2012年にマヤ歴が終わった時、
世の中というか地球は、
長年続いたタテ社会から
ヨコ社会に移行したという話を聞いた。
移行したといっても
地球をとりまく環境が変わっただけで、
地球上に暮らす人間たちは、
数千年に渡って続いてきた、
タテ社会の慣習から
まだまだ脱却できていないので、
現在その軋轢によって、
様々な問題が噴出している。
女子レスリングパワハラ問題
財務省文書書き換え問題
大相撲暴行問題などが、
身近なわかりやすい例である。
もうひとつ大きな問題なのが、
過去の歴史において
最大の過ちであった
人工知能のプログラムミスの問題。
これは遥か昔、
もう記録にも残っていないほどの昔に、
科学が現在よりも進歩していた時代があって、
クローン人間に人工知能を搭載した、
精巧なロボットが造られていて、
その人工知能をプログラムする時に、
最初の基本思考パターンとして、
「支配」という概念をプログラムしてしまったため、
最終的にはロボットが人間を支配しようとするようになり、
人間はそのロボットの暴走を停めることができず、
アトランティス大陸ごとロボット達を海に沈めるしかなく、
その爆発の時に巻き上がった噴煙により、
太陽の光が遮断されて
地球は氷河期に突入し、
人類の栄華は一旦中断し、
現在の歴史が再構築されていった、
というようなお話なのだが、
ついに人類は今回の歴史において、
クローンや人工知能の技術を完成させつつある。
しかし人間の社会がタテ社会のまま、
その技術だけが進化しつつあるので、
今のままでは人工知能のプログラム過程で、
前回同様のプログラムミスが
行われてしまう可能性が残っているのだ。
今開発されつつある人工知能は、
タテ社会の価値観を基底として
プログラムされているものなので、
もう一度過ちを繰り返してしまう恐れがある。
あと数十年か、もしかしたら数百年、
ヨコ社会の考え方が完全に定着した後に、
改めて人工知能をプログラムするならば、
本当に人類のためになる、
綺麗ごとではなく良いパートナーになれる、
ロボットを開発することができるのに、
今はまだ早過ぎる。
僕は主に手塚治虫のマンガから、
このような考え方を学んだのだが、
マンガはあくまでもマンガであり、
現在はまだ社会的に低い位置づけにあるので、
マンガなんかを読む人間の言うことは
あまり社会では重用されないのが現状だ。
前回の科学文明崩壊を乗り越えて
やっとここまで来た人類であるが、
まだタテ社会の名残りが抜けないため、
今回の科学文明の繁栄も、
悲劇的な結末を迎えることになるかもしれない。
それでも前回とは違う形の、
ちょっとはマシな悲劇の末に
もう一度イチから出直して、
次の文明を作っていくのだろうか、
人類の進化というのは
こんなにも過酷で、
ゆっくりとしか先に進まないものなのだろうか。
これは八代市にあった文化書房という、
貸本屋さんにあった本で、
このように、巻末に、
図書館のカードのような
貸し出しを管理する欄がついています。
僕が小学校の頃にはまだ、
近所にひっそりと営業している
小さな貸本屋さんがありました。
僕は漫画が好きだったので、
貸本屋さんで本を借りた憶えもあります。
かつては貸本屋さん専用に出版された、
貸本マンガというのが存在して、
大手の出版社の本とは別に
独自に出版されて独自のルートで流通していました。
昭和20年代の後半から、
昭和40年頃までのことです。
「男の星座」は昭和60年頃に出版された本で、
もうこの頃には貸本専用のマンガというのは、
出版されてはいなかったのですが、
まだ貸本屋は全国に2万軒くらいはあって、
このような形で貸し出されていました。
それから徐々に貸本屋は閉店していき、
おそらく今では、個人経営の貸本屋は、
