今色々とお世話になっている、
クママンの代表の橋本さんは、
マンガ好きが昂じて、
セドリ師になり、
頻繁に通っていた古本屋のおやじから、
80万円で店ごと買ってくれないかと言われ、
古本屋になって今に至るそうだ。
セドリというのは、
おそらく背取りという字があてられる、
あまり古本の価値のわかっていない古本屋が、
安い値段で売っている本を見つけて、
マニアや同業者に
高く売って利益をあげる職業だ。
その頃の橋本さんは河合塾の講師をしており、
全国の河合塾に出張で授業に行って、
そのついでにあちこちの古本屋で、
古本マンガを物色していたらしい。
橋本さんは西日本一帯の古本マンガを買い漁り、
何十件という古本屋を廃業させてきたそうだ。
僕が大学時代に草香江の九大教養部の近くに、
20件くらいの古本屋があって、
定期的に古本屋巡りをしていたのだが、
それらの古本屋が目に見えて減っていき、
今ではほぼ全滅しているが、
それらの古本屋を潰していったのが、
橋本さんだったということを昨夜知った。
中でも一番狂喜したのは、
藤子不二雄が昭和30年代に、
少女クラブの付録として書いた、
「バラとゆびわ」が、
熊本の古本屋で300円で売られているのを
発見した時のことだったそうだ。

「バラとゆびわ」は、
現在一冊50万円くらいで売買されている。
古本屋組合に加盟すると、
業者同士の古書市に参加することができ、
そこではマンガ古本などには、
まったく興味のない業者が、
お宝の山を二束三文で「処分」していたりして、
風呂敷いっぱいの手塚治虫の作品を、
1万円で手に入れたこともあったたそうだ。
それは安く叩き売っても、
100万円にはなる品物だったそうである。
同じころに阿蘇地方の廃業した貸本屋の倉庫で、
大量の希少貸本マンガを手に入れて、
一財産を築いたのが、
まんだらけの社長の古川益三である。
古川益三は藤子不二雄が、
尊敬する手塚治虫をもじって、
足塚不二雄という名義で書いた、
「UTOPIA 最後の世界大戦」に、
古本マンガ史上最高額の
250万円をつけた人である。
今ではネットとブックオフの普及で、
古本マンガ市場も安値安定してしまい、
古本マンガブームも収束しているそうである。
僕は今、その橋本さんが
長年かけて集めた古本の倉庫の、
管理責任者をしている。
思えば大学時代に
ボロボロのスクーターの足元に、
古本を詰めた紙袋を
足でおさえて乗りながら、
草香江の古本屋を巡っていた、
僕の孤独な青春が、
今こうして果実となって
収穫されているんだなあ。