今朝、事務所に届いていた「怪文書」 | 司法書士 荒谷直樹のブログ

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埼玉県所沢市の司法書士フラワー総合事務所代表。ジャンル問わず「本音」で書いているブログです。法律&メンタル&個人的戯言、などなど。司法書士としては相続登記~訴訟支援まで、幅広く相談を受けています。話をよく聴くタイプの司法書士です(^^)

 今日の朝、事務所に出勤したら、郵便受けにこんな「怪文書」が入っていました。出勤時間6時半。昨日事務所を出たのが19時くらい。その間に、手で投函されたらしい。





 

 丁寧に折りたたまれて、こんな感じで入ってました。

 

 

 広げると、こんな感じ。



 なんか、特定の政治家の悪口が書かれている様子。この人は、うちの事務所がある選挙区を基盤にしてる政治家です。となり駅の小手指駅の近くで、事務所を見たことあります。

 

 届けてくれた人には悪いけど、読みません。

 

 どこをどう探しても、この文書を書いた人物・発行元が書いていないからです。出所の分からない文書は、わたし、読みませんし、信用もしません。責任の所在がはっきりしないからです。

 

 メガソーラー。そういえば、うちのお客さん家に行ったときに、そこのお母さんと息子さんが、百田尚樹さんが作った政党に夢中になっていて。メガソーラーがどうしたこうしたと言っていたのを思い出しました。いろいろと考えなければならない問題があるみたいです。

 

 ただ!!わたしは、この文書・・・読まない!!!!!

 

 なぜか????こういう「やり方」が正々堂々としてないからです。人を非難するなら、自分の名前ぐらいは名乗るのが、最低限の人間としての礼儀だと思っています。だから、わたしは、実名を出してブログ書いてます。政治家も批判したりします。ちゃんと、名乗ってますから。言論の自由が保障されている社会の、最低限のモラルです。

 

 匿名でSNSで、自分の名前も晒さずに、批判だけするのは、「メダカ」「微生物」くらいの「小物」「小人物」( *´艸`)キャンキャン、ワンワン、にゃんにゃん、ピーチクぱーちくは、「日本人の作法」ではありません。あれは、みなさん外国人ではないでしょうか?

 

 戦前までの日本人は「名」を重んじました。「汚名返上」のために、命を懸けました。それが、本来の日本人です。だから、外国人は日本人を恐れたのです。気迫と気骨、覚悟、義理、人情などなど。様々な「日本人特有の特異な性格」がありました。明治以前の武士は、切られて死ぬ寸前でも、苦悶した表情さえ表出してはならないという厳然とした「不文律」があったのです。「見事な最期でした」というのは、死んでもなお、「名」を褒めたたえる文化・精神の表れです。

 

 この魂が、かつての日本人には、「普通」に備わっていたのです。日本国民全体に。これが、日本人の精神です。エピソードを「菊と刀」(ベネディクト)から引用します。

 

 武士たる者は倒れて死ぬまで、苦しんでいることを気取られてはならない。苦痛は、身じろぎひとつせずに耐えねばなければならない。勝海舟(1823~1899年)について伝えられているエピソードがある。それによると、勝は少年時代、睾丸を犬に食いちぎられたという勝は武家の子であったが、一家は極貧だった。医師に手術をほどこされている間、勝は父親から、刀を目の前に突きつけられて申し渡された。

 

「ちょっとでも声を上げてみろ。せいぜい恥ずかしくない死に方をさせてやる」

 

 かつての日本には、こういう精神文化が存在していました。現代の令和の時代に、こんな日本人はいるでしょうか?99、9パーセントの日本国民は、この時代の精神の一かけらすら持ってないし、実践もできてないのではないでしょうか?????

 

 高市総理よ。日本人はすでに、かつての実体・実践を伴った命がけの日本特異の精神文化の中にはいないのです。ウワベだけの「日本人スピリット」を謳ったところで、心服する日本国民など存在してはいないのです。言われたところで、「何を言っているのか分からない」のです。せいぜいウワベだけの「レプリカ」です。

 

 そして、自らの誤った言動で、日本国民を苦しめる様は、その態度は、戦前の政治家や軍部に似た態度です。間違った発言をしたと思うなら、修正でも謝罪でも撤回でもすればいい。撤回すれば国益を損なう??????もう十分に損なっています。事態は悪化するばかりです。あなたひとりのドジの責任を、日本国民と中国国民になすりつけるつもりですか?そういうのを日本では「卑怯」と言うんです。武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律。この条文を5分も読めば、条文を読んで理解できる人であれば、あの答弁は「あまりに乱暴」で条文から導かれる結論としては間違っているのは誰でも分かります。判断材料もない。検討すべきことも何も検討されていない。

 

 たとえば。夫が妻に「例えばの話。仮にね。もし、君と離婚したら、俺は同級生の花ちゃんと再婚したいと思ってる。たとえばの話だよ?あり得ない話じゃないってぐらいの軽い話。離婚したいと言ってるわけじゃない。花ちゃんが好きだと言っているわけではない。仮の仮の仮の話だからね・・・・・・・・楽しいおとぎ話だったね。じゃ、お腹すいたから晩御飯食べようか(=゚ω゚)ノ」と言ったらどうなりますか??????

 

 妻はきっと、みそ汁を夫のアタマにぶっかけて、家を出ていったきり、夫婦関係は破綻すると思います。これ、たとえ話とか、仮の話とか、それで片づけるのは無理でしょう????総理が言ってしまったことは、そういうことと同じです(--〆)「妻」のアタマの中には「花ちゃんと夫」への不信、懐疑心、憎悪の念しかない。ごまかしはきかないのです。