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<川島みなみ編 Side-B1(憂鬱)>
上昇する気温のせいで、7月のグラウンドは見ているだけで熱をすべてもっていかれそうになる。
実際に立ったらあまりのしんどさに倒れてしまいそうだ。ましてや今日は風もふいていない。
ここ何年も続く猛暑はどうかしている。母に言わせれば昔はこんなに暑くなかったとのことだ。
暑くはあったがクーラーなど必要なく、扇風機ひとつで十分過ごせたという。
私も小学生の頃、群馬に住む親戚の家に遊びに行った時、東京とは違う空気に驚いたことがある。
こんな心地いいのなら、夏場に節電がどうとか水不足がどうとかなんてもめることもないだろうに。
それにしてもこんな暑さの中、野球部員はよく練習ができるものだ。
でもよくよく見ると、それほどしっかりとは練習をしていないことに私は気付いた。
今グラウンドに居るのは8~9人。
確か野球部は20人ぐらいいるらしいが、約半分しか来ていないことになる。
ランニング、キャッチボール、守備練習に取り組んでいるようだが、各自が勝手にやっているようでなんかバラバラだ。
こんなんで夏の大会やる気あるのかと思ったが、もう予選はとっくに終わっているのだった。
そういえば野球部は2回戦で負けていた。そりゃすぐにやる気は起きないかともしれない。
しかし気合のない練習風景をみていると、こっちの気分がだれそうになった。
だったら見なけりゃいいという話だが、そうもいかないから困る。
なぜなら私、川島みなみは、この野球部のマネージャーになったのだから。
野球部顧問の加地先生がグラウンドに入ってきたのを確認して、私も中に入った。
先生はその場で部員に集合をかけ、いくつかの連絡事項を告げたあと、あらためて私を紹介した。
「2年4組の川島みなみです。よろしくお願いします。」と軽くお辞儀をすると、
「うぃーっす」と気のない返事が返ってきた。見渡すと見知った人間は誰もいない。
いや一人は確実にいるはずなのだが、今はいないようだ。だとするとサボりか・・。
私のマネージャー就任挨拶はあっさりと終わり、再び気の無い練習が始まった。
就任したからには私がサボる訳にはいかず、その実務をこなさねばならない。
マネージャーは私だけではなく、もう一人いた。
文乃という1年生の女の子だった。見た目はおとなしい印象だが、作業について質問するとこと細かく答えてくれて助かった。
どうやらかなり頭のいい子のようだ。でもなんで野球部のマネージャーをやってるんだろう?
私が通う程高校は、いわゆる進学校だ。ほとんどの生徒が大学に進学する。場合によっては就職したり、専門学校に行ったりする。
だからといって部活動が、特に運動部がおろそかになる訳でもない。
アーチェリー部は今年も全国大会に行ったし、登山部も関東大会に出ている。
有名実業団に陸上部のOBもいるらしい。
まあそれなりに文武両道を保っている高校なのだが、野球部はこれといった実績がないままだった。
県内には私でも知っている実力高校が何校もある。組み合わせいかんで準決勝、準々決勝まで行ければ大したものだが、ここ数年は2~3回戦で負けている。
一応県大会決勝まで行ったことがあるらしいが、かなり前のことで野球部が盛り上がったのはそれが最後だったそうだ。
高校野球は一発勝負だ。プロと違って何回もやり直すことはできない。
どんなに実力があっても不運に見舞われれば負けてその場限りだ。
まあ、程高校野球部が勝とうが負けようが、私の将来にはほとんど影響がないけども。
まさか、あの子の体に何かしらあったりはしないだろうけど?・・。
その後、私がマネージャーになったからといって、急に野球部が盛り上がるはずもなかった。
毎回誰かしら練習をサボり、部員全員が揃わないままのだらけきった練習は1学期の終わりまで続いた。唯一成果と言えるのは、いとこでもある二年の次郎とようやく顔を合わせたことくらいだ。
「よう、マネージャーになったんだってな」その日の練習前、スパイクを履きながら次郎が言った。
「あんた何でずっと練習に来なかったのよ」私は責めるようににらみつける。
「いや数学で赤点取っっちまってさ・・・。補習を受けてたんだよ。もともと苦手な科目だったけどさ。赤点はまずいだろ。さすがに必死になってさ」ブツブツと気まずそうに次郎は答えた。
「まあそういうことなら仕方ないけど。でもよくその成績でこの学校に受かったわよね」
「・・いきなり傷つくこと言いやがって。俺も入学出来るとは思わなかったよ。でもお前が一緒に勉強してくれたからさ。しゃかりきにやってたけど、まさか本当に受かるとは思わなかった」
