金曜日。
開放感も手伝って、帰り道ふらふらと楽器屋に寄る。

日曜日はひと月ぶりのスタジオなので、それに合わせて新しい弦だけ買って帰ろうと。

しかし、一度寄ってしまうとダメだーーー。
美しいギターの森。
まさに桃源郷。

眺めているうちに、ついつい手にとりたくなってしまう。
この美しいモノに触れてみたい、と。

そういうわけで、その誘惑に負けて最新型のレスポールを試し弾きさせてもらった。
なんとペグに小さいコンピュータが内蔵されていて、チューニングが全部自動で行われるという機能が付いたのだ。
開放弦を鳴らすだけで、自動的に糸巻きがグルグル回り出す。
あっという間に調律完了。
この機能は、依然限られた実験的な機種にしか付いていなかった。
しかし、技術の進歩で一番ベーシックなモデルにも装着されるようになったようだ。

お値段。
18万。

ええーーー。安い!(この内容にしては、という意味ね)

この機種の発売広告を見て、25万くらいかな、と思っていたのだけど。。。

サウンドも、さすがレスポール。
王道のロックサウンドだ。
アンプセッティングをクリーンにして、コイルタップすればジャズもいける。
というかもともとはジャズのためのギターだったんだもんね。

店員さんが良かったな。
ピックアップの違いの話や、木材の話など、色んな話が出来た。
名刺をもらってお礼をいって試し弾きを終えた。

その後、ギターの弦を2セット。
2セット購入で、本皮のピックトレープレゼント、というのに惹かれてまとめ買いしてしまった。。。
本皮小物に弱いのだ。。。。おまけに弱いのだ。。。。。

まあ、必ず使う愛用の弦だから、2セット買って全く問題ないんだけどね。

で、帰ろうと思ったが、、、、
アコースティック・ギターフロアにふらふらと。。。。
別室になっている輸入ギター売り場に。

ああ、もうダメだ。。。。
探しているバースイヤーのヴィンテージ・ギターが目の前に。。。。。
1963年製のギブソン・アコースティック。
タイプは比較的マイナーなカントリー&ウエスタンというモデル。
その名の割に、コウモリの羽みたいなロックぽいピックガードがかっこいい。

店員さんに声をかける。

これを弾きたいんですが。。。

僕の指さしたギターを見て、笑顔で店員さんはこう言った。

ヴィンテージのギブソンをお探しなんですね?

うん。自分の生まれた年に作られたギブソンでいいのがないかな、と思って。

僕と同い年のギブソンを抱いてみる。

うわ。
軽い。
木材がカラカラに乾いてるんだろうか。

爪弾いてみる。
予想以上に芯のある音。
きらびやかではなく、まろやかな音。

コードを鳴らしてみる。
歌うような音でコードが鳴る。

いいなあーーーーーーーーーー。

僕が生まれた年に、アメリカで生まれたギターがここにある。
お前もよく生きてきたね。

どんな人達に愛されてきたんだろう。
何人の人が君を愛したんだろうね。

ヴィンテージのギターには、一緒に物語が付いてくるね。
その物語は、語られることのない物語で、、、
ただ、ボディの傷や、状態が無言でどうやってこの子が愛されてきたのかを語っている。

この子は、きっと何度も何度も抱きしめられて愛されてきたのかな。
激しいピッキングでサウンドホールが少し削れてる。
情熱的に愛されたんだろう。

弾かれなかったギターほど、つまり愛されなかったギターほど悲しいものはないと思う。
壁に飾って愛でるというのも愛し方かもしれないけど、、、
ギターにとってその愛し方は幸せな愛し方ではないと思う。

この子は、長い間、激しい愛情を受けてきたのかな。
そんな風に思う。

うん!
気に入った。
298,000円?
安い!
これください。

とは言えずに、名刺をもらい、お礼を言って、店を離れた僕なのだった。
大体、家に帰るとアコースティックギターだけで4本もあるのだ。。。。
腕が何本あっても足りないよ。
お小遣いで買える金額じゃないしなーーー。

しかし、アコースティックギター担当の人、いい顔してたなーーーー。
柔らかくて暖かい、アコースティックギターみたいな顔をしてたよ。

久しぶりに楽器屋によって、なんだかほんわかした気持ちになったのであった。

うん。やっぱりいいわ。
音楽という趣味は、人との出会いも、演奏というクリエイティブな欲求も、歴史も物語も楽しめる。

満足だった。
満足な気持ちのまま、寝よう。

買って帰れたら、もっと満足なんだろうけどね(笑)

でもね、「欲しい物を全てをお金の力で手に入れることは、結局大した幸せではない」ということに僕はもう気がついてしまったのだ。

ひがみでもいじけでもないんだよ。
だって僕もそれなりに沢山手に入れてきたもの。(ギターに限ってだけどね)

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ワーキングプア、という問題がずっと叫ばれてる。
僕だって今は十分(定義は知らんが)もらってるけど、ヘタしたら来月にはどうなるかわからない。

がんばりの正当な対価として正当な収入が付いてきたら一番いんだけどね。
なかなかに難しい世界ではあるよねえ。。。。

だって、もっともっとお金をもらうべきだ、っていう尊い仕事が世界中にはあるもん。
その傍ら、必要以上の対価を手にしている人もいるだろう。
どこで必要以上とジャッジするかはわからないけどさ。

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MONEY DON'T GET EVERYTHING,IT'S TRUE.

