これ、わたしの好きな言葉です。内村鑑三を師事したされる法学者の三谷隆正の言葉。
これは単なる理想や教訓にとどまらないと思います。いろいろな人を見てきてそう思います。自分の危険において行動することなく、責任を回避してばかり生きてきた人間というのは、歳をとってくると、同じような人間になっていくように感じています。
☆善良な市民を装う割には、性根が悪く臆病であり、表面的な言葉は立派だけれども中身が伴わず、自分の考えと責任に基づいては何も行動できない人に成り果てる。他責思考、権威への依存、ネットに煽られての付和雷同。ウワベだけで中身が空っぽな人。(わたしの言葉)
こういう人いっぱいいます。せっかく生まれてきたのだから、「人生の責任回避」はしない方がいいです。たぶん、そういう人はいづれこういう心境になると思うからです。
☆僕のこの人生は、この僕に一回しか与えられない一回だけ与えられている人生である。一回だけしかない人生を、僕は僕のための人生として生きてこなかったのではないか。しょせん、この僕は人生というものをこの僕の人生として生きてこなかったのではないか。(高見順 「生命の樹」より)
こうなったらイヤでしょ?こうなるのは、常に、楽な方、楽な方に流されて生きてきたせいだと考えています。自分の危険と責任から逃避し続けた結果です。
間違ってもいいから、自分の言葉で語り、自分の気持ちや考えを基に行動したり、意見すればいいものを、当たり障りのない行動・言葉だけで生きてきたものだから、いざという時に何も話せない、意見が言えない、自分で動けない。すべてを何か・誰かに頼ってしか立ち回ることができなくなる。これでは、自分の人生を生きてきたとは言えないではないか。と思う。
100歳になっても医師として活躍した日野原重明さんは、こう言っています。
☆生きていることの意味は自分で探し勝ちとるものです。それがつまり生きがいにつながります。
楽な方に流されてだけ生きてきた人間に、生きがいなんてものは見つからないということです。生きていることの意味は自分で探し勝ち取るものだからです。なにも探してもいないし、勝ち取ってもいない人間は、三谷隆正が言う「卑怯なる責任回避」ばかりしてきたということです。「卑怯なる責任回避」はしないことです。自分の人生を危険に晒しながら、敢行していく生き様です。
こないだ亡くなった落合信彦さんの言葉です。追悼の気持ちを込めて、書いておきます。
Teenage dream DEEN
(高校生の時によく聴いた曲です。今でも私はこういう心で生きています。1980年生:45歳( *´艸`)♫生きるのがヘタクソでもいいのよん( *´艸`)♫)
もう1曲(*´▽`*)
あの頃の唄をもう一度 福山憲三

