菊斗たちは、今、北東にあるトンネルゲート前のベンチに座っていた。
いつもはしゃいでいる愛桃も、ジーンと一緒にやけに静かに座っていた。菊斗は、どこかぐったりした感じで、
呆然と空を見上げていた。
北東のトンネルは、完全に陥没されていた。このトンネルは、山を貫いてかなりの長さがあるため、トンネル外の
回り道などは一切できなかった。例え山を越える選択をするとしても、南のゲートのようにまた戻されるかも知れなかった。
はぁ…
菊斗は深いため息をついた。これからどうすればいいだろうか。
「ねぇ… お兄ちゃんのお母さんとお父さんはどこにいるの?」
愛桃が心配そうに菊斗を見つめながら、聞いてきた。菊斗は、自分があまりにも深刻な顔をしていたせいで、
彼女に変な気遣いをさせてしまったと思い、少しバツが悪くなった。
菊斗は表情を和らげ、自分の両親はすでにいなくなっていると答えた。
「あ、私と同じだ…」
菊斗は、愛桃の驚く顔を予想したが、それとは逆に愛桃は淡々とした口調で言い返した。
菊斗は彼女に初めて出会ったとき、両親が研究所で働いていると聞いていたので、何か自分が間違っているかと思った。
「ううん。お母さんとお父さんはいるよ。でも、本当は違うの」
愛桃は、今の両親が義理の親だと言った。子供のごろ、養子として迎えられたらしい。
しかし、養子になる前の彼女の記憶は、ほとんど残っていないということだった。
「あ、でもね、愛桃がそれを知っているだけで、愛桃のことすごく愛してくれているんだよ。
お父さんは私が眠れないときはいつも本読んでくれるし、お母さんは毎日すごく忙しいのに、お弁当も作ってくれるし。本当においしいんだよ、お母さんの弁当。お兄ちゃんにも食べてほしいなー えへへ」
菊斗が無言で彼女を見つめると、愛桃がわざとらしく言ってきた。でも、彼女の顔は、今すぐにでも両親に会ったような、ほんわかした顔をしていた。
愛桃を家に送ってあげよう。
菊斗は、次の目標を決めた。もうこの街から出られるかどうか分からなくなってしまったが、この子をこんな顔にさせる両親の元に届けてあげるのが、菊斗にできる今の精一杯だった。
そして、愛桃の両親に出会ったら、最初に彼女を迎えにきた黒い軍服の男たちについても、何か手がかりが掴められるかも知れない。
菊斗はそう考えるだけで、希望が沸いてきた。
そして愛桃の頭の上に、撫でるようにポンと手を置いた。愛桃は最初ちょっぴり驚いたが、すぐ菊斗の顔を見て、ニコっと笑ってくれた。
その時、愛桃を撫でる手の上に、オレンジ色の光が当てられた。
街路灯が点灯したのだった。
くそっ、もうこんな時間になっていたのか!?
菊斗はあまりもの絶望に、周囲がまったく見えなくっていたので、すでに日が暮れかかっていることに気が付かなかった。
このまま外にいたら、すぐに「彼ら」に出くわしてしまうはずだ。
菊斗は愛桃とジーンを連れ、ベンチの向こう側にある街路樹の後ろに身を隠した。このまま道を沿ってしばらく行けば、河南市に電力を供給する発電事務所が出る。
やっぱり安全第一を優先する会社のこともあって、たぶん一晩を過ごすには適切な場所のはずだった。
菊斗は愛桃に、ジーンが余計に吠えないように見てほしいと伝え、道を明けるために先頭に立った。
街路灯を中心に群れを作っている彼らの目を避けながら、菊斗たちは静かに動いた。
しばらく道を進んだら、電力会社が見えてきた。
幸いにも正面玄関は開いていた。いや、開いているというより、鍵を無理やりこじ開けられているほうが正しかった。
菊斗たちは床に散らばっているガラスの破片を踏まないように、注意しながらロビーに入った。もし音が響いたりでもしたら、外の彼らに気づかれるかも知れなかったからだ。それくらい、ロビーは静かだった。
「カン、カン、カン…」
ロビーの奥側から、小さな音が聞こえてきた。菊斗は耳を立て、音を拾った。
案内デスクの左にある、開いた非常口から、階段を下りてくるような足音した。その音は、だんだんと菊斗を向かって近づいていた。
誰だ。人か?彼らか?
だが、どちらでも選択肢はまず一つだった。
菊斗は非常口の隣で、取り出した木刀を握り閉めた。