毎回新刊が出る度に紹介していますが、
このマンガすげえ面白いんです。
2013年から連載されているんですが、
1年に1冊くらいしか新刊が出なくて、
6年間でやっと7巻目、
8巻が出るのは来年の春だそうです。
このマンガ、一応BLで、書店でも、
BLのコーナーに並んでいるんです。
でもすげえ面白いんですよ!!
毎回新刊が出る度に紹介していますが、
このマンガすげえ面白いんです。
2013年から連載されているんですが、
1年に1冊くらいしか新刊が出なくて、
6年間でやっと7巻目、
8巻が出るのは来年の春だそうです。
このマンガ、一応BLで、書店でも、
BLのコーナーに並んでいるんです。
でもすげえ面白いんですよ!!
岡田斗司夫の本を読んで
ジブリアニメを見てみようと思った。
これまでジブリのアニメは
「となりのトトロ」しか見たことがない。
トトロは息子のハルのお気に入りだったので、
一緒に何回も見させられたのだ。
それ以外はほぼノージブリライフなので、
とりあえず最近の作品、
岡田斗司夫が最高傑作と絶賛している、
「風立ちぬ」を見てみた。
えっ、これが最高傑作???という感じだった。
そしてうちの奥さんが、
ジブリには割と詳しいので、
次に何を見たらいいか相談して、
とりあえず「風の谷のナウシカ」と「火垂るの墓」を見てみた。
(正確に言うと「ナウシカ」はジブリ作品ではないが・・・)
この2作はどちらもなかなかの出来。
次は「もののけ姫」に挑戦の予定。
岡田斗司夫の本で
「この世界の片隅に」の
映画版の監督の片渕須直さんが、
スタジオジブリで
「名犬ラッシー」の監督をしていた、
という話を読んで、
昨日TSUTAYAで
「名犬ラッシー」のDVDを借りた。
1996年の作品ということ。
アニメには詳しくないので、
片渕須直さんという人のことも、
かつて「名犬ラッシー」を
監督していたということも
知らなかったのだが、
「名犬ラッシー」については
かつてテレビで見ていたという記憶がある。
アメリカ製のテレビドラマで、
どんな内容だったかは憶えていないが、
「名犬ラッシー」というタイトルや
コリー犬については
とてもいい印象があるので、
きっといいドラマだったのだろう。
片渕須直さんは
「魔女の宅急便」の
監督に内定していたくらいの実力者らしく、
結局宮崎駿が監督したので
世に名前が出るのは遅れたが、
「この世界の片隅に」で大絶賛されて、
今は完全版の公開が待たれる。
それまでは「名犬ラッシー」を見て
モチベーションを高めておこう。
手塚治虫のエッセイの中に
「ディズニーのキャラが
4本指で書かれているので、
鉄腕アトムも4本指になった」
というくだりがある。
(手塚はディズニー信奉者)
ディズニー自身も
「金銭的なことを言えば、
六分半の短いアニメを構成する
四万五千枚の作画について、
すべて手から指を一本減らせば、
スタジオとして数百万ドルの削減になる」
という発言を残している。
ところがこれは、日本に限れば、
かなり問題のあることなのである。
この件についてネットで調べると、
「指を詰めたヤクザを連想させる」
という言葉がよくヒットするが、
事の本質はそんな単純なことではない。
かつて日本に厳然として存在した、
士・農・工・商・えた・ひにんという
身分制度の最底辺層「えた」には、
屠殺業や皮革業などの
家畜の死体の処理の仕事が割り当てられた。
これは仏教思想に基づいて
家畜の死体は「穢れ」ている
と考えられていたからで、
その死体を処理する人たちは
「穢多」と呼ばれていた、
という説もあるくらいである。
そこから転じて「穢多」の人達は、
動物(四つ足)に関わる人ということで
「よつ」という隠語でも呼ばれていた。
僕がCM制作会社に勤めていた頃、
マスコミ業界においては、
4本指を立てるサインは絶対タブーだったのだが、
「久米宏のTVスクランブル」という番組で、
酒に酔って出演した横山やすしが
「あいつらは〇〇じゃ」と発言して
大問題になったことがある。
その時に横山はカメラに向かって
4本指サインをしたらしい。
しかし「鉄腕アトム」が放送されていた、
1960年代には
今ほどはタブー視されていなかったようで、
これはいわゆる「言葉狩り」の体裁を借りた、
