今日は随分と空が重い。まるで白く粉をふいた鉛のようだ。昨日はこのまま一足飛びに暖かくなってしまうのではないだろうかと思っていたのだが、どうやらそうした心配は要らぬことであったらしい。それでも気象予報士が言っていたほどの冷え込みはなかったようだ。朝もそれほど寒かったような印象はない。気温自体はともかく風がないという理由は大いにあるだろう。しかし、勿論そうしたことも都心の沿岸部であるといった部分が大きいだろう。おそらくきっと関東周辺の山間部へ行けば今頃はきっと雪がちらついていることだろう。それにしても雨足がそれほど強くなくてよかった。
昔、こうしたジクジクとした寒い日には、洗った洗濯物が乾かないので、よく家の一間を締め切ってその中で石油ストーブを焚いて乾かしていた風景を目にしたものだ。今の大手住宅会社が設計した機能的な住宅であれば浴室乾燥ということも出来ようものなのだが、如何せん私の家は基本が古い民家だったためにそうした方法でなかなか乾かない洗濯物を乾かしていた。
襖と障子で区切られたその一間には、脱水の終わった濡れた洗濯物が、天井に斜めに渡されたロープに掛けられて無数にぶら下がっていた。その中はむっとする熱気と湿度、洗濯物の匂い、つまり洗剤の香料の匂いが充満していたのをよく覚えている。閉め切った部屋には障子を通して弱々しい明かりが入ってはくるのだが、雨の日で、しかも日の光の弱くなっている季節でもあって、いつもほの暗い様子だった。そうした暗い部屋の中で、石油ストーブの煌々とした光が畳の上や襖に橙色の光を映していた。
そうやって半日も乾かしていると、大抵のものは夕方には乾いていた。それは、学校が休みの日でない場合なら、私が丁度学校から帰ってくる位の時間だった。冬場で外が暗くなるのが早いため、そうして乾かした洗濯物を取り降ろして畳むくらいの時間には、時間はそれ程遅くはないのだが、いつもすっかり暗くなっていた。私が生まれる前からそこにずっとついているであろうような昔風の白いブリキの笠をかぶった白熱球をつけて、八畳ほどの小さな部屋の中でちんまりと正座をした祖母が、聞こえるか聞こえないか位の声で、特に意味のない、口から漏れ出てしまうだけの独り言を呟きながらいつも黙々と洗濯物を畳んでいた。これは誰それの、これは誰のといった具合に、家族の一人一人ごとに洗濯物を分けると、それをそれぞれの箪笥の所定の場所にしまっていた。しんとした家の中で一人で黙々と洗濯物を畳む祖母の姿は、子供の頃、時々とても奇妙で不思議な光景に見えた時があった。それに、何度か祖母の真似をして洗濯物を畳んだことがあったのだが、簡単そうに次々と畳んでいく祖母とは違い、ぜんぜんきれいに畳めなかったことをよく覚えている。
今では洗濯物もすっかりきれいに畳めるようになった。
それにしても今日の空は不思議と重たく感じる。