日本には一軒も残っていないだろうと思います。
当時は一冊85円で貸し出されていたことがわかります。
安い料金手軽な読書 借りて読んでも私の知識
というキャッチコピーがイカしていますね。
こうやって昭和20年代から
日本のマンガ文化は
社会の底辺に育っていたのですね。
貸本マンガから出たマンガ家には、
白戸三平、水木しげる、さいとうたかお、
つげ義春、楳図かずお、など、たくさんいます。
最近、梶原一騎原作の「男の星座」を読んで以来、
プチ梶原一騎ブームが起きていて、
次には「愛と誠」を読み、
今日からは「空手バカ一代」に取りかかっている。
「愛と誠」を読んで、一番感じたのは、
「男組」に似ているなということだった。
「男組」は原作・雁屋哲、作画・池上遼一で、
少年サンデーに連載されていた。
「愛と誠」は原作・梶原一騎、作画・ながやす巧で、
少年マガジンに連載されていた。
「男組」は1974年から1979年まで5年間連載で全25巻、
「愛と誠」は1973年から1976年まで3年間連載で全16巻だ。
この2つの作品は同時期に連載されていた期間もあり、
サンデーとマガジンのライバル誌が、
しのぎを削って戦っていた頃の二大連載である。
実は僕は中学生の頃、
同級生が学校に単行本を持って来ていて、
「男組」を読んだ記憶がある。
当時まだ公立の小中学校では、
学校にマンガの本を持って来ても、
特に怒られるというようなこともなく、
みんな貸し借りして読んだりしていた。
僕も小学生の頃、
白戸三平の「サスケ」や、
手塚治虫の「ブラックジャック」なんかを、
学校に持って行って、
友達に貸したりしていた。
「男組」も「愛と誠」も、
70年代に複数回実写映画化されている。
「男組」の主人公、流全次郎は
星正人、館ひろしが、
「愛と誠」の主人公太賀誠は、
西城秀樹、南条弘二、加納竜が演じている。
南条弘二は流全次郎の敵役、
神竜剛次も演じている。
僕は今回読むまで
「愛と誠」には触れたことはなかったが、
「男組」は同級生のおかげで、
ほぼリアルタイムで読んでいた。
そして今も文庫版を全巻持っている。
学園もの、不良もの、格闘ものの、
マンガや映画とはあまり縁が深くはないが、
色々な巡り合わせがあって、
「男組」には胸を熱くしたし、
「愛と誠」も遅ればせながら、
今になって読む縁ができた。
残念ながら御都合主義のシナリオに興冷めして、
胸を熱くするというほどでもなかったが、
梶原一騎の作品がヒットしたのもわからないでもない。
読みたいなと思ったら、
いつでも読むことができる環境にあるということが、
何よりも恵まれていると思う。
「男組」も「愛と誠」も、原作のマンガは、
TSUTAYAでレンタルしようとしても
おそらくどの店舗にも置いていないので。
2012年にマヤ歴が終わった時、
世の中というか地球は、
長年続いたタテ社会から
ヨコ社会に移行したという話を聞いた。
移行したといっても
地球をとりまく環境が変わっただけで、
地球上に暮らす人間たちは、
数千年に渡って続いてきた、
タテ社会の慣習から
まだまだ脱却できていないので、
現在その軋轢によって、
様々な問題が噴出している。
女子レスリングパワハラ問題
財務省文書書き換え問題
大相撲暴行問題などが、
身近なわかりやすい例である。
もうひとつ大きな問題なのが、
過去の歴史において
最大の過ちであった
人工知能のプログラムミスの問題。
これは遥か昔、
もう記録にも残っていないほどの昔に、
科学が現在よりも進歩していた時代があって、
クローン人間に人工知能を搭載した、
精巧なロボットが造られていて、
その人工知能をプログラムする時に、
最初の基本思考パターンとして、
「支配」という概念をプログラムしてしまったため、
最終的にはロボットが人間を支配しようとするようになり、
