日本の最近の経済成長と賃金上昇
図2. 日本の実質GDPとその構成要素の経済成長率(%)
出典:内閣府
インフレはついに日本に戻り、2022年後半にピークを迎えたが
日銀は喜ばなかった。
インフレは、日銀と政府が予想したように賃金上昇に支えられた
国内需要の刺激とは関係がなく、外的ショック、つまり円安と関係していた。
日銀は、長期債金利が徐々に上昇できるようにいくつかの調整を加えたものの
マイナス金利政策とYCCを継続
2022年に米連邦準備制度理事会が急速に金利を引き上げたことで
日米の金利差は大きく開き
そのため、1月の1ドル110円から10月には150円へと大幅に円安となり
2024年5月現在では約156円となっている。
ロシアのウクライナ侵攻後のエネルギー価格と食料価格の上昇と相まって
円安により消費者物価指数のインフレ率は
2022年後半には4%以上にまで上昇
図3に示すように、2024年3月現在では2.7%に鈍化
図3. 日本の消費者物価指数インフレ率(%)
出典:総務省
問題は、名目賃金の伸びがインフレ率を大幅に下回ったことだ。
図4が示すように、実質賃金の伸びは
2022年4月以降24か月連続でマイナスとなっているが
2024年1月には下落幅が縮小した。
これは、「新しい資本主義」が予想していたこととは逆である。
出典:厚生労働省
岸田政権は、賃上げを積極的に呼びかけており
大企業もこのところ積極的に応じている。
主要子会社ユニクロで知られるファーストリテイリングは
2023年に賃上げを40%実施し、他の企業も追随
日本経済団体連合会でさえ賃上げは、企業の責任だと主張している。
毎年春に労働組合と賃金交渉を行う「春闘」と呼ばれる企業では
2023年の平均賃上げ率は3.6%と、図5が示すように以前より大幅に上昇している。
2024年には賃金上昇率はさらに高くなると予想されている。
連合によると、春闘で初めて発表された賃金上昇率は5.3%で
1991年以降で最高となった。
その直後、日銀は2007年以来初めて金利を引き上げ
マイナス金利政策とイールドカーブ・コントロールを終了
https://www.boj.or.jp/en/mopo/mpmdeci/mpr_2024/k240319a.pdf
日本経済は賃金上昇と総需要の拡大に伴い
ようやく健全なインフレを達成できると判断したため
賃金・物価スパイラルに大きな懸念を抱いた米国とは対照的に
日銀はアベノミクスの実施以降、このプラススパイラルを積極的に追求してきた。
図5 春闘での賃金上昇率(%)
出典:日本労働組合総連合会
必要なのはマクロ経済学ではなく、賃金上昇の政治経済学
労働組合のある大企業は賃上げに取り組んでいるが
多くの中小企業は賃上げの余地が小さく、賃上げ停滞に大きく寄与している。
さらに、賃上げに不可欠な労働組合の役割は極めて限定的である。
そのため、2023年の名目賃金上昇率は企業と労働組合の賃金交渉の成果を
大きく下回る1.2%にとどまった。
https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/r06/2401p/xls/fu2401p.xlsx
これは、最近の日本株高とは対照的である。
日経平均株価は2024年3月下旬に4万ポイントを超え
バブルのピークだった1989年12月を上回った。
この急騰は、主に企業収益の増加、企業統治改革を通じた政府の
株式市場支援の取り組み、海外からの投資流入と関連していた。
しかし、2022年時点で日本において株式市場に投資する人の割合は
全人口のわずか12%に過ぎず、貯蓄のない人の割合は約27%であった。
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/roudou/23/dl/23-1-2-2.pdf
日本社会全体で賃金上昇の緊急性が認識されつつある。
厚生労働省の最近の報告書は、賃金が 1% 上昇すると消費と成長が促進され
生産が 0.22% 増加し、16 万人の雇用が新たに創出されると主張している。
しかし、10 年にわたる政策実験を経て、この種の賃金上昇は
実体経済内の力関係の再調整にかかっていることがますます明らかになっている。
図1-1-1 労働組合員数の推移 1947年~2022年 各年6月30日現在
図1-1-2 労働組合 推定組織率の推移 1947年~2022年 各年6月30日現在
