タイトル変えて再投稿です。


朝日がベランダから昇るのが見えます。


ここに引っ越しして来た時に。。毎日がご来光だな。。と思いました。


太陽を神様として来た宗教は沢山あります。


聖書の創世記には神様が「光あれ」と一言仰った所から始まります。


そして同時に闇も造られた。。


闇も必要だからなのでしょうが。。


夫の虚言癖からの隠れ借金からの自殺未遂。。それも闇なのでしょう。


私は別に。。何としても悔い改めさせて!


治させて!働かせて!と必死にはなれませんでした。


嘘の中には今一度書きたくない酷いものもありました。


一緒にイエス様と12使徒のドラマを観ても


私の心はどこか医療従事者が患者をみるように


夫を見ていました。


私は長い事介護施設のヘルパーをやっていたせいもあったかも知れません。


外が雨だと90歳近くの入居者さんがポツリと


「あの子。。今日は学校行く時。。傘。。


 持って行かせたかしら。。」と


心配顔で言われる時がありました。


息子さんは当に50歳を越えています。


でもその方にとっては。。まだ小学生の息子さんが息づいておられるのです。


「大丈夫。大丈夫。ランドセルにカッパが


 入ってるんじゃない?大丈夫。」そう答えると。。


「あぁ。。!そうだったね。よかった。」


なんて会話を仕事で日常していましたから


この夫を見る時も。。どこか何らかの誤作動を


起こしてる人。。そう見ていたのかも知れません。


そして。。やはりぼんやりとかハッキリと。。


神様。なぜ?私にこんな事が起こるのですか?!と


怒りも悲しみも悔しさもさらけ出していました。


それについては何の神様からの答えはその時は感じられませんでした。


世間的に見たら。。別れな!なんて言われるのが普通なんだろうな。と思いましたし


何人かにそう言われました。


でも。どうしても。。何で?!あそこまで?!


嘘つきでいられたのか???と


何が悪いのか?!とそれが知りたくなりました。


夫に何度かとうしてなの?と聞くと


「俺は悪魔で酷い人間のクズだからだ!」と


取り乱す時もありました。



その度に。。いや。そんな事はない。と思う自分と


そうかもね。人間のクズなのかもね。とも


思いました。


ただ。。ハッキリとわかっていたのは。




私がたとえ。。夫でも


思うようにコントロールは


出来ない。



私自身も色んな気持ちを整理する時間が必要でした。


それで約2ヶ月間は寝室を別にしました。


眠れず食べれずと身体的にも辛く。。




ただ。。そんな時にも


『主よ。私はここにいます。


 あなたの御心のままに


 私をお使い下さい。』と祈っていました。



それは。。もしかしたら離婚を選べと主から来るかもとも


思っていました。


それはわかりませんでした。



夫の生育期の悲惨さ。。そこからおもんばかると。。


恐らく自己肯定感が著しく低い人なのでしょう。


愛されたい。


愛されたい。。と叫んで生きて来た人なのでしょう。。


そこで。。私は。。ちゃんとこの夫を


愛して来たのか?と


自問自答する事になりました。



愛して来た。。つもり。ではなく


私は夫を愛しているか?そこは


とても窮屈な逃げ場の無い問いでした。


でも。。なぜか主のまなざしを感じました。


それでも


あなたは


愛するか???



当たり前なように。。夫婦になってからの


あらゆる事を振り返る事になりました。


私達は夫婦で住み込みである仕事を共に行っていましたが


住み込みながらの制約のある窮屈な暮らしでもありました。


業者の対応や何か問題が起こって当事者と


話す場面では。。私は夫に任せ切りにしてたなぁ。。と


反省しながらも。。なんで?!私が反省しなきゃならないのさ!私だって経理事務を一手にして来た!と


つい。自分の正当性を主張したくもなりました。


そんな


横道に逸れそうにになりましたが。。


私がどんな風に夫を愛して来たのか。の


振り返りですから。。


そして私は夫に労いの言葉掛けや


認めて褒めて来ただろうか。。と


自分自身を見つめる事は辛かったのですが


私も罪人なのだ。と思いました。



私は何も悪くない!!と言う方が


簡単でした。


全部あんたが悪いんだ!の方が楽でしたが。。




でも。。主の御言葉。。にあるように。。


『自分自身を愛するように。


 隣人を愛しなさい。


 互いに愛し合いなさい。』が


繰り返し繰り返し。。肩甲骨の後ろあたりから


聞こえて来る気がしていました。



それでも。。


寝室を別にして家庭内別居のような暮らしを2ヶ月した頃に


初めて夫の前で「本当に辛くて。苦しくて。


悲しすぎる。。!」と


号泣しました。


わんわん声を上げて泣きました。



夫は本当にごめん。と繰り返していました。



ひとしきり泣いてから。。夫に


「もう。今の仕事辞めてさ。


 引っ越しして。


 もう職場に住み込みなんて辞めて


 1から。。


 やり直そう。」と告げました。


夫は少し驚いた顔をしたあと。。


「俺も。。そうしたい。。」


と。。言いました。



約10年間そんな仕事と暮らしを辞めて


私達は引っ越ししたのです。


決まった住まいの住所に。。


神の明るい台。。神明台とありました。


そして4階のベランダからは毎日


朝日が昇るのが見える場所でした。。



あれもこれも。。もう欲しくは無い。


私達の日ごとの糧を今日もお与えくださるだけで


それだけでいい。。ありがとうございます。


主よ。。と


また涙が出て来ました。





夏にはこんな刺繍したTシャツを作りました。


姪っ子にプレゼントしました。。