コアに生きる。もっとコアに生きる。
自分の素を出しもっと人の心が理解できる人間になる。
大学時代を振り返ってみると今の苦しさを作った原点は、大学4年にある。
あの丸山社長からの電話で言われた一言。明日お金が足りないから、何とかできないだろうか。
そのとき俺は70万円を借金し、そのあと誰かに借りて確か300万円つくた。作ったというよりただ知り合いに借りただけだ。自分のお金じゃない。
お金を作るために新幹線に乗り、すごく大切な人からも借りた。
丸山社長の会社が助かるならばと思って、必死に電話をしまくった。
俺ってこんなに友達がいたのかって思った。
なぜあの時お金を借りたんだろう。そしてなぜ、変な達成感があったんだろう。今考えるとあのときの感覚がどん底人生を送る原点だったのかと思う。
俺は小学校時代は生徒会の副会長、中学では生徒会長、学級委員をずっとし続け背が高く勉強ができて部活では部長を務め・・・といった人間だった。
いや、これはそうなりたかったし演じていたのかもしれない。
今考えるとすごく滑稽に見える。モテると思っていたし変な自信があった。
ちょっと自分では解決できないことがあったり、自分が一番になれないような雰囲気の場所には近づかなかったり、そうなりそうなときは離れたりした。
コンパをやっても飲み会をやっても、自分から率先して出て行くような感じではなく、いつも最初は静か、でもお酒が入ってきて後から仕切って騒いでそして、一番かわいい子を持っていく、そんな嫌なやつだったのかもしれない。
俺のおかげで嫌な思いをした人も多いのかもしれない。
それをもしかしたら全然気づいていないかもしれない。
いつも何かをやればそれなりに成功し、バイトだってがんばる方法、効率的にやって簡単に人よりうまくやれる方法とか考えて実践していくから、すぐに時給が上がったりたくさん稼げるようになる。
だからどんどん勘違いしていく。
当時付き合っていた人にもどんどん生意気になっていく。
それで自分の目指しているところを聞かれた。
自分がその先に進みたい!と思った。その道を作ってくれそうな人として現れたのが丸山社長だ。
その人が今苦しんでいる。
この人を救ったら、東京の赤坂で社長をやっているこの実力者が、俺のほうを見てくれる。これから俺の人生はうまくやれるのではないだろうか。自分もあのベンツにすぐに乗れるのではないだろうか・・・。
こんなことを当時の自分は考えていなかったと思っていたけど、今考えると思っていたのかもしれない。俺は調子に乗っていた。
親は田舎だけど商売をやっていて、それなりにうまく会社は回っている。お金もある。だから何でもできる、そんな変な自信が俺にはあったのだろう。明らかに調子に乗っている。
どんなことがあっても誰かが救ってくれる。
なんとなくうまくいくだろう。
しかも返してくれると言ってることだし。返してもらって、みんなにさらに返すことで感謝される。また俺はすごいといわれる男になれるんじゃないか。あいつは、磯見は、人を見捨てない、困ってたら助けてくれる男だ!そう思われたかったのだろうか。
そんな気持ちが少しでもあったのではないだろうか。
そうじゃなければあんな馬鹿なことはできない。
結局このお金はいまだに返ってきていない。そのまま、ずるずると話が延びていく。もっと借りなきゃというマインドを作っていく。
そうしていつの間にか借金の金額は3億を超えていく。
もう死んだ方がましだ。っておもう。最悪だ。
しかし、全て自分に責任があることを再度理解し始めた。
今まではそう思っていたつもりだったのかもしれない。
いつもこの記憶を思い出すたびに、誰かのせいにしていた自分がいた。
大学生の俺が何で仕事のことなんか理解できるか、何でアドバイスをくれないんだ?