日本の労働組合組織率は、数十年にわたって低下し続けており
非正規労働者の割合も増加している。
労働組合組織率は、1980年の30.8%から2000年には21.5%に低下し
さらに2022年には16.5%にまで低下し
パートタイム労働者の労働組合加入率は2022年にはわずか8.5%となっている。
非正規労働者が全労働者に占める割合は
1990年の約20%から、2022年には約37%にまで上昇し続けている。
日本の労働組合は、産業レベルではなく企業レベルで結成されている。
個々の組合は典型的には細分化され、分散的な行動を取り、交渉力は限られている。
近年、日本の労働組合は、ますます使用者との協力に目を向けるようになっている。
実際、2022年のストライキは、わずか65件だった。
ストライキは1974年に9,581件でピークに達したが、1990年には1,698件
2005年には129件に急減し、2008年以降は100件未満にまで減少した。
2023年8月の西武百貨店労働者によるストライキは
百貨店労働組合としては61年ぶりのストライキであり、日本社会に衝撃を与えた。
日本の賃金上昇には、社会的合意だけでなく
労働者の組織化闘争が不可欠であることは明らかだ。
今後、持続的な経済回復に向けた計画は、労働者の交渉力強化と
非正規労働者や中小企業労働者の労働組合化促進を優先しなければならない。
力関係の根本的な変化がなければ
岸田新資本主義から新しいものは生まれないだろう。
[Kang-Kook Lee, “Kishida’s New Capitalism” Phenomenal World, June 6, 2024]〔This article was originally posted on Phenomenal World, a publication of political economy and social analysis. All rights, including copyright, belong to Phenomenal World.
本記事は、政治経済と社会分析の専門誌『Phenomenal World』誌に掲載されたものであり、翻訳許可を受けてここに公開している。著作権等の権利すべてPhenomenal Worldに帰属している。〕
この記事はリフレ派が書いたのかな。
まるで日本が積極財政に転じているのに
給料を上げない中小企業が悪いとでも言いたげな
そもそも超緊縮財政の国家において、おいそれと給料を上げるなんて不可能だ。
確かに、日本の労働者階級の力は非常に弱い。
労働組合の組織化については、業界ごとの再編が必要だろうし
それによって闘争力を高めなければならない。
でも日本経済は、それ以前の環境で、圧倒的な需要不足は
まったく改善されておらず、少なく見積もっても30兆円ぐらいの
デフレギャップが、ずっと根強く残っている。
この圧倒的な需要不足の前では、労働闘争も無力に終わる。
問題は、日本のマクロ経済にあるのであって
労働者側にあるのではない。
マクロ環境が悪いから、労働者の団結も弱くなり
労働者の組合組織率も悪くなる。
労働者側の視点に立てば、もっと団結して
政府に、強硬な直接財政支援策を講じることを
迫らなければいけないのかもしれない。
しかし労働者の立場というものは、古今東西を問わず
非常に弱く、常に脆弱性に晒されているものである。
また彼らに、経済論争ができるとは思えない。
圧倒的な需要不足の前では立ちすくむしかできない。
この記事は、まったくマクロの視点がなく
各種の経済諸説、経済学説に照らし合わせても
内容にも根拠にも乏しく、採点できない水準で
むしろ英語圏の読者に、大きな誤解を招くものとなっている。
こういう供給ショックによるインフレでは
常にインフレ率が、賃金上昇を上回ってしまう。
そのため政府による直接財政支援が欠かせないし
毀損してしまった供給能力を回復するための、財政支援も欠かせない。
つまり税によらない政府部門による圧倒的支出の拡大が
今ほど求められていることはないのだが、この記事はそれに一切触れない。
その遠因は、財政均衡主義・健全財政・緊縮財政といった
「ザイム真理教」から来ているものであろう。
結局のところ、現在の資本主義は、政府による財政政策ぬきに語れず
「酸素吸入」という財政政策なしでは
現代の資本主義が延命できそうにないことを
この記事は、暗に示しているのかもしれない。