一昨日だったかな、
マンガについての話をしていて、
「ガロ三人娘」の話が出た。

 

ガロ三人娘というのは、
やまだ紫、杉浦日向子、近藤よう子の三人で、
場合によっては「三人とも知らない」
という人もいる可能性のあるくらいの方々だ。

 

80年代初頭あたりに活躍していた人達で、
近藤よう子以外の2人は、
すでにお亡くなりになっている。

 

一緒に話していた人が、
「杉浦日向子が一番苦手だったな、
ちょっと頭がいい感じで。」
と言ったのだが、実は僕は、
この三人の中では、
杉浦日向子が一番好きというか、
漫画家の中で一番好きかもしれない。

 

ということは、
「ちょっと頭がいい感じの女の子」
が好きっていうことかな?

いやいや、それは違うと思うんだけど。

 

 

今日から貸本マンガの

データ入力の仕事を始めました。

これはクママンが所有している、

貴重な貸本マンガのデータを、

文化庁のデータベースに登録していく仕事です。

 

貸本マンガという存在は知っていましたが、

現物を手にするのは初めてでした。

 

例えばこれは東京漫画出版社という会社から出ていた、

「二階の母さん」というマンガです。

 

作者の望月みさおさんは、

「サインはV!」や

「ゆうひが丘の総理大臣」などを書いた、

望月あきらさんのお兄さんで、

このころは兄弟そろって、

東京漫画出版社で書いていました。

 

今日は東京漫画出版社から刊行された本ばかりを

入力していたのですが、この出版社からは、

女の子向けのマンガが多く出版されており、

貸本マンガ特有の過激でグロテスクな作風のマンガには、

今日はあまりお目にかかりませんでした。

初日としてはいい感じのマンガ体験ができたと思います。

 

 

こちらは当時の少女マンガの典型パターン、「母もの」です。

古い本なのでカバーが無くなっています。

 

 

巻末に当時の読者が書いたと思われる落書きがありました。

これを書いた女の子も今では60代だと思います。

 

 

衝撃的な内容の次号予告、

このころは普通に被差別部落とかもマンガの題材になっていました。

 

 

なんともほのぼのとした、可愛らしい扉絵。

 

 

このあたりが貸本マンガらしい、

煽情的で猟奇的な感覚。

往年の石井輝男の映画みたいなタイトルですね。

こういうデタラメな感じが貸本マンガならではです。

 

 

昨日マンガミュージアムで

「マンガの中の妖し(あやかし)」と題して、

簡単な講義をしました。

 

講義の冒頭、日本の妖怪マンガの先駆者として、

水木しげるさんの話を少ししましたが、

「ゲゲゲの鬼太郎」は、

元は「墓場の鬼太郎」というタイトルで、

アニメ化するにあたって、

「墓場」から「ゲゲゲ」に

タイトルが変わったという話をしました。

 

アニメ化される時にはスポンサーがついて、

キャラクターを使った商品が発売されるのに、

タイトルが「墓場」ではまずいから、

「ゲゲゲ」に変わったわけですが、

同様にアニメ化するにあたって、

タイトルが変わった作品に

「魔法使いサリー」があります。

 

このマンガ、りぼんで連載が始まった時には、

「魔法使いサニー」という題名だったのですが、

アニメ化が決まって商標登録の関係から、

「魔法使いサリー」にタイトルが変更されたのです。

 

それは電機メーカーのソニーが、

自社のブランドイメージを守るために、

ソニーに類似した名称を

あらかじめ商標登録していたため、

ソニーに似ているサニーがつかえなかったのです。

 

今では「魔法使いサリー」は

国産の魔女っ子ものの元祖として有名ですが、

元のタイトルがサニーだったことは

あまり知られていません。

 

今回改めて原作の

横山光輝版を読みましたが、

なんともいえない

ほのぼのとした気持ちになりました。

 

最近忙しいうえに、

毎日何千冊というマンガの本を、

あっちに移動したりこっちに移動したりという、

作業ばかり繰り返しているので、

もうマンガは結構という感じなのだが、

休みの日には、

読みたくて読めてなかったマンガを、

買ったり借りたりして読んでいる。

 

昨日の夕方から

明日いっぱいまでは、

休もうと思えば休めるので、

半月ほど前に発売されていた、

「先生の白い嘘」の、

最終第8巻を読みに行った。

 

このマンガは、

既刊をレンタルで読んでいたので、

最終巻だけ買うわけにもいかず、

最新刊は発売して一ヶ月経たないと、

TSUTAYAでレンタルが始まらないので、

ネットカフェに読みに行った。

 

最終巻はストーリーのまとめ的な、

そのあとどうなりました的な、

安定して着地する場合が多いので、

これまでほどの波瀾万丈な展開ではなかったが、

いいところに着地して終わったと思う。

 

 

しかし次々と

これまで知らなかった優れたマンガ家が出てくる。

 

