依然落ち込みモード | 精巣腫瘍治療記+α

精巣腫瘍治療記+α

2009年末、21歳で精巣腫瘍に罹患。一度は転移なしとなったものの翌年再発し5月から化学療法。患者であると同時に薬学生でもあるので、患者側と医療側双方の視点でこの病気と向き合っていければと思います。また自分の病気とは関係ない勉強、研究、趣味の話もちらほら。

今日、大学の医学部の付属図書館に行ってきました。
自分自身、薬学部にいるので医学部図書館もけっこう頻繁に使うんですが、今日の目的はちょっと違って。
癌とか、特に自分の病気について、ちゃんと調べてみようと思ったわけです。

…が、ろくに読まないうちにやめてしまいました。
各癌に特化した本があって、その中に精巣腫瘍についての本もあって。
疫学的なこととかもちゃんと書いてあったんですな。
そこにあった内容はwebとかで既に知っていた内容で、むしろ80年代の本だったのでちょっと古いくらいだったんだけど、
なんというか、ああいう風にちゃんとした形で書いてあると印象が違うというか。
数字やグラフに表されると、怖いです。
怖くなって、読むのをやめてしまった。



薬学部の講義の中に毒性学のようなものがあって、副作用について学んだりします。
薬である以上副作用は必ずあるものですが、そのなかには、予測可能なものだけでなく、
思いもよらない機構で起こる、しかもかなり低頻度で起こる、予測困難なものもあります。
そういう副作用には、開発段階では気付けず、市場に出て多くの人に利用されてはじめて発覚することも多い。
それで、たとえば何万人に1人とかの割合で重篤な副作用が起きてしまうと、その薬は発売中止とかになっちゃうそうです。
この話を初めて聞いた時、素朴に変なの、と思いました。
実際に被害に遭われた人には申し訳ないけれど、数万人に1人くらいならば別にいいではないか、と。
もちろん効果の度合いとか代替できる薬が他にどれだけあるかとかにもよるのだろうけど、
少なくとも臨床試験を通って一定の効果が認められた薬を、極低頻度の副作用のために無くしてしまわなくても良いだろう、と。
その時に先生が仰ったのは、
「副作用にあった患者にとって、何人に1人とか何%とかいう数字は関係ない。
 実際に被害に遭ってしまえば、統計的な数字は意味をなさない。」
ということ。

こう言われた時にはあまりピンとこなかったのだけれど、今ならちょっとは分かる気がします。
いくら10万人に1人の疾患と言われたってそんなものなってしまえば関係ないし、
周囲の人にも、特別この病気に気をつけてほしいと思ってしまいます。
自分の場合はこの疾患にかかった原因は明確でない、というか運が悪かっただけだと思うけれど、
もしもなにか明確な原因があったのならば…例えばある薬物の服用という原因があったのならば、
世界中の人たちに、その原因を何としてでも避けてほしいと、そういう風に思うのかもしれません。
実際は他の疾患に罹患する危険の方が絶対高いのにね。
そして同じように、これから起こることについても。
再発確率20%という数字は、全く自分を安心させる方向には働いてくれません。
これはたぶん、1%でも0.1%でも同じように思うんだろうな。

だめだー、精神的に弱い。弱い。
どんどん考えが悪い方向に行ってしまって、というか、そうやって、
不幸な自分みたいなのを演出したがっているのかもしれませんね。
だめだ、って思ったりもするけど、気付くと変なことを考えている。
学校にいたりして人といると大丈夫なんだけどね。
誰か俺をなぐさめてくださいー(爆)



まもなく卒業研究をする研究室が決まりますが、今まで癌の研究室もいいなと思ってたんですが、嫌になってきた。
癌研究をするということは動物に癌を誘導するということで、あまり見たくはないですな。
それは、生命倫理とか言うことではなくて、私的な感情として。