今日の朝刊の一面である。


司法書士になった37歳くらいまでは、ほんとにいつも金がなかったことを覚えている。月末になると、サイフはカラっぽ状態である。
しかし、わたしは、それを自分が不甲斐ないせいだと思っていたので、別に誰を責める気持ちがあったわけではない。
ひたすら、勉強やら読書やらに励んでいた。仕事は自営で整体をやっていたから、お客さんとの会話で、人間を考察することも好きだった。
その後に司法書士となり、秋田から埼玉に移り住んで、現在に至る。
わたしの秋田の地元では、今でも、同級生に「仕事何をしてるの?」とは気軽には聞けない。就職で失敗したまま、バイトや派遣、非正規で働く者が多いからである。ヘタをすると、無職の引きこもりである。お通夜みたいな雰囲気になりかねないので、秋田にいた頃は、同級生の仕事の話題は「禁忌」であった。
新聞などを見ていると、若い当時に無事に就職できた「エリート」たちも、他世代からみると冷遇されているようである。
生まれるのが、あと25年くらい後であれば、こんな苦労はしていなかったであろう。
これが人生である。平等でもなければ、公平でもない。
それを自覚しなければならない。年代はこんな感じ。

わたしは、仕事絡みで、同世代で普通に仕事をして、それなりに稼いでいる人と時々出くわす。彼らは殊更に優れた能力や人格を備えているわけではない。たいていは「経営者」だが、話を聞くと最初から順風満帆だったわけではないようである。わたしは、あまり好きな生き方ではないが、とにかく「金になりそうな場所」を自分で見つけて、ひたすらバカみたいに掘り下げたような感じを受ける。失礼だが、アタマの方は、たいしたことはない。教養などまるでない。ただ、共通しているのは、自分の仕事のフィールドに関する知識や技能だけが、異常に高い。何かの参考になれば幸いである。