今僕が注目しているのは、

鳥飼茜と河内遥とヤマシタトモコ

少し前までは東村アキコとよしながふみだった。

 

男性のマンガ家では、

「響」の柳本光晴だが、

絵がもうちょっとどうにかならないものか。

 

マンガ文化の発展は、
エロという概念と密接に関っている、
そしてもちろんオタクという概念とも。

 

1999年に児童ポルノ禁止法が施行されて以来、
児童ポルノが載っている本を所持している人達は、
戦々恐々としているらしい。

 

児童ポルノの所持、保管、提供、陳列は、
全て処罰されるからだ。


処罰されて前科がつくと、
古物商免許が取り上げられてしまい、
古本屋として営業できなくなる。

ちなみに僕も古物商の免許は持っています。
持っているということは、
前科がないということなんですよ、念のため。

 

それで、持っているだけで処罰されるので、
一時クママンの前身の古本屋の前に、
児童ポルノが載っている本が、
捨てられるという事件が多発したらしい。

 

持っているだけで処罰されるので、
困って廃品回収業者に持ち込むと、
その業者の処理場で拾って手に入れた誰かが、
また店の前に捨てに来るという、
わけのわからない循環が起こっていたそうだ。

 

コントのような話だが笑うに笑えない。

 

僕が管理しているクママンの倉庫の隅に、
どう考えても大きな本棚を
真ん中から二つに切ったとしか思えない、
粗大ゴミのような本棚があって、
しかもその本棚は、
素人が手作りしたような、
稚拙で武骨な造りで、
切り方も、どうしようもない、
ギザギザの酷い切り方だ。

 

あれはなんですかと聞いたら、
ある古本屋が廃業して、
在庫を引き取りに行った時、
倉庫として借りていたアパートの部屋に、
その本棚があったのだが、
どうやっても部屋から出せないので、
しかたなく二つに切って出した、
との答えだった。

 

その古本屋さんは
材料を小分けにしてアパートの部屋に運び、
部屋の中でその本棚を組み立てたようだ。

 

クママンの倉庫には、
あちこちの廃業した古本屋から、
譲ってもらった手作りの棚や、
その棚に収められていた、
古本が詰められたダンボールが
山積みされているのだが、
「あの倉庫には色々な人達の怨念が
充満しているんですよ」と橋本さんが言うように、
朝早くとか日が暮れてから、
一人で倉庫で作業していると、
何かの気配がしたり、
何かが視界の隅を横切ったりということが、
頻繁にある。

 

ドラクロワの絵の中のような場所で
仕事をしている気分だ。

 

不思議に怖いという感覚はなく、
「またかよ」と思うだけである。

 

今色々とお世話になっている、
クママンの代表の橋本さんは、
マンガ好きが昂じて、
セドリ師になり、
頻繁に通っていた古本屋のおやじから、
80万円で店ごと買ってくれないかと言われ、
古本屋になって今に至るそうだ。

 

セドリというのは、
おそらく背取りという字があてられる、
あまり古本の価値のわかっていない古本屋が、
安い値段で売っている本を見つけて、
マニアや同業者に
高く売って利益をあげる職業だ。

 

その頃の橋本さんは河合塾の講師をしており、
全国の河合塾に出張で授業に行って、
そのついでにあちこちの古本屋で、
古本マンガを物色していたらしい。

 

橋本さんは西日本一帯の古本マンガを買い漁り、
何十件という古本屋を廃業させてきたそうだ。

 

僕が大学時代に草香江の九大教養部の近くに、
20件くらいの古本屋があって、
定期的に古本屋巡りをしていたのだが、
それらの古本屋が目に見えて減っていき、
今ではほぼ全滅しているが、
それらの古本屋を潰していったのが、
橋本さんだったということを昨夜知った。

 

中でも一番狂喜したのは、
藤子不二雄が昭和30年代に、
少女クラブの付録として書いた、
「バラとゆびわ」が、
熊本の古本屋で300円で売られているのを
発見した時のことだったそうだ。

 

 

「バラとゆびわ」は、
現在一冊50万円くらいで売買されている。

 

古本屋組合に加盟すると、
業者同士の古書市に参加することができ、
そこではマンガ古本などには、
まったく興味のない業者が、
お宝の山を二束三文で「処分」していたりして、
風呂敷いっぱいの手塚治虫の作品を、
1万円で手に入れたこともあったたそうだ。

 

それは安く叩き売っても、
100万円にはなる品物だったそうである。

 

同じころに阿蘇地方の廃業した貸本屋の倉庫で、
大量の希少貸本マンガを手に入れて、
一財産を築いたのが、
まんだらけの社長の古川益三である。

 

古川益三は藤子不二雄が、
尊敬する手塚治虫をもじって、
足塚不二雄という名義で書いた、
「UTOPIA 最後の世界大戦」に、
古本マンガ史上最高額の
250万円をつけた人である。

 

今ではネットとブックオフの普及で、
古本マンガ市場も安値安定してしまい、
古本マンガブームも収束しているそうである。

 

