旧約聖書の伝道者の書に、わたしが好んで読む聖句があります。いつの時代にも当てはまる真理です。欲に溺れて、目先のことしか見えなくなった人の心には響かないかもしれませんが、人間らしい感性が残っている人には心に響く言葉だと思います。約25年前、わたしは、この言葉に出会いました。人生や時代というのは、いつの時代もこんなものです。引用します。
空の空、伝道者は言う。
空の空。すべては空。
日の下でどんなに労苦しても、
それが人に何の益になるだろうか。
一つの世代が去り、次の世代が来る。
しかし、地はいつまでも変わらない。
日は昇り、日は沈む。
そしてまた、元の昇るところへと急ぐ。
風は南に吹き、巡って北に吹く。
巡り巡って風は吹く。
しかし、その巡る道に風は帰る。
川はみな海に流れ込むが、
海は満ちることがない。
川は流れる場所に、
また帰っていく。
すべてのことは物憂く、
人は語ることさえできない。
目は見て満足することがなく、
耳も聞いて満ち足りることがない。
昔あったものは、これからもあり、
かつて起こったことは、これからも起こる。
日の下には新しいものは一つもない。
「これを見よ。これは新しい」
と言われるものがあっても、
それは、私たちよりはるか前の時代に
すでにあったものだ。
前にあったことは記憶に残っていない。
これから後に起こることも、
さらに後の時代の人々には
記憶されないだろう。
<伝道者の書:1章2~11節>
すべてが、空の空(くうのくう)なのです。だから、一時の感情に任せて、人間の生命を蹂躙する「戦争」「軍事的な危険」を犯すことは愚かの極み。わたしは、「コミュニケーション能力・対話能力」が乏しいであろう「現総理」が、日本を、世界を「無益な危険」に晒さないか憂慮しています。感覚的高揚ではしゃぎまわり、結果「大迷惑」をかけ続けているという事実をどう思われておるのか?どこまでも、身勝手な他責思考を貫くおつもりか?と強く申し伝えたい。

