タイトル変えて再投稿です。


お久しぶりです。。またもお久しぶりな投稿に


なってしまいました。実は夫がべーチェト病の


疑いで数日間。。検査入院しておりました。


検査の結果。。べーチェト病ではない事がわかり


ホッとしています。


その中で次男が吉祥寺から浅草へと引っ越しも


あり。。とブログから離れておりました。



改めて。。


数あるブログから見つけてくださって。。


ありがとうございます。



夫は先週の火曜日に信仰の師である方に


告解をしました。


教会へ行きだしたきっかけも夫でしたが。。


夫は長い事幼い頃からある新興宗教の宗教2世でした。


しかも仏教系で出会った時には


肩から小さなバッグにお経を携帯してるような人でした。


私は幸いミッション系の中高だったので


聖書の勉強が週に一度。。6年間受けていました。


それでも。。そのミッション系のシスターに


ちょっと信じられないような言葉を掛けられたり。。と


素直に従うよりも反発するような生徒でした。


それでも。。今は。。


聖書の基礎は着実に多感な時期に受けたせいか


記憶してる事に驚いています。


夫は。。キリスト教カトリックに触れるのが


初めてな人でしたが聖書講座なども素直に


学んでいるなぁ。。と妻の私が感心する程でした。


でも。。心の中では。。


実は大きく葛藤していたそうです。



幼い頃から『悪い事を行えば。


それは因果応報で 必ず 自分自身に


返って来る。


前世で悪い事を行えば それは 今の自分自身に 


返って来る。


読経と先祖供養が 何より大事なのだ。』と


繰り返し聞いて育ったそうです。


だからキリスト教で言う。。


『悔い改めたら 赦される。』が


どうしても?!わからない?!と。。


思い悩んでいました。


私との会話でも。。「あなたは神に赦されるかも


知れないけれど。。俺は絶対赦されない。


地獄行きだ!」と譲らない時がありました。



心から悔い改めたら。。神様はお赦しになる。


と言ってる私も。。過去に人を傷つけたことが


ありますから。。


神様がお赦しになってもその傷つけられた本人が


赦さない!と思ってたらそれはどうなんだろう。。と


信仰に迷う事がありました。


そして。。私も人に傷つけられた事がある。


その場面やその人の言った言葉がありありと


思い出される時もありました。


そんな時はやはり辛いものです。。


そして自分が人を傷つけただろう場面を


思い出すのもやはり辛いものです。



そんな時は。。傷つけた。。傷つけられた


私自身を。。どうかお赦し下さい。


助けて下さい。。イエス様。。と


ただひたすらに祈っていると。。


復讐するとか


自分自身が悪い目に会うに違いないとかより


御心のままに。。神様が裁いて下さる。


それは人間の行う事ではない。と


少しずつ少しずつ。。落とし込む事ができるように


なりました。



ただ。。夫に対して夫の疑問に答えるには


私はあまりにも夫とは距離が近すぎるので


信仰の師である方にご相談する機会を設けました。



小一時間のその間の夫との会話は


夫も深くは私に話しませんでしたが


『悔い改めと赦し』について深く話したそうです。


そして。。何より話し終えた時の夫の顔つきが


憑き物が落ちたように明るくなっておりました。


もちろん。。キリスト教にも『撒いた種は 刈り取る』とあります。


種を撒くなら。。良い種を撒きたいものです。


夫はポツリと。。


『今までずっと 愛されていたんですよ。


 って言われた。。


 そして。やっぱり。。


 愛と 感謝。。。なんだって。。


 本当にしみじみそう思えてありがたい。』


あぁ。。主よ。。ありがとうございます。


私もまだまだ信仰の道半ばです。


どうか。。主のお導きに従って。。


愛と感謝の中。。生きて行けますように。


信仰を持ったからと言って嫌な事が起こらない訳でもありません。


世間の荒波に揉まれる事もあるでしょう。


でも。


自分自身の影の部分を正面から見つめる強さを


与えてください。


そして私が私自身でいられますように。。


夫が夫自身でいられますように。。


あなたが あなた自身で いられますように。。。


それは 愛と感謝 なのですから。