐かれても鞭打たれても


無抵抗で十字架に張り付けになられます。


もちろん。。その後に死を超越されて復活なさるのですが。。


私は教会でイエス様を処刑したのは民衆だと

習いました。


歴史的に。。このイエス様の処刑の時代が


何かターニングポイントだと思えてならないのです。


もちろん。。父なる神様の計画はイエス様を


処刑して復活させる事だと思うのですが


復活後のキリスト教の歴史を見ても


なぜ?そこまで迫害を受け続け。。


分派に分派を重ねているのか。。と


素直に疑問に思うのです。


私はカトリックを選びましたが実はプロテスタントの教会にも


2、3度通っていた時期があります。


そこの教会にはまず十字架を掲げておらず


もちろん聖母マリア様の像はありませんでした。


プロテスタントが聖母マリア様を乙女マリアと


位置付けているのは理解していましたから


プロテスタントの『聖書のみ。』を否定する気持ちは


全くありません。


どの教会にするかと迷っていた時にふと。。


夫が幼い時に育った養護施設の入り口に


聖母マリア様の像があって。。


いつも『おかえりなさい。』って言われてた気がした。。


本当のお母さんに会えなかった寂しさを和らげてくれた。。と


聞いたから。。マリア像のある教会にしようか。と


そんな理由でした。


そう。そこがカトリック教会でした。



プロテスタントの方に反論する訳では無いのですが。。


マリア様が処女懐妊をされた。。と言うのが


まず1番最初の奇跡ではないか。と思うのです。


(もちろん。洗礼者ヨハネの母エリザベトも)


イエス様の時代。。


そこは確固たるユダヤ教の世界でした。


その中でのイエス様の教えはまさに革命的で


異端に聞こえたのでしょう。。


でも。。


たとえ。。十字架刑で世の罪をとり除く神の子羊として


お生まれになり。。


その後復活され聖霊を皆に賜り。。


山上の垂訓や本当に分かりやすいお言葉。。


自分を愛するように


隣人を愛せよ。とか。。


あなたの敵を愛しなさい。とか。。


全世界の人が一人ひとり


それを単純にシンプルに信仰していたら。。


(どこの宗派が正しいとか正しくないとかじゃなく)


この世は今。違っていたでしょう。。


イエス様の御言葉を学べば学ぶほどに


なぜにこんなにもこの世が複雑で


未だに悪が蔓延っているのか。。?!


最初の戦争から。。戦争はするものでは無いと


言い続けてるのに


未だに戦争へと向かっているこの世界に


深い悲しみを感じるのです。


この世は。。もしかしたら9割が不条理なのか?と


思う時もあります。


YouTubeを観ても。。『臨時収入がすぐにやって来る!』とか


本当に。。多い。。


もちろん臨時収入は嬉しいものです。


でも。。


神様は私達を決して飢えさせません。


髪の毛1本を白くも黒くもできない人間が


取越苦労する事はないのですよ。。


なんてYouTubeは人気がないでしょう。。


何か。。


嫌な事が起きた時に。。


神様。イエス様。聖霊様。の目線で見てみる。。


すると


全く違った世界が広がるのです。


もちろん悲しいことは悲しいし。


怒りを感じる事は怒りを感じます。


でも


そこに留まらず。。


ふと。神様の目からこの事はどう映ってるのか?と


思い巡らすと。。


想いもよらない解決策が訪れたり。。


あんなに怒っていた心がスッと収まったり。。


と


不思議を体験するのです。


これはどこからともなくやって来る


イエス様が仰った霊と言う風なのだなぁ。。と


思い感ずる時があります。。


アーメン。。。





小さなセリアの額に入れました。


何だか子供の作品みたいですが。。


十字架の横に飾りました。