出会って、2年も経たずに結婚するひとたちを見ると、
出会ってからの時間とか、付き合ってからの時間とかって
そんなに関係ないのかなって思う。
膨大な時間を必要としないのなら、
あたしにだっていつか現れるかもしれないと、思う。
出会って、好きになって、その後の人生を一緒に歩みたいと思えるひと。
あたしはこれからも生きて、きっと色んなひとと出会うだろう。
だから、可能性はゼロじゃない。
その中にあたしを見つけてくれるひとは、きっといる。
そう、信じたい。
いまは。
出会って、2年も経たずに結婚するひとたちを見ると、
出会ってからの時間とか、付き合ってからの時間とかって
そんなに関係ないのかなって思う。
膨大な時間を必要としないのなら、
あたしにだっていつか現れるかもしれないと、思う。
出会って、好きになって、その後の人生を一緒に歩みたいと思えるひと。
あたしはこれからも生きて、きっと色んなひとと出会うだろう。
だから、可能性はゼロじゃない。
その中にあたしを見つけてくれるひとは、きっといる。
そう、信じたい。
いまは。
誰かの為に何かをしたいと思うあたしは、
自分の為に何かをすることができない。
そんなの、優しさでも、健気さでもない。
ただ、自分の意思がないだけ。
自分の行動すら自分の責任にしたくなくて、
行動理由を他人の中に求めているだけ。
優しくも、健気でもない、
狡いだけのあたし。
あたしの居た場所には、今では新しい世界ができていて、
あの人はその世界の中でそれなりに楽しくやっている。
それはきっとよいことなのだと思う。
あたしみたいにあの頃の気持ちを抱えたまま待ち続けるより
とても前向きで、健康的で、あるべき姿なのだろう。
そう思っているはずなのに、
あたしは、そうなりたい?
・・・問いかけてみても、素直に頷けない自分がいる。
あの人の居た場所は今でもぽっかりと穴が開いたまま。
思えば五年前。
父が入院したとき、その深刻さをあたしは分かっていなかった。
母は子供たちに対してあまり詳しいことを説明してくれなかったし、
あたしはあたしでそれがとても恐ろしいことのような気がして尋ねることができなかった。
そんなあたしだったから、手術の話を聞きいても実感が湧かなかったけど、
母が「死ぬかもしれない」と言って泣いたとき、
初めて真実の残酷さを知ったんだ。
あれから五年。
父は生きていて、いま再び選択を迫られている。
このままにすれば、桜の季節を迎えられるかどうか分からない。
そんな現実を前に、生きながらえる処置を行うかどうか選ばなければならない。
あたしは、父の選択に賛成もしないし反対もしないつもり。
ただ、どちらになっても、最大限の協力をしたいと思う。
どうか、後悔のない生を手にしてくれますように。
友人のブログで見かけた言葉。
『立ち止まって振り返る人間は、けっして幸せになれないんだ』
じゃあ、立ち止まって過去を振り返ってばかりいるあたしは、
幸せにはなれないんだろうか。
他人の言葉を鵜呑みにする必要はないと知りつつ、
そんな風に考えてしまうあたしがいる。
今だけだから、もう少しの間だけ・・・
言い訳ばかりがあたしの胸を満たしていく。
気づいては、いるんだ。
あとは、どう行動するか。
それだけなんだ。