就職もしていないのに、難しいことを判断できるわけがない。
判断できないならやらなければいい。
何でそこで格好つける必要があったのか。
ここでとりあえずやっておけば、後は何とかなるだろう。誰かがやってくれるだろう。助けてくれるだろう。用意してくれるだろう。
いつもそう思っていたのかもしれない。
その甘え、負の連鎖で生意気にわがままに生きている自分は、当時は全くわからなかった。
というよりわかった顔をしていた。
人に説教している自分もいた。俺はわかる、という感じで。
あほらしい。
自分が何とかしなければいけない、そう思った瞬間から借金は減った。
見事に減った。半分以下になった。それだけ不当に吹っかけられていたということもわかった。
誰も救ってくれない。
誰も考えてもくれない。
逆に考えてもらったらお金がかかる。さらに借金が増える。
そうして元々1千万円だったものが1億3千万円にまでなった。
もう逃げ道はない。
そう思ったときの行動が今考えると2つあったと思う。
居直りか
開き直りか
俺は開き直りを選択した。
取立てをしようとしていたやくざをぶっ飛ばした。
机を蹴り上げ脅した。
隣で小さい頃から怖くて怖くて仕方がなかった父が、泣き始めたからだ。
冷静に切れた。
どう考えてもめちゃくちゃな金額の増やし方をしてきたり、脅してきたりしてきた相手に冷静に切れた。
北海道札幌の平岸にある変な事務所。
その事務所は数週間後つぶれていた。俺がつぶした。京都の実家に帰らせた。
でも刺してもいないし、変なことはしていない。
俺はそこから交渉は自分でしなければいけないということを学んだ。
下準備も自分でしなければいけないと学んだ。誰も救ってくれない。
でも!!!
マイナスの話ではなく、そういえばこれは全てプラスのエネルギーに変換している俺がいる。
常に自分でやる、自分で作る、自分で考えるという作業をやるからこそ無駄が省ける。ただやはり自分で「格好つける」「人の目を気にする」という無駄に気づくことが大切だと思った。
人のせいになんていつでもできる。
すぐにできる。
今でも、何かできないなら時間のせい、人のせい、周りのせいになる。それで一時的に安心する。
しかし成長していない。
自分は前に進んでいない。それが気がつく。
まだまだ俺は成長しなければいけない。
もっと自分の弱さを克服し、本当に成長をしていかなければ、今やっている大きなプロジェクトも大きくならない。改革なんてできない。
自分の素を出しもっと人の心が理解できる人間になる。
大学時代を振り返ってみると今の苦しさを作った原点は、大学4年にある。
あの丸山社長からの電話で言われた一言。明日お金が足りないから、何とかできないだろうか。
そのとき俺は70万円を借金し、そのあと誰かに借りて確か300万円つくた。作ったというよりただ知り合いに借りただけだ。自分のお金じゃない。
お金を作るために新幹線に乗り、すごく大切な人からも借りた。
丸山社長の会社が助かるならばと思って、必死に電話をしまくった。
俺ってこんなに友達がいたのかって思った。
なぜあの時お金を借りたんだろう。そしてなぜ、変な達成感があったんだろう。今考えるとあのときの感覚がどん底人生を送る原点だったのかと思う。
俺は小学校時代は生徒会の副会長、中学では生徒会長、学級委員をずっとし続け背が高く勉強ができて部活では部長を務め・・・といった人間だった。
いや、これはそうなりたかったし演じていたのかもしれない。
今考えるとすごく滑稽に見える。モテると思っていたし変な自信があった。
ちょっと自分では解決できないことがあったり、自分が一番になれないような雰囲気の場所には近づかなかったり、そうなりそうなときは離れたりした。
コンパをやっても飲み会をやっても、自分から率先して出て行くような感じではなく、いつも最初は静か、でもお酒が入ってきて後から仕切って騒いでそして、一番かわいい子を持っていく、そんな嫌なやつだったのかもしれない。
俺のおかげで嫌な思いをした人も多いのかもしれない。
それをもしかしたら全然気づいていないかもしれない。
いつも何かをやればそれなりに成功し、バイトだってがんばる方法、効率的にやって簡単に人よりうまくやれる方法とか考えて実践していくから、すぐに時給が上がったりたくさん稼げるようになる。
