明日は昼から3時間スタジオー。
今回は3時間しか取れなかったのが残念。

しかし、スタジオが移転して新しくなって気持ちいい。
ロビーが広くなったのがいいね。

楽しんできます。

で、スタジオが終わったあとは渋谷のライブハウスへ。
ミスタージミーというツエッペリン完全再現バンドを見に行ってきます。
チェックした時にはすでに前売りはソールドアウト。
てなわけで、当日券なので立ち見。
スタジオが終わったあとで、体力持つかなあ。。。。。

バンドのメンバーを誘ったけどさすがにスタジオあとのスタンディングはきついとのことで、
広告代理店の友達と行くことに。
彼とは先日もバンドのメンバーとともにライブを見に行ったので、今回で2回連続です。
彼も楽しみにしてくれています。

本当はこの店で座りながらクロコダイルの竜田揚げ食べて見たかったんだけどなーーー。
ではーーーーー。

母の日で、幸せな風景がブログで綴られているのを読む。
母親への愛情。
子供からの愛情。

いいなあ、と思う。

静かな日々の中に。
何気無い日々の中に。
当たり前の日々の中に。

ぽっかりと当たった日差しみたいな暖かくて優しい瞬間が切り取られてる。


僕らが当たり前だと思ってる日々は、本当は当たり前なんかじゃなくて。
それは多分、数えきれない程の幸運や奇跡によって支えられている。

それを知ったのはいつのことだろう。
つい最近のような気もするし、ずっと前のような気もする。

歳をとったなあ。
もともとちっちゃかったけど、さらにちっちゃくなっちゃったなあw

何年か前に僕があげたラジカセで音楽聴きながら料理をする母親の背中を見ながら思う。

何をしてあげたわけでもないただの日曜日だったけど
ただ、そこに一緒にいるだけで、十分幸せで。

こんな幸せはもったいないくらいだな。
だけどこのままずっと続くといいな。

そんなことを思った母の日だった。


あのひとに、会いに行った。
一年ぶりだ。
いつも、この季節。
春。五月。


ガラガラ、と玄関を開ける。

クロスさん、待ってたんですよ。
あの人は変わらず柔らかい笑顔で迎えてくれた。

嬉しそうな顔をみると僕も嬉しくなる。

お元気そうで何よりです。
僕はその笑顔につられて笑いながらいう。

あの人は笑顔で話す。
おかげさまであれから10年。
先生から、もう無罪放免ですねって言われたのよ。
でもね、このところ肩が痛くってね。

クロスさんは、いかがですか?
何気無い言葉で僕の近況も聞いてくれる。
その言葉を誘い水にして、僕は近況を語る。

おかげさまで、元気です。

いかがですか?
その一言がうれしいんだよね。
気遣ってくれてることがわかるから。
大切なのは言葉なんかじゃない。

だけど、時に言葉の形をしたやわらかいなにかが僕の心に優しく触れる。

♫♩♬

彼が亡くなったのは36歳の春だった。
僕は彼のほぼ一月あとの生まれ。
学校でいえば早生まれ同士の同級生だ。

生きていたら二人とも50歳。
改めて思うとびっくりだ。
何だか笑っちゃうね。
不謹慎な言い方かもしれないけど。。。

彼が生きていたら、今頃、どんな音を奏でていたでしょうね?
いつもその問いかけは心の中で終わる。

僕らの今を、そしてあの人の静かな穏やかな今を話しているうちに、その問いかけは静かに、、
心の奥底に沈んでいく。
あの人にとって、それはもうどうでもいいことだものね。

程なくして、仲間たちが集まってくる。
やあ。元気だった?
おう、何だよ、景気良さそうじゃん!
いやいや、クロスさん、いろいろ大変なんっすよーー
嘘つけ、いいから今度おごれこの野郎。

いいね。みんな、いい顔してる。
僕は何だかとっても汚れちゃったんだけど、、、
みんなの綺麗な顔を見てると自分まで少し汚れが落ちたような気がする。
お得だw

みんな、久しぶりね。
さあさ、座って。

あの人が用意してくれた沢山のプリンやゼリー、お煎餅がこたつの上に溢れんばかりに並んで、僕たちのパーティは始まる。






おいおい。

連休終わったちゃったよ!

