心に愛がなければ
キン肉マン 第001話 投稿者 Hongosanキン肉マン 第053話 投稿者 Hongosanバブル崩壊に翻弄された俺ら。バブル絶頂に、固定化した学歴社会で大手には就職できないため、一発逆転を狙って中小企業に入社したが、あえなく挫折。中小企業の悲哀を嫌というほど味あわされた挙句、終いには親会社から見放され、企業再編の波に飲み込まれることになった。或る者はリストラの憂き目に遭い、或る者は早々に会社に見切りをつけ転職、或る者は必死に会社にしがみつき、また或る者は・・・40手前で会社に見切りをつけて3,000億円以上もの売上高を誇る会社に中途入社した同期が、この度目出度く部長に就任とな。会社が近かったので、以前は昼飯時に見掛けたりしとったが、最近見かけないと思ってたら。最後に会った時に、木場だか東陽町にできたデータセンターとの往復で大変だよと話していた。しかし、従業員数わずか数百人の中小企業から40歳で転職して従業員数7千人以上もいる会社で部長にまで登り詰めるとは・・・複数ある子会社の役員も兼務しているとのこと。驚きだな。いや、逆に思うのは、「俺らが新卒で入社して青春を浪費した、あの中小企業は一体なんだったのか?」って話だよ。どいつもこいつも揃いも揃って人を見る目ゼロだったということやん。バブル崩壊後に入社した後輩でも、30代で転職して上場企業の取締役になってるのが何人かいる。何百人も同期がいるわけじゃないのに。2、30人に一人とかの割合になるぜ。それだけベンチャー精神が旺盛だったということかもしれん。そんな奴らが、いくら頑張っても報われないあの中小企業に集結してた。ほんと悲しいくらいに報われなかった。会社に残った奴らの中でも優勝劣敗がはっきりしてきた。部長、支店長ともなれば取締役候補だ。従業員数2千人以上片や、先輩達は転落している。10年前には40代で支店長、部長だったのに、平社員に落ちた人がいると聞く。部下ゼロの閑職に追いやられた人もいる。たまたま当時の上司に気に入られて調子づいて出世できたものの、経営者が変わったら、いきなり転落そりゃ、最初から実力が伴っていなかったからだろう。営業経験なしで30代後半に初めて営業に出されたものの、意外にも朴訥な東北弁で客を掴み、抜群の営業成績を挙げることになった彼だったが、突然、証券事故起こして左遷。彼こそ次期支店長候補の最有力者だったが、あえなく撃沈。確かに、実直そうに見える東北弁は営業には役に立ったのだろうが、それをいいことにというか、おそらく自信過剰になって、上司から期待を掛けられたこともあって無理な営業をしてしまったのだろう。うまいこと役員に取り入って復活した人も他にいないではないが、彼の場合は親会社から出向で来た役員にバッサリ斬られてしまったようだ。彼に復活の道はなく、後輩たちにも抜かれ、地方の支店を盥回しになっている。営業成績抜群ということで、全国営業会議で三本締めの音頭を任された彼がだよ。そういや、俺の新人の時に一緒に同じ部署に配属された同期も、いまやアルバイト生活。会社辞めて地盤調査かなんかの安定した収入の会社に再就職したので、趣味のバンド活動を再開したとも10年前に聞いていたのだが・・・今や量販店のレジ打ち、品出しのアルバイト社員地元で見掛けたという奴から、そう聞いた。どうやら後輩の彼女とも離婚したらしい。そろそろ50歳ともなれば、そんな天と地ほどの浮き沈みを目の当たりにする。脱サラして移動式コロッケ屋や、たこ焼き屋になった奴も、ことごとく失敗悪天候、立地条件の問題にかかわらず、確実に払わなければいけないロイヤリティーの支払いがボディーブローのように効くフランチャイズ商売を始めたものの、立ちっぱなしの仕事なので体力が続かないのと、病気や怪我で休めば、露骨に収入に影響するから。俺も個人事業主の息子なので、いかに個人事業が大変か分かる。従業員、アルバイトを雇えば、社会保険やら労災手続きまで面倒を見なくちゃならないから、休みの日は、その書類作りやら青色申告の領収書の整理に費やされ、家族でどっか旅行でも行こうなんてならん。