高市総理は、自らアドリブで発言した台湾有事発言について、なにも説明しませんね。政府見解は一致していると、中身の無いフレーズだけを繰り返して、肝心の自身の発言には言及しない。こんなに日本と中国を騒がせて、世界をひっかきまわして、だんまりを決め込んでいる。卑怯だと思いますね。
マキャベリの「君主論」に次のような言葉があります。
☆およそ人の頭脳には三通りある。第一は自分で判断をつけるもの、第二は他人の考えが判るもの、第三は自分でも判らず、他人の考えも解らぬもの。第一はもっとも優れ、第二も善く、第三は無能である。
はい。高市総理は、第1だと思い込んで発言したが、「まともな判断」ではなかった。そして、第2に他人・周囲から助言を受けても、意味が解らず、発言の撤回もしない。説明もしない。自分は間違ってないとまくし立てるだけ。結局、第3に、自分で判断も理解もできず、他人も理解できない状態になった。つまり、マキャベリに言わせると無能だということである。
説明責任について。政治における説明責任とは、委任・裁量と並ぶ代議制民主主義の第3の特徴として挙げられているものである。説明責任、あるいは単に責任とは、本人からの委任を受けた代理人が、委任内容に即して行動しているか、本人の期待に見合い、利益になるように行動しているかどうかを、本人の求めがあれば示せる状態にしておく義務にことをいう。
英語ではaccountability(アカウンタビリティ)といわれるが、その語源は「会計」や「口座」を意味するaccountと同じであり、もともとは金銭について疑義のない状態を保っておくことに由来している。説明責任が充足されないとき、本人は代理人に制裁を加えることができるが、最大の制裁は代理人としてに委任の解除である。より、軽度な制裁として、委任の範囲の縮小や報酬の削減などもありうる。
代議制民主主義における説明責任確保の最も重要な方法は選挙である。公約を守れなかったり、有権者の期待に添えない政治家を落選させたり、その政治家が所属する政党の議席数を減らして与党から野党に転落させることは、委任先の変更や委任内容の大幅な変更を意味しており、有権者が持つ強力な制裁手段である。
説明責任を果たさない政治家や政党に制裁を加えることができるのである。有権者がすべての委任の始まりであり、すべての説明責任を問える立場にいるという意味で民主主義の特徴を、統治エリートが委任の範囲内で裁量をもつという意味で自由主義の特徴を有している。政治家や官僚の裁量範囲が大きい代議制民主主義を「エリート民主主義」という。裁量範囲を極力小さくするとともに選挙以外の手段も用いて、有権者の意向を政策決定にできるだけ忠実に反映させることを志向する動きを「参加民主主義」という。
高市内閣による「エリート民主主義」へのNOを突きつけたらどうであろうか?誰が、中国との関係悪化を頼んだ???旅行業も観光業もエンタメの世界もたいへんである。誰が、こんな風にしてくれと、高市総理・政府に頼んだ???うっかり発言が原因でここまで滅茶苦茶にしておいて、なんらの説明も自らの口からはない。政府見解は一致していると、噛み合わない「答弁」を繰り返して、逃げ回るのみ。卑怯も卑怯である。キングオブ卑怯である。あの答弁を撤回、修正、あるいは謝罪、最低限このぐらいやらなければ、問題は収まらないと思う。手っ取り早いのは内閣総理大臣を取り替えてしまうことである。高市内閣の支持率が高いのはわかるが、日中関係悪化を心配している国民が6割もいるという結果が最近報道されている。このまま日中関係の悪化が深刻化すれば、支持層が一気に寝返ると予想することは難しいことではない。そもそもが、イメージだけの高支持率なので、ダメになったら、それこそ雪崩のように崩れていくと思う。支持率70%⇒支持率10%も十分に考えられる。人間というのは、ご都合主義にできていて、災いが自分に及ばぬうちは理想論や綺麗ごとを並べたるが、いざ自分に火の粉がふりかかってくる段になると、鬼の形相で必死に抗うものである。醜いわね:;(∩´﹏`∩);:それが人間の本性です。有権者の本性です。