ビートルズのMONEYって曲の一節だ。
そのとおりだよなあ。
(でもこの歌の続きは、逆説的な内容なんだけどね。お金をくれーーーーって歌だw。アイロニーだね。)

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さてさて。。。。

今日僕が手に入れたものは、

好きな人との仕事での再会。次の約束。
楽器屋さんでの柔らかい時間と店員さんの商売抜きの笑顔と濃いマニアックな会話
愛用のギター弦2セット。
おまけに貰った本皮のピックトレー。

お金で買えたのは弦2セットだけだ。

後は、お金で買ったものじゃない。

代金は、僕の笑顔で支払った。
そしたら、たくさんのお釣りが帰ってきたよ。

なんちゃって。
インチキくせーーーーーーw

Crossroads - クロスロード・十字路にて--1963
明日は、久しぶりに僕の好きな人に逢える。
何年ぶりだろう。
大好きな人。
ぽっちゃりしていて、とても、綺麗な目をしている。
すごい人なのに、全然すごく見えない。
自然体。

もう一度、このひとと一緒に仕事をやりたいと思っていた。
新しいプロジェクトのメンバーになるにあたり、業者の候補として真っ先に声をかけた。

昔一緒に仕事をしていた時は、フリーだったんだけど、その後、超メジャーな会社に入ってしまったから、コスト的に折り合わないかもしれない。
というか、きっとうちの会社の予算では無理だろうなあ。。。
日本が世界に誇る広告会社だからね。

それでも、話を聞いてみたくて声をかけた。
きっと先方にとっては、迷惑な話である。


明日そのミーティングの日だ。

あの人は、きっと、変わらない笑顔で、僕の名前を呼ぶんだろうな。
片言の日本語で。
クロスサンーーーー。ゲンキだった?

うん。元気だったよ。
いろいろあったし、いまもあるけど、元気だよ。
僕も笑顔で、そう答えよう。





帰り道。

本当に素敵なラブソングを聞きながら歩いた。
幸せに満ちた歌で、悲しみの影はどこにもない。
僕は世界中を馬鹿げた恋の歌でいっぱいにしたいんだ、って歌。

つい最近、来日が決まった大先生が、かの大グループ解散後に作ったバンドで歌った曲。
久しぶりに、何度もリピートして聞いた。
アメリカでのライブ盤での演奏が僕はベストだと思う。
当時は3枚組のLPで発売されたやつだ。

本当に幸せに満ち溢れた曲って、なんだか逆に泣けるね。(実際には泣いてないけどさ)
人はうれしい時にも涙を流すし、悲しい時にも涙を流す。って当たり前か。
嬉しい悲しい、だけじゃなくて心が動いた時に人は涙を流すんだね。

と、、、よくわからないまま真夜中に駄文を書き連ねてる。

ただのたそがれたおっさんだ。
かっこわりい。
こんな、しみじみしたおっさんの独り事なんてキモいだけである。
と、今頃気がついた。

いつも僕は気がつくのが遅いのだ。
それが美点で欠点だ。

てか、こんなブログに意味があるのか?
多分ない(笑)

ま、いいのだ。

真夜中。
一人でリクライニングチェアに座って、ぼんやりと、命はどこからきて、どこへ行くんだろう、なんてことを思うのだった。







帰り道。

駅の階段を降りると、雨が降っていた。
傘をさして、音楽を聞きながら歩いた。
いろんなことが、心には浮かんでは消える。

しばらく歩いた時に気がついた。
周りの人が誰も傘をさしていないことに。

雨はとっくに止んでいた。


僕はずっと雨がやんだことに気が付かずに、傘をさして歩いていたんだね。
随分と長い時間。

まるで今の僕みたいだな、と思った。

僕は、傘を畳んで歩きはじめた。

雨は止んだ。
傘は要らない。



ドラマ、「ウーマン」

主演の女の子を僕は好きではない。
全く魅力を感じないんだ。

演技が素晴らしいことは知ってる。
僕の大好きな映画「悪人」での演技は素晴らしかった。
でもわざわざテレビでは見ることないだろう、と思っていた。

そんな時、テレビの番組欄にこの作品のことが書いてあった。

喚起力のあるドラマだ、という文章から始まる紹介だった。

「知らない人の人生だが見る人に懐かしさを感じさせる。
それは優れた作品の証しだろう。

女手一つで私を育ててくれた母を思って何度か静かに泣いた。」


この文章を読んで見てみようと思った。
この文章にこそ喚起力があるよ。

何気なく身始めて最後まで目をはなせなかった。
不覚にも一瞬だけど涙を流してしまった。

僕の人生ではない。
物語として作られた誰かの人生なのにね。

生きて行く上で僕らに本当に大切なものってなんだろう。
本当に必要なものってなんだろう。

必要なもの。
それはきっと人によって違うのかもしれない。

だけど、本当に大切なものは、みんな同じなのかもしれないな。

そんなことを思った。

ねえ、本当に大切なものってなんだろうね?