「学校側の採点ミスじゃないかって、ずっと疑ってたもんね」
「お前だって中学に比べれば成績ガタ落ちなんだろ」
「うるさいわね。周りに秀才が集まれば必然的に落ちるわよ。」
「中学の時は必ず10位以内に入っていたのにな。アイドルが落ちるのは悲しいね・・。」
「誰がアイドルよ!いいからさっさと練習行きなさいよ!」
私は次郎にミットを投げ渡した。
「・・・でもお前がマネージャーを引き受けたのは驚いたよ。もういいのかよ」
「・・よくないわよ」目をそらして私は言った。
「あんたこそ、高校に入ったら放課後ライフを満喫するとか言ってたくせに。典型的な野球バカよね」
「悪かったな。やっぱり俺は忘れられないよ。お前とあの公園でやってた野球がさ」
そう。小学生の頃、私はいとこの次郎と毎年のように親戚の家を訪ね、そこの子供たちと草野球で遊んでいた。
あの夏を忘れない。忘れられないと次郎は言った。
無言になった私を見て、気まずそうに頭を掻いて次郎はグラウンドに逃げた。
7月22日。終業式が終わると私はグラウンドには行かず、そのまま学校を出た。
サボりではなく野球部絡みの用だが、私からすれば野球部よりも大事な要件なのだ。
普段は使うことのないバスに乗って4つ目の停車場を降りた。すぐ目の前に見えるのは市の総合病院だ。玄関から入ってすぐの総合受付には、まだ結構な人が座っていて、会計と薬が出るのを待っている。
ほとんどがお年寄りだ。ほんとにこの人は病気なのかと思うくらい、隣の人と談笑している人もいる。
そこまで元気なら近所の個人病院に行けばいいのにと、以前母にぼやいたことがある。
すると厳しい口調でたしなめられた。
「人はね。一度お世話になった病院はなかなか変えないものなの。しがらみとかじゃなくてね。
一度治ると安心してその病院を信頼するの。何があっても大丈夫と思うのよ。」
私は病院通いをした経験がないので、その辺は分からない。
だが健康であることが幸運なことはよく分かる。
「それにね。見た目は元気そうでも、その人は実は難しい病気を抱えているかもしれないでしょ?
外見で判断しないの。あなただってそういう人がいるのをよく知ってるでしょ?」
4階の入院病棟に入ると、独特のにおいがする。
私はずいぶん慣れたと思うが、このにおいで外の世界とは違う空間に迷い込んだような、
いや断絶されて、隔離されたような気になる。
さすがにこんなこと彼女には言えないけど・・。
廊下の一番奥にある4人部屋の病室に入ると、窓際でゆうきがベッドの隅にちょんと腰掛けながら外を眺めていた。かわいらしいピンクのパジャマを着ているが、左腕に点滴の針が刺してある。
見るたびに痛々しいが、そのことには触れないように彼女に声をかけた。
「おーい。来たよー」
「あー来てくれたんだ」とゆうきはうれしそうに言って私の方を振り返り、ベットの枕元に座りなおした。
「今日は終業式だったんだよね?」
「うん。それで先生から頼まれて持ってきたんだけど成績表やら何やら・・。まあ後でじっくり読んでね」
「・・・うん」
袋から成績表を取出してゆうきに渡し、残りはベットのわきに置いてから、私も椅子に腰かけた。
「お母さんは?」
「ん?夕方には来るよ。毎日お昼と夕方の2回来てくれるんだけど・・」
「大丈夫なの?」
「もう個室から移ったから大丈夫だよ。ゆっくりなら歩けるしね」
「無理しないで。何かあったら看護婦さんに言いなよ?」
「”看護婦さん”じゃなくて”看護師さん”ね。うん、分かってる・・。そんなに出歩くなって言われてるしね。だってこの病棟、病室それぞれにトイレがついてるのよ。要はここから出るな!ってことでしょ・・。ちょっと心外だけどね」と言ってゆうきは笑った。
もともとゆうきは元気はつらつな女の子ではなく、どちらかと言えばインドアな方だった。
割と活発な私とは対照的なのだが、どこかしら気が合い、付き合いは中学校からになる。
彼女が高校に入って、野球部のマネージャーになると言い出したのは驚いた。
どうみても文化系のクラブに入るものと思っていた。
「その髪型って看護婦さんがしてくれるの?」
話題を変えて自分の髪を軽く触れながら、ゆうきの三つ編みについて聞いた。
「うん。朝に頼んでみたらやってくれて。それくらいのことはしたいじゃない?まあ見てくれる人はいないけど」
「その髪にメガネかければ、はかない文学少女の出来上がりだなーと思って」軽い感じで私は言った。
「え?私ってそんなキャラ設定なの?」
「図書室にいれば間違いなく注目されるんじゃない?あーもったいないもったいない」
「しまった。だったら早く教えてよー」
「いや女子マネージャーという属性もそそるものが・・」
