いやー久しぶりに更新です。

 このBLOG誰も読んでくれて人じゃないかと・・・思っていましたが。

 

 さぼっていた間に・・・楽しみにしているとの書き込みをいただいていて

 再び書こう!と再開です。


 一人でも読んでいただくと・・やる気が出ますね。



 サイババに会うために経由地バンガロールに到着。今ではバンガロー
ルはインドのシリコンバレーとも呼ばれているITの中心地です。インド
は禁酒の州もあり。お酒はタブー視されている中・・若者が飲みにいけ
るようなパブがあり・・南インドでは開放的な都市なのです。


 この街から・・北上し約5時間私たちはサイババのいるプッタ・パル
ティへ向かいます。時間の記憶が確かでないのですが・・途中で・・あ
る宗教施設に立ち寄りました。飾ってあるサイババの写真から灰が出て
いるというのです・・。確かに・・確かに写真の周りに・・ガラスから
灰が噴出している・・・。不思議だ・・。


 12月とはいえ日中の温度が30度以上です・・アスファルトから湯気が
でてきて・・蜃気楼のようになり・・対面の車が映画のワンシーンのよ
うに見えます。


 プッタパルティの街に入ると・・小型用のジェット機の飛行場や病院
が最近作られて・・サイババの街が形成されています。


 ホテルにやっと到着。しかし・・なんとまだホテルが建設中。今日完
成するとガイドが説明するが・・。何だ・・電気もつかないし・・部屋
にベットも布団もないではないか・・。


 ともかく・・何とか部屋にだけは入ったが新築マンションに入居した
初日のような状態。百戦錬磨の添乗員もこれには参った。団の皆さんの
心中を考えると・・すぐに電光石火のアクションを起こさねばならない
。現地のガイドは役に立たない。工事現場の親分にチップを払って・・
ろうそく、布団、水、果物の買出しに走らせる・・幸運なことにシャワ
ーだけはOKである。お湯を各部屋に手配し・・段取りを整えるがインド
タイムで布団がなかなか届かない・・。すべての・・手配を終えたのが
到着してから3時間・・夜中にはやっと電気がきた・・。


 なにせ明日は朝4時起床で・・サイババのダルシャンに出なければな
らない強行日程なのです。


 そして翌朝・・バンガロールで買った上下白の服に、オレンジのバン
ダナを首に巻く(このバンダナの色が国をあらわすらしい。)・・ダル
シャンの礼拝堂に到着すると・・すごい人の数である・・。長い時間が
流れた・・突然「オーム」という地響きのようなような声が流れ・・整
然とはだしになり・・礼拝堂に向かう・・。



 またどれだけ時間が流れたか・・・やがて荘厳なバックミュージック
と共にスワミ(サイババ)は満面の笑みをたたえて現れた。皆、手を合
わせて・・涙ぐんでいる人もいた・・手紙を受け取り、一言声をかけ・
・礼拝堂を回っていく・・途中で選ばれた人が・・別室でサイババと直
接話ができるようで・・みなその為にここに長期間滞在しているらしい
。滞在する日本人の方から「27日間日本人は誰も呼ばれてないんだ・・
私も2ヶ月いるがまだ呼ばれたことがないという・・。」そして・・わ
ずか10分ほどで・・ダルシャンは終わり・・私たちはホテルへと戻った。



 皆、旅の疲れでくたくたである・・午後の炎天下のダルシャンの希望
者は5名ほどであった・・。



 しかし・・その少数精鋭の希望者は・・・その別室のインタビューに
呼ばれサイババと話をすることになるのである。サイババの手から指輪
が出たのを確かに私も見たのである。

 今回はインド旅行の話をしたいと思います。


 添乗員として、インドを旅するのは本当に楽しみです。それは、いつ
も不思議な体験でこの国は溢れているからです。葉緑素が噴出したよう
な緑の空気、歩くスピードや、時間の流れまで何もかもが違います。


 南インド、コモリン岬こんなことがありました・・。北インドで沐浴
と言ったらベナレスですが、南インドで沐浴といったらコモリン岬と呼
ばれるところで、ベンガル湾、インド洋、アラビア海に望み聖地であり
ます。 


しかし日本人客がこの海岸に着くと・・貝の焼いたものや・・
民芸品を子供たちがマンツーマンで売りにきます。これは・・本当にし
つこく嫌気が差すのです。夕方・・ツアーのお客様が海岸で・・願い事
の書いた紙を海に流していました・・。また・・子供たちが集まってき
て・・民芸品を買ってくれとせがむのです・・しかしそのお客様がお経
を唱え出すと・・いままでやんちゃな子供たちが・・正座をして・・手
を合わせて一緒にお経を唱えていたのです・・・。


信心深い国の姿をみて感動しました。そして、私はあれだけ買うま

いと思っていた、民芸品を買ってしまいました。(笑)


 寺院を訪ねたところ・・妙な構造がありました・・仏教の寺院の柱を
見ていると・・・仏教の模様の柱が途中で壊され・・その上にヒンズー
教の模様の柱がつぎはぎで立っているのです・・歴史を感じさせられた
1シーンでした。


 一番不思議だったのは・・。道端であぐらをかいた少年が・・30CM
ほど浮く芸を見せるので10ドルでどうだといいうのです。OK。早速浮い
てくれとGOサインを出すと・・本当に30cmほど浮くのです。なんだこれ
は・・本当に浮いているのです・・たしかに・・まぎれもなく・・浮い
ている・・不思議なシーンでした・・。しかも、何回も浮くのです・・


。物理的には解明できないこの現象を見た私は・・打ちのめされ・・体
力まで奪われてしまいました。


 しかしそれを上回る不思議なことを体験したのです・・それはサイバ
バのいるプッタパルティで起きたのです。


(次回に続く) 





「井の中の蛙が外に出る」ことにより、いろいろなものに出会う。


それが旅である。


異文化に触れ、食べたことのない味に、体の細胞が反応する、刺激を受ける。

見たことのない、歴史の積み重