だからどんどん勘違いしていく。
当時付き合っていた人にもどんどん生意気になっていく。
それで自分の目指しているところを聞かれた。
自分がその先に進みたい!と思った。その道を作ってくれそうな人として現れたのが丸山社長だ。
その人が今苦しんでいる。
この人を救ったら、東京の赤坂で社長をやっているこの実力者が、俺のほうを見てくれる。これから俺の人生はうまくやれるのではないだろうか。自分もあのベンツにすぐに乗れるのではないだろうか・・・。
こんなことを当時の自分は考えていなかったと思っていたけど、今考えると思っていたのかもしれない。俺は調子に乗っていた。
親は田舎だけど商売をやっていて、それなりにうまく会社は回っている。お金もある。だから何でもできる、そんな変な自信が俺にはあったのだろう。明らかに調子に乗っている。
どんなことがあっても誰かが救ってくれる。
なんとなくうまくいくだろう。
しかも返してくれると言ってることだし。返してもらって、みんなにさらに返すことで感謝される。また俺はすごいといわれる男になれるんじゃないか。あいつは、磯見は、人を見捨てない、困ってたら助けてくれる男だ!そう思われたかったのだろうか。
そんな気持ちが少しでもあったのではないだろうか。
そうじゃなければあんな馬鹿なことはできない。
結局このお金はいまだに返ってきていない。そのまま、ずるずると話が延びていく。もっと借りなきゃというマインドを作っていく。
そうしていつの間にか借金の金額は3億を超えていく。
もう死んだ方がましだ。っておもう。最悪だ。
しかし、全て自分に責任があることを再度理解し始めた。
今まではそう思っていたつもりだったのかもしれない。
いつもこの記憶を思い出すたびに、誰かのせいにしていた自分がいた。
大学生の俺が何で仕事のことなんか理解できるか、何でアドバイスをくれないんだ?
就職もしていないのに、難しいことを判断できるわけがない。
判断できないならやらなければいい。
何でそこで格好つける必要があったのか。
ここでとりあえずやっておけば、後は何とかなるだろう。誰かがやってくれるだろう。助けてくれるだろう。用意してくれるだろう。
いつもそう思っていたのかもしれない。
その甘え、負の連鎖で生意気にわがままに生きている自分は、当時は全くわからなかった。
というよりわかった顔をしていた。
人に説教している自分もいた。俺はわかる、という感じで。
あほらしい。
自分が何とかしなければいけない、そう思った瞬間から借金は減った。
見事に減った。半分以下になった。それだけ不当に吹っかけられていたということもわかった。
誰も救ってくれない。
誰も考えてもくれない。
逆に考えてもらったらお金がかかる。さらに借金が増える。
そうして元々1千万円だったものが1億3千万円にまでなった。
もう逃げ道はない。
そう思ったときの行動が今考えると2つあったと思う。
居直りか
開き直りか
俺は開き直りを選択した。
取立てをしようとしていたやくざをぶっ飛ばした。
机を蹴り上げ脅した。
隣で小さい頃から怖くて怖くて仕方がなかった父が、泣き始めたからだ。
冷静に切れた。
どう考えてもめちゃくちゃな金額の増やし方をしてきたり、脅してきたりしてきた相手に冷静に切れた。
北海道札幌の平岸にある変な事務所。
その事務所は数週間後つぶれていた。俺がつぶした。京都の実家に帰らせた。
でも刺してもいないし、変なことはしていない。
俺はそこから交渉は自分でしなければいけないということを学んだ。
下準備も自分でしなければいけないと学んだ。誰も救ってくれない。
でも!!!
マイナスの話ではなく、そういえばこれは全てプラスのエネルギーに変換している俺がいる。
常に自分でやる、自分で作る、自分で考えるという作業をやるからこそ無駄が省ける。ただやはり自分で「格好つける」「人の目を気にする」という無駄に気づくことが大切だと思った。
人のせいになんていつでもできる。
すぐにできる。
今でも、何かできないなら時間のせい、人のせい、周りのせいになる。それで一時的に安心する。
しかし成長していない。
自分は前に進んでいない。それが気がつく。
まだまだ俺は成長しなければいけない。
もっと自分の弱さを克服し、本当に成長をしていかなければ、今やっている大きなプロジェクトも大きくならない。改革なんてできない。