人間はそのロボットの暴走を停めることができず、
アトランティス大陸ごとロボット達を海に沈めるしかなく、
その爆発の時に巻き上がった噴煙により、
太陽の光が遮断されて
地球は氷河期に突入し、
人類の栄華は一旦中断し、
現在の歴史が再構築されていった、
というようなお話なのだが、
ついに人類は今回の歴史において、
クローンや人工知能の技術を完成させつつある。
しかし人間の社会がタテ社会のまま、
その技術だけが進化しつつあるので、
今のままでは人工知能のプログラム過程で、
前回同様のプログラムミスが
行われてしまう可能性が残っているのだ。
今開発されつつある人工知能は、
タテ社会の価値観を基底として
プログラムされているものなので、
もう一度過ちを繰り返してしまう恐れがある。
あと数十年か、もしかしたら数百年、
ヨコ社会の考え方が完全に定着した後に、
改めて人工知能をプログラムするならば、
本当に人類のためになる、
綺麗ごとではなく良いパートナーになれる、
ロボットを開発することができるのに、
今はまだ早過ぎる。
僕は主に手塚治虫のマンガから、
このような考え方を学んだのだが、
マンガはあくまでもマンガであり、
現在はまだ社会的に低い位置づけにあるので、
マンガなんかを読む人間の言うことは
あまり社会では重用されないのが現状だ。
前回の科学文明崩壊を乗り越えて
やっとここまで来た人類であるが、
まだタテ社会の名残りが抜けないため、
今回の科学文明の繁栄も、
悲劇的な結末を迎えることになるかもしれない。
それでも前回とは違う形の、
ちょっとはマシな悲劇の末に
もう一度イチから出直して、
次の文明を作っていくのだろうか、
人類の進化というのは
こんなにも過酷で、
ゆっくりとしか先に進まないものなのだろうか。
鳥飼茜の「ロマンス暴風域」という単行本を買いました。
しばらくマンガを読むことから離れて
マンガ漬けの生活を送っていましたが、
自分のためのマンガを久しぶりに新刊で買いました。
ストーリーはいまいちモテない高校の美術の講師の男が、
風俗で出会った女に恋をするというような話。
男は関東の人間ですが、
女は福岡出身という設定で、
時々博多弁っぽい言葉で喋ります。
まだ物語は始まったばかりで、
この先どうなるかわからないところですが、
続きが楽しみな作品です。
この前処理したマンガなんですが、
「いきのこったこ」という題名です。
この本をパッと見た時、
「なまきのこ」と読めて、
どんな話なんだろうと、
色々と妄想が広がりました。
よく見たら「いきのこった」と
ふりがながふってあって、
なあんだと思いましたが、
それにしてもすごい題名ですよね。
好きなマンガが映画化やドラマ化されているのを見て、
失望したことが少なからずある。
例えば、
こうの史代の「夕凪の街 桜の国」とか、
杉浦日向子の「合葬」とか。
魚戸おさむの「家裁の人」とか。
逆に映像化されて良かった、
と思う例もある。
海野つなみの「逃げるは恥だが役に立つ」とか、
武富健治の「鈴木先生」とか、
荒木光の「僕たちがやりました」とか、
古屋兎丸の「帝一の國」とか。
良かった作品に出ていた俳優は
僕にとって好感度も高く、
テレビで見かけたら応援してしまう。
「逃げ恥」の星野源、新垣結衣、
「鈴木先生」の長谷川博己、土屋太鳳、
「僕やり」の窪田正孝、川栄李奈、
「帝一」の菅田将暉、竹内涼真など。
永野芽依と間宮祥太郎は、
「僕やり」にも「帝一」にも出ている。
麻生久美子(映画「夕凪の街 桜の国」に出演)は、
好きな女優なのに残念だ。
でも麻生久美子と神木隆之介の
マンガレンタルサービスのCMはいい。
特に神木隆之介が、
エンドロールで正座するところがいい。















