白髪の目立ちっぷりがそろそろ限界で。
昔から美容院は苦手。
さて。
家事負担が圧倒的に楽になるたったひとつの方法。
そんなん、あるかい!!
こないだ、夫が庭の枯葉を掃除しているのを見て、
「あーあ、どうせまたすぐに枯葉が落ちてくるのにね。ご苦労なこったね。」
それでも、また次の週も彼は庭の掃除をするんですよ。
「寺の小僧みたいだな」
って思ってね。
寺の小僧、、、、。
それだ!!!
私、ずっと、どこかで
「シジフォス目線」で家事をしていたのかも。
最近、「寺の小僧目線」で家事をするようになってからは、
なんだか、家事負担がぐっと減ったような気がします。(気持ち的にね)
(気のせいかも。そのうちまた、やってもやっても終わらない!キー!ってなるかも)
シジフォスって何?という方のために解説しますと。
シジフォスって人が、何かやらかして、罰として、岩を山頂まで運べと。
そして、山頂付近にきたら、その岩は山を転がり落ちて、また山頂まで運ぶ、また落ちる、という苦行を一生続けなくちゃいけないというギリシャ神話。
果てしない徒労、無益で希望のない苦行は、
精神的に一番過酷な労働と言われています。
それって、主婦業じゃん?
と、思ってシジフォス目線で家事をすると、
ただただ負担にしか感じないけど、
そんな訳ないよね。
私が作った食事で子供たちは大きくなるし、
洗濯も掃除も、果てしなく続く作業ではあるけれど、
決して無益で希望のない苦行じゃないよね。
シジフォス目線で家事をしない。
寺の小僧目線で家事をする。
私は寺の小僧。
人間のステージをあげるために日々修行いたしておりまする。
感情を挟まない。淡々とやる。
与えられた役割を黙々とこなす。
家事に終わりはない。
それは横浜駅の工事、または、マンハッタンブリッジのペンキ塗り。
さ、
たわごと言ってないで家事しなきゃ。