「その割には今のところ何にもないんだけど・・・おかしくない?誰も声をかけてくれないなんて」
「誰かが木の陰からそっと見てるんだよ、誰かさんが。誰かは知らないけど」
「見てないでさっさと声をかけて欲しいわ。・・私が男だったら、もしかして看護婦さんとなんてありなんだろうけど」
「やっぱそういうのありそう?」
「いやごめん、ないない。みんなテキパキ仕事するんだもん。ラブコメの入る余地はないわよ。
って病院の内情に詳しくなるハメになるとは思わなかったわ・・」
「・・そうね」
こうして話をしていると、ゆうきは至って普通の17歳の女の子だ。ぱっと見ればまさか彼女が心臓の病気だとは思わないだろう。
「なんかおかしいなとは思ってたんだけど、まさか心臓とはね・・」以前にも言っていたセリフだ。
病名は特発性拡張型心筋症。要は心臓病の一種だが、心臓の血管が詰まったりするものではなく、
心臓の筋肉が弱くなる原因不明の病気らしい。今は薬を徐々に投与しながら様子をみている段階だという。入院前、急に動悸・息切れがひどくなり、歩くのもしんどそうになった彼女の姿を見たときはショックだった。
「みなみだって女子マネージャーっていう属性を手中に収めたわけじゃない?どうなの?」
ちょっと沈みがちな空気を変えるようにゆうきは言った。
「いや、どうだろうねぇ・・」
ゆうきが心臓を悪くして入院したのは7月初めのことだった。
その際、担任から代理としてマネージャーをやってくれないかと言われたのだ。
まったく予想外の話だったが、受けてしまった。
野球部に関心はなかったし、別に気のある男の子が部員にいるわけでもない。
「ねえ。練習ってけっこうだらけるもんなの?」私は今まで見てきた野球部の練習風景を思い浮かべながら言った。
結局、部員全員がグラウンドに揃うことはなく、それに対して顧問の加地先生も何も追及しなかったし、各自が気ままにやっている感じで、統一感みたいなものはまるでなかった。
何より肝心のピッチャーである浅木慶一郎は終業式の日までついに来なかった。
「なーんかやる気あるのかしらこの人たちって。あれじゃドラマが生まれようもないわ」
「・・まあ、夏の大会の予選が終わった後だからね。気が抜けるのも仕方ないかも」ゆうきは肩をすくめてながら続けた。
「でも真面目な子はいるし、実力はあると思うんだけど・・」
「別に気合だーってのはダサいからいいんだけど、バットを振るのも打球を捕るのも気が抜けているというか、格好良くないというか・・」
「・・・あれ?みなみ野球詳しかったっけ?」ゆうきに唐突に聞かれ私は
「あぁ・・・昔草野球やったくらいだよ。あとはマンガ」
答えがぎこちない気がしたが、ゆうきは気に留めなかったようだ。
「私もそう。あだち充先生とか。メジャーとか。水島新司も読んだかな。お父さんが持ってて」
「ああ、ドカベン?」
「・・もそうだし大甲子園も。男ドアホウ甲子園も読んで水原勇気にあこがれたけど」
「ゆうきの名前はそっからなんでしょ?」
「いやちょっと怖くて、まだ親に直接聞いてないのよ・・。でもやっぱ運動神経がなくて全然ダメだったな」
彼女が野球部のマネージャーになった理由は、入部するときに一度聞いた。
「うん、まあ・・自分が出来ない分、その場所を近くで見たいとか。同じ場所に立ってみたいとか。
憧れかな。・・なんか格好いい言い方になっちゃうね・・」
照れて前髪をいじりだすゆうきを可愛らしいと思いながら、同時になぜか「儚げ」という言葉がその時浮かんだ。それが不吉な予兆だったなんて、考えたくもない。
「うん。野球は好きなのよ。マンガだけじゃなくて。プロ野球も高校野球もTVで観るのはすごく好きだった。スポーツ選手はみんなそうだけど、自分の限界を知るためとか、とことん追求するとか・・。格好いいよね。・・でもその先ってなんだろうね・・」
「・・・うん。どうなんだろうねぇ。それは聞いてみないと何とも・・」
私は急に深くなった話に困りながらもごもごしてしまった。
「そうだよね。ゴメンゴメン・・」変なこと言っちゃったとゆうきは笑いながら言った。
「ううん別に・・。でも高校野球ってそこまで追求するものなのかな?」私はふと聞いた。
「うーん。中にはそういう子もいるんだろうけど、目的じゃないよね?野球部に入ってそこからプロを目指すなら話は別だけど、何をしたいかって言えば・・」
「試合して勝ちたいんでしょう?負ければ悔しいし、また挑戦して勝てればうれしいし楽しいって・・。それだけじゃだめなのかな?」
<続く>
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