僕は今、その橋本さんが
長年かけて集めた古本の倉庫の、
管理責任者をしている。

 

思えば大学時代に
ボロボロのスクーターの足元に、
古本を詰めた紙袋を
足でおさえて乗りながら、
草香江の古本屋を巡っていた、
僕の孤独な青春が、
今こうして果実となって
収穫されているんだなあ。

 

今「マンガの中のあやかし」という

ミニ講演を準備していて、

自分にとっての妖怪ものといえば、

「ドロロンえん魔くん」と

「妖怪人間ベム」なんだけどなと思ったが、

どちらもアニメ作品の印象が強く、

マンガ作品の方は読んだことがなかった。

 

しかしありましたよ、「ドロロンえん魔くん」、

さすがクママンの倉庫の品揃えは半端ない。

 

後にエンターブレインから再版されていますが、

こちらは若木書房発行のオリジナル版、

プレミアがついて、

一冊3500円の値札がついていました。

 

「ドロロンえん魔くん」は

1973年に少年サンデーで連載されていましたが、

このころはまだ、少年サンデーの連載作品を、

小学館が自社で単行本化するというシステムができていなくて、

単行本は他社から発売されていました。

 

例えば「おそ松くん」は、

「ガロ」の青林堂から出版されていたのです。

ちなみに少年サンデーコミックスの第一号は、

楳図かずおの「漂流教室」です。

 

それで、「ドロロンえん魔くん」の原作は

どんなマンガだったかというと、

ただのエロマンガでした。

 

今、ある講演の準備をしています。

 

合志マンガミュージアムでは、

「合志マンガ義塾」と題して、月に二回、、

マンガに関するミニ講演会が開催されています。

 

僕は11月の最終土曜が講師の当番になっていて、

それの準備をしているのです。

 

議題は講師が自分で決めていいのですが、

僕はせっかくなので熊本ゆかりの、

緑川ゆきさんの「夏目友人帳」を

テーマにしようと思い、

少し前から構想を練っていました。

 

最初は「夏目友人帳」と

水木しげると杉浦日向子を

比較検討しようかと思っていたのですが、

なんか「お勉強」のようになりそうで

方向性を変えようかと思っています。

 

マンガはただ読んでいるだけで、

充分に「お勉強」なので、

それを分析したり、論じたりすることは、

まるでマンガを読むことよりも

机上のアカデミックな勉強の方が、

格上のようなイメージになってしまうと思い、

小賢しい論評はやめて、

ただミュージアムの棚から

テーマに合った作品を抜き出して

軽く解説するだけの、

ミュージアムツアーにしようと思ったのです。

 

題は「マンガの中の妖し」

あやかしというのは、

元々は船を難破させる妖怪なのだそうですが、

最近では、不思議なこと、

あやしく、はっきりしないことの総称としても

使われているようで、

僕のミュージアムツアーでは、

「あやかし」を

「人でも動物でもない異形のもの」

と定義することにしました。

 

現在扱う予定の作品は、

水木しげる「ゲゲゲの鬼太郎」

藤子不二雄「オバケのQ太郎」

永井豪「ドロロンえん魔くん」

アニメ「妖怪人間ベム」

里見桂「なんか妖かい!?」

諸星大二郎「妖怪ハンター」

江口夏実「鬼灯の冷徹」

石田スイ「東京喰種」

諫山創「進撃の巨人」

アニメ「妖怪ウォッチ」

山岸涼子「メデューサ」

田辺イエロウ「結界師」

あだちとか「ノラガミ」

大場つぐみ・小畑健「デスノート」

藤田和日郎「うしおととら」

冨樫義博「幽☆遊☆白書」

谷菊秀・黒岩よしひろ「鬼神童子ZENKI」

室山まゆみ「どろろんぱっ!」

桜野みねね「まもって守護月天!」

高田裕三「3×3 EYES」

ますむらひろし「アタゴオル物語」

えんどコイチ「死神くん」

緑川ゆき「夏目友人帳」

永井豪「デビルマン」

萩尾望都「ポーの一族」

手塚治虫「どろろ」

 

まだ読んだことのない作品も

何作品かありますが、

盛りだくさんで行こうと思っています。

 

クママンの倉庫で見つけた、
安部慎一未刊行作品集

「愛蓮の家族/聖書」
なんと定価が一冊5800円+税。

 

安部慎一さんという人は、
70年代のガロで活躍した、
知る人ぞ知るマンガ家で、
一、二、三トリオと呼ばれていました。

 

一が安部慎一で、
二は鈴木翁二、
三は古川益三、
三人とも知らないという人もいるかもしれませんが、
古川益三さんは、
今はまんだらけの社長さんです。

 

クママン代表の橋本さんは、
古本屋をやっていた頃に、
この安部慎一の作品集を
何十冊も仕入れたという、
とんでもない漫画バカですが、
そのバカっぷりが評価されて、
今ではマンガミュージアムの館長です。