逆差別キャンペーンなのかもしれない。
なぜならアトムもペコちゃんも
怪物くんも1960年代には
堂々と4本指だったのだから。
楳図かずおはアダルトビデオや
エロ本などを見たことはなく、
もちろん生身の女性も知らないので、
マンガに出て来る裸身は
想像で書いたものだという伝説。
中川翔子が吉田豪に
「あの噂はホントなんですか?」
と聞いたら、
「僕は(楳図さんから)直接ホントだと聞きました」
と吉田が答えていた。
ヘンリー・ダーガーという
アウトサイダーアーティストが、
自宅でこっそり書き続けていた、
膨大なイラストに出て来る女の子には、
小さな男性器がついているらしい。
これもヘンリー・ダーガーに
性体験がなかったためだと言われている。
YouTubeで「BSマンガ夜話」の
士郎正宗の「攻殻機動隊」の回を見たら、
この番組のレギュラーの
いしかわじゅんも夏目房之助も
手放しでこの作品を褒めているという感じではなく、
毎回2名ほど呼ばれるゲストも、
この回にはいなかった。
進行役の大月隆寛も川村ティナも
チンプンカンプンという感じだったが、
岡田斗司夫だけがテンションが高く、
やたら熱く語ってるなと思っていたら、
YouTubeで岡田斗司夫が
「攻殻機動隊」について語っている、
別の番組を見つけ、これも見てみた。
こちらは更に凄い内容で、
単行本の冒頭3ページの解説に
1時間くらいかけていた。
実は「攻殻機動隊」の原作は、
僕もかつて読むのを放棄し、
未だに完読できていない。
押井守の劇場アニメや
神山健治のテレビシリーズで
「攻殻機動隊」を知ったのだが、
原作のマンガにはついていけなかった。
もう一度じっくり読み直してみようと
2階のマンガ倉庫で探したら
すでにミュージアムに寄付していてなかった。
マンガというのは究極の最終形態で、
それに解説を加えなければ理解できないのは、
僕の鑑賞の限界を超えているからで、
そういう作品に遭遇してしまった場合は、
潔く身を引くことにしている。
図版はアニメ版をパチンコの台にしたもの
「攻殻機動隊」といえば、
押井守の劇場版シリーズが
最初のような印象が強いが、
元の企画はBANDAIから提案されたそうだ。
押井守のシリーズは、
少し暗い印象が強い。
そしてオリエンタルなテイストが強い。
それは「ブレードランナー」が、
暗い印象とオリエンタルなテイストが強いのと、
イメージ的に重なる。
例えば「攻殻機動隊」の隊長、
少佐の名前が草薙素子で、
重要な登場人物というか、
重要ガジェットがフチコマという
AI搭載のロボット戦車で、
これは漢字で書くと「斑駒」となり、
スサノオノミコトの乗るアメノフチコマに由来する。
つまり草薙もフチコマも記紀が原点なのである。
だからトーンがオリエンタルになるのも必然だ。
フチコマはテレビシリーズではタチコマになる。
マンガおやつ論、マンガ主食論、マンガ空気論
手塚治虫が悪書追放運動で
批判の対象としてやり玉にあがっていた時、
あちこちの講演に呼ばれて、
マンガおやつ論というのを述べていた。
あくまでも子供たちの主食は
児童文学などの
活字で書かれた本であり、
マンガはおやつに過ぎないと。
その後話はマンガ主食論に変わっていき、
最後にはマンガは空気のように
子供たちの側に
当たり前に存在している、という論旨に変わった。
10年ほど前に
引退された大学の先生のご自宅に遊びに行き、
そこに来ていた元新聞記者の方と少し話したことがある。
その方が
「最近どんな本をお読みになりました?」
と聞くので、
「本というのは、活字で書かれている本のことですか?」
と聞き返したら絶句していた。
おそらく本と言えば
活字で書かれている本が当たり前、
という前提で質問してきたのだろう。
未だにこんな状況だ。
手塚治虫が「新宝島」で
日本のサブカルチャーのみならず、
世界の文化における、偉大なる一歩を踏み出したのは、
1947年、昭和22年のことである。
当時の漫画出版は描き版と言って、
作者が書いた原稿を
出版社の作業員がトレースして、
印刷用の版下が作成されていた。
つまり印刷されていたのは
手塚治虫が書いた絵ではなかったのである。
更に「新宝島」の原案は、
酒井七馬という、漫画家、編集者によるもので、
酒井七馬から受け取った原案を元にして