なにもしてないぞ。

でもまいっか。
29日はめちゃくちゃ楽しかったからなーーーー。
バビロン再訪ならぬ、思い出の渋谷再訪をしたのだった。

友達と渋谷に2時に落ち合って行きつけの古いビルにある隠れ家っぽいカフェ(3店だけのチェーン店だけどねw)に行き、まずは軽くお茶をのんだあと楽器屋に行き、買いもしないのに偉そうに140万円のジョー・ペリーモデルのレスポールを試奏して、その後道玄坂のエッチな店の客引きを振りきりつつ歩き、懐かしいカレー屋に15年ぶりくらいに入り、そのおしゃれな変身ぶりに少しがっかりしながらも店が存続していたことに歓び、変わらぬ味に感動し、その足でこんどは昭和元年に創業したクラシック喫茶を10年ぶりに再訪し、私語禁止なので店の歴史的な佇まいの素晴らしさと美しいクラシック音楽の感動をヒソヒソ声で伝え合いながら美味しいブラックコーヒーをのみ、絶対村上春樹の小説に出できそうだなーーって感じのスレンダーなジーンズ姿で昭和の薫りのする黒髪の若いウェイトレスさんと少しの会話を交わし、締めに本日の遊びのメインイベントであるシナモンってバンドのライブをこれまた15年ぶり?くらいに見に行き、最前列を陣取りまさに手が届く距離で演奏を見た。本物の時価数千万はくだらないという1959年製バーストを手足のように操ったギタリストjimyさんの美しいサウンドと絶妙なトーンコーントロールに感銘を受け、天国への階段のイントロのこれまた本物のメロトロンのフラフラとしたアナログサウンドを心から味わい、バンド・サウンドの見事な再現ぶりに舌を巻き、大声で歓声をあげ、馬鹿でかいサウンドに耳をキーーンとさせながらまたまた感動し、ライブの最後に亡き人に祈りを捧げ、終演後は会場から歩いてすぐの例の隠れ家のようなカフェに戻り、おかえりなさいとか言われながら昼間と全く同じ席に通され、お気に入りのアヴォガドと生ハムの「女子ピザ」ってやつを女子じゃないけどいいですかとお約束のつまらん前ふりをして注文してつまみつつ、つい今しがた味わったライブの素晴らしさを語り合った。で、また行こう!と言ってわかれたのだった。

ああ、こうして思い出すと素晴らしい。十分だ。十分すぎる。


最近つくづく自分のことをロクでもないインチキな人間だなって思う。
なんだけど一緒に行った奴らはすごくいい。
人として好きだ。
一緒に遊んで改めてそう思った。

関係ないかもしれないけど、一緒に行ったふたりとも、オヤジさんを割と若いうちに亡くしてる。
そんな話はめったにしないんだけど、ふとした時に亡くなった時の話をしてくれた時があって。
そういう時って人は嘘は付けない。素のそいつが出る。と僕はおもう。
で、親父さんの亡くなった時のことを語る彼らを見て、ああ、こいついいやつだな、好きだなって思った。

こいつらの親父さんはきっとかっこいいやつだったんだろうな。

話がそれた。まいいか。

今思い出しても、楽しかった一日だったな。

うん。十分だ!
充実した連休だった。
と日記には書いておこう。(古い)

また行こう。
いざ愛しの我がバビロンへ。


なんだか、少し風邪気味だ。
鼻が出る。。。

早く寝なければいけないんだけど、、なんだか眠れない。
こういうときは、子守唄代わりにこの曲を聴こうかな。

この曲、ツェッペリンの曲の中では地味すぎてあまり好きじゃなかったんだけど、ここ最近すごく好きになった。
すごいなあ。。。
何十年もの時を過ぎて好きになれるって。


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夏の日を思う
ただ、暮れゆくだけの夏の日
時は、僕に痛みだけをくれる

タンジェリン
タンジェリン
夢の照り返しで僕は生きてる
僕は彼女の恋人で
彼女は僕のクイーンだった
そして今
1000年もの時が僕らを隔てる

あの頃の僕等はどんなだっただろう
彼女は僕のことを思い出すだろうか
僕が思い出しているように

タンジェリン、
タンジェリン
夢の照り返しで僕は生きてる
僕は彼女の恋人で
彼女は僕のクイーンだった
そして今
1000年もの時が僕らを隔てる

1000年もの時が僕らを隔てる