「俺は物語を書いている時が、一番幸せなんだ」

今はいない友人が言っていた言葉である。
友人いわく、物語を書いている時、思考を物語に映し
自らが主人公となって物語が進むのだと言う。

「じゃあ、書いているのは誰だ?」

ふと、そんな問いを投げかけたら

「書いているのも俺だ。でも、思考に集中しているから
 書いている実感はない。終わりが来ればこっちの世界に戻り
 文章を見て実感する。書いている時は意識は無いに等しい
 のかもしれない。もちろん、全てではないけど。言葉が間違えば
 直すし。多分、視界にはとらえていると思う」

あまりよく分からないけど、一種のトランス状態で思考を切り離し
物語とシンクロしてるのだと思う。

「主人公は俺だから、自由に進める事が出来るんだ。
 何をしても良いんだ。ありとあらゆる事を。でも、
 始まりがある以上、終わらなくてはならないんだ。
 終わりが思考に現れ始めたら、俺はその物語を
 終わらせなくてはいけないんだ。同時に、もう
 この世界にいられない悲しみに心を狂わせながら。
 そして、俺は戻ってくる。こっちの世界に。
 目の前にはさっきまで、そこにいた物語の原稿があって、
 ペンを握っているただの俺がいる。ああ、また戻ってきて
 しまった、と」
その友人がある日、命を絶った。部屋の全ての隙間を
ガムテープでふさいで。練炭をたき、机に向かいペンを
強く握り締め、原稿に向かいながら。
途中まで書かれていた原稿。

「楽園」

友人はその楽園で主人公を演じ、楽しくやっているだろうか?

どうか、そうであって欲しい。