クライアントやら従業員からの御歳暮やら暑中見舞いの品物が届くが、商売やっている以上、近所の冠婚葬祭、近所付き合いの義理を果たさなきゃいけないってんで、お歳暮の品の熨斗を貼り換えて贈り物に換えたり、換金できるものは換金に回しもするが、それでも足らないので結局、出費が嵩むし、土日祭日はひっきりなしに冠婚葬祭に出席しなきゃいけない。つまり、家庭ほったらかしになる。一応は一国一城の主、棟梁という体面もあるので、従業員、職人には盆暮れの小遣いもやらねばならんから、母ちゃんは経理もしつつも内職に励まざるを得ない。俺も部活のない日や、夏休み冬休みには母ちゃんの内職の手伝いを随分やった。1個何銭の電子部品の検品作業とか、衣料品のタグ付けとか。数千個、数万個やって、わずか数千円の収入。俺も頭に来て、「こんな安い料金の内職はおかしい!」と母ちゃんの手伝いに愚痴を零したが、「口を動かす暇があったら手を動かせ」と母ちゃんに言われ、渋々・・・親父の手伝いで小学生、中学生のくせに2階の屋根に登って釘打ちやらペンキ塗りやら、ドリルで柱に穴開けたり、電動ノコギリで板を切ったり、今思えば子供にとっては、結構、危険な仕事を手伝ったりしてたりもしてたし。2階建ての屋根から落ちれば重症間違いないし、下手すりゃ死ぬ。間違えれば電ノコで指の一本や二本吹っ飛ぶ話だけど、そこは親父を信頼してたし、親父も信頼して小学生の俺に作業を任せていたのだろうし、それ以上に、一緒に働くことで親子の時間が作れる嬉しさも俺にはあった。小石を混ぜてコンクリート練ったり、炎天下での芋ほり、冬の薪割り、いろいろ子供の頃にやったな。逆に大人になってから、まったくやってなくて、若い頃はスーツ革靴で足や手の平に豆ができるほど歩き回るリテールのセールスしたり、今やパソコンで30ページにもなるレポート書いたり、エクセルで数字の分析やら、会議で報告やらやってるっつーのも非常に不思議な話なんだよな。法人担当の東大出のエリート銀行マンと融資やらM&Aの話したり、弁護士や会計士と相談して資料を用意して裁判所に提出したり、売上を作るのに年間計画を立てたり、証券会社のアナリストを相手にしたり、ほんと俺のやっている仕事は脈絡のないことばかり。俺が困難から逃げようとしないから、俺んとこに何でも来てしまうっていうのは確かにある。そう考えると、俺は、どんだけ少年時代の生活と懸け離れた人生を送っているのかと。よく言えば、なんでも出来るし、何でもやるのが俺の流儀だと思うしかない。それで俺のキャパが広がるから、逆にやめられない面白さもあるし。ま、そんでも、見たくもない人間の修羅場は結構見る羽目にはなることは事実。お母ちゃん、年老いた親が泣き崩れたりする場面にも立ち会うこともある。「人が常軌を失うとは、こういうことなのか」っていう。俺は人間が優しいせいか、いくら仕事とはいえ、非道な真似はできんから、泣いてる家族を見てるとほっとけないので、一生懸命に宥めちまう。そこが俺の弱さでもあるんだけど、これが俺の性分なんだから仕方ないと諦めてる。「いくら家族が可哀想でも、仕事なんだから、もっと非情に徹すべきだ!」と、よく仲間に指摘されてしまうけど、「はぁ、そうですか。すんませ~ん」とやり過ごす。でも、「案外、人間って修羅場になると、意外にも瞬時に達観したりもするもんなんだなぁ~」と逆に驚かされたりもして、「人ってのは意外と強い生き物」だと確信したりもする。少なくとも、みんな、俺よりも強い。俺なんかが可哀想だと思っていくら同情しても、俺が思っているほどには相手に俺の気持ちは伝わっていないというか、「お前みたいな奴なんぞの同情なんかいらん!」と自分の足で立っているのかもしれん。今回の熊本地震なんかでも、マスコミのステレオタイプの悲惨な犠牲者を煽ろうとする報道が問題になっているが、前回の東日本大震災の時以上に、そこんとこのギャップが明らかになっているとも言えるのかもしれない。ちょっと、違ったか?