米国大手証券のリーマン・ブラザーズが破綻しました。
色々と情報が出ているので、ここでは言いませんが、
これは日本にいる私達にとっても、大きな歴史的大事件だと言えます。
最近、このようなメディアを騒がすような破綻が非常に目立ちますね。
不動産関連の破綻が目立っていましたが、それらも、私達の生活環境を大きく左右する
出来事です。
ですが、日本にいる多くの人は人事というか、無関心な人が多すぎる気がします。
昨年のサブプライムローン問題は、直接的に、
消費者にも大打撃を与え、痛手をおった人は多かったと思いますが、
このような海外の大型破綻も、人事ではなく、
日本にいる私達自身に大きく影響を与えると考えていく必要があるように思います。
今思えば、7年前の2001年9月11日に起きた同時多発テロの時、
ちょうど私が18歳の時です。
その日、実家で昼頃おきて、リビングに行った時、
何気なく見たテレビで、同時多発テロのニュースがやっていました。
そのとき、母親から
「これからこの事件はずっと語られる歴史的な大事件だよ」
と言われた事を思い出します。
日本にいて、大学に通っていた私にとって、それほど重要な事件ではない感覚で、
その時を過ごしていました。
今でこそ、各メディアの扱いにより、日本にいる私達にも、事の大きさを実感できている人は
多いと思いますが、当時、自分自身の問題として911を受け止めていた人は少なかったように思います。
この事を象徴するかのように、梅田さんの著書「Web進化論」にこのような事が記載されていました。
以下「Web進化論」より
2001年、9月11日の同時多発テロの衝撃から数ヵ月後、私は、「9月11日」という日が
自分の前半生と後半生を分ける分岐点になるに違いない、と予感した。
それを聞いたある友人から「君は珍しいものの考え方をするねぇ」と半ば揶揄のこもった
コメントをもらった。
確かに考えてみると「大きな環境変化が起きた時に、真っ先に自分が変化しなければ淘汰される」
という「シリコンバレーの掟」に、私は知らず知らずのうちに強くえいきょうされていたのだろう。
その段階では、まだイラクでの戦争は起きていなかったし、9月11日という日を境に
世界がどれほど大きく変わるかは、客観的にまだよく分からない状況にあった。
{省略}
・・・・・・・・変わり行く日本企業社会で新しく生まれた「経営に正式に関与する社外人材」市場での私の株は、自分で言うのもなんだが、急上昇していた。そんな時期に
「これまで引き受けた仕事はすべてきちんと続けていくが、もうそういう委員みたいな
仕事は新しく受けない」と決心した。
なぜそんな思い切った転換を実践したのか。
それは「9月11日」への日本の反応、特にエスタブリッシュメント層の有識者たちが示した反応に、深い失望感を抱いたからだった。
思想的にどうこういうことではない。あれだけの衝撃が世界を襲った時に、
当事者意識を持っていれば必ず動くだろうはずの反射神経がまったく動かない「古い日本」
そのことに愕然として力が抜けると同時に、知らず知らずのうちに自分の中にもしみついた
「古い日本」を脱却して、「新しい自分」を構築しなければと強く思ったのである。
グローバル化と言われてもう何年たつのか分かりませんが、
いまだに、古い仕組みと常識に固執し、国内にしか視野を広げない古い日本の体質が
各所にちらほらと見られます。
そのような世代が今の日本の中枢にいて、若い人を指導しているのが今の日本です。
グローバルに活躍する日本人たちに共通する
「転職によるいい意味での人生急展開」
「新しい場での新しい出会いがもたらす全く新しいオポチュニティの到来」
「組織に依存しない個人を単位としたネットワークがフル稼働することの強靭さ」
「いつ失職するかわからない緊張感の中で、常に個としてのスキルを磨き
自分を客観的に凝視し続ける姿勢がいかに個を強くするか」
といった新しいキャリア・パラダイムについて、日本のエスタブリッシュメント層の人々は、
頭で理解できても、経験に裏打ちされた想像力がまったく働かない。
グローバルに活躍する日本人に対して、特別だという類の表現を良く耳にするが、
特別なのではなく、将来日本の人々が経験するはずの世界を先に経験した
普通の人たちなんです。
今の時代の変わり目に、そのような古い日本の思想を持った権力者の言葉に、
果たして、今の若者が共感できるのでしょうか。
3年で会社を辞める若者が問題になっていましたが、
若者がいけないのか、教育者がいけないのか。
インターネットの出現で、世界との距離が大きく縮まった現代で、
どんな企業も人も、世界に視野を向けて思考し、行動していく事が大事です。
視野をグローバルにし、自分自身の問題として感じる事が、
この時代を生きる為の、大切な資質になる気がします。