幸田露伴の「努力論」の付録に「立志に関する王陽明の教訓」という一文がある。
ここで露伴は、王陽明の
「学問を成すには、まず志を立てることが一番である」
という言葉を取り上げる。志が立たない学問は、根を植えないまま植物に肥やしをかけたり水をかけたりするようなものである。
今の令和現代においては「志」(こころざし)など死語になってしまったのではないか?最近、書物以外で、この「志」という表現を見聞きした記憶がない。
大学は偏差値基準。有名Fラン東大マーチetc。大学出る時は、就職先ランキングの類。社会に出れば、年収ランキング。中身の無い、家柄を競うド田舎の競争根性のようなビンボー臭い言葉ばかりが蔓延しているではないか。
「志」がないから、すなわち学問をしていることになっていない。実になっていない。根のない植物に水かけしたような浅学な人間ばかりが溢れるようになる。学校だけ出ただけの学問がない人間がウジャウジャいる状態になる。
「志」は持った方が良いと思う。
(参考図書)
渡部昇一 一日一言(致知出版)