手塚治虫が書いた原稿は250枚あり、
それを出版する都合で190枚に減らされ、
ネーム(セリフ)も
酒井七馬によって書き換えられたり、
絵も訂正されたりしていた。
そのため手塚治虫は、
「新宝島」を自分の作品と認めず、
1977年から刊行が始まった、
手塚治虫漫画全集にも、
当初は収録される予定はなかった。
ところが「新宝島」は
ある意味エポック的な作品なので、
1984年に手塚治虫漫画全集の
第一期300巻の刊行が完了する寸前まで、
講談社との協議が繰り返され、
結局手塚治虫が全編書き下ろして、
最終回の配本で全集に加えられた。
このような事情から、
僕は今回、2019年に読むまで、
「新宝島」という作品を読んだことはなかった。
「SF3部作」の1作、
「ロストワールド」だけは、
小学生の時に、
桃源社から復刻されたものを読んでいたが、
描き版から起こされたものだったので、
画質も悪く、絵のタッチも違って、
かえってガッカリした記憶がある。
しかし手塚治虫の原点は
このあたりの作品であるという言説は、
当時から蔓延していたので、
僕は手塚治虫の真髄を
知らずに今日まで過ごしていたことになる。
だからといって、
手塚治虫の本質を
まったくわかっていなかった、
ということにもならず、
僕の手塚治虫体験は
「0マン」から始まっているので、
「鉄腕アトム」も「ジャングル大帝」も
原作を全部読んでいるわけではないが、
それでも僕は手塚治虫の影響で
漫画を好きになったと言えるし、
手塚治虫の影響で自分は形成されたし、
手塚治虫の影響下で今日まで生きてきて、
それを誇りに思っている。
ちなみに僕が最初に
リアルタイムで感動した手塚治虫の作品は、
昭和51年に「少年ジャンプ」に掲載された、
「四谷快談」という読み切り短編である。
最近マンガを読んでいないかというと、
そういうわけではなく、
地味に「お勉強」は続けている。
今は聖域中の聖域、
手塚治虫の初期作品を勉強中だ。
手塚治虫は戦争中からマンガを書き始め、
デビューは1946年頃である。
そして1947年に「新宝島」を書き、
1948年に「ロストワールド」、
1949年に「メトロポリス」、
1951年に「来たるべき世界」の、
「SF3部作」を書いて、
日本中の少年少女を熱狂させ、
手塚ブーム、マンガブームを起こして、
日本にマンガ、アニメ文化を形成する土台を築きあげた。
僕がものごころついて、
マンガの素晴らしさを知ったのは、
1973年頃で、その時には手塚治虫は、
すでに歴史上の偉人のような存在で、
「新宝島」や「SF3部作」は
「聖書」や「古事記」「日本書紀」のような、
「先人の遺産」的な作品であった。
これらの偉大な歴史書を読み、
石ノ森章太郎、赤塚不二夫、藤子不二雄の2人、
水野英子、つのだじろうなどのトキワ荘グループや、
手塚治虫に対抗する形で、
さいとうたかを、白戸三平、
水木しげる、つげ義春、
辰巳ヨシヒロなどの劇画勢、
そして手塚の影響を大きく受けた、
大林宣彦、立川談志、星新一、夏目房之助、
夢枕獏、荒俣宏、宮崎駿、岡田斗司夫などの、
別ジャンルの人々までを巻き込んで、
日本のサブカルチャーの一大ジャンルが形成されていくのである。
そんなにマンガについて詳しいという訳でもないのだが、
これは謙遜ではなくて、
本当にガチで詳しい、ヲタクの人には、
足元にも及ばないと思っているのだが、
割と好きなジャンルに
ヤンキーマンガというような、ひとつのジャンルがある。
古くは本宮ひろ志の不良マンガ
もうちょっと最近のマンガでは、
きうちかずひろの「ビーバッブハイスクール」など、
更に最近の作品では、
高橋ヒロシの「クローズ」とか「WORST」など。
こういうマンガには機会があると目を通してしまう。
そんなジャンルのマンガの作家に
南勝久と高橋ツトムがいる。
どちらも暴走族の出身で、その世界を描いた作品がある。
南勝久の「ナニワトモアレ」と
高橋ツトムの「爆音列島」だが、
どちらもあの業界(暴走族やルーレット族)の
青年たちの繊細な心がよく表現されている。
更に南勝久はその次の段階の作品として、
「ザ・ファブル」という作品を今連載中なのだが、
この作品は近々実写映画が公開される。
僕は結構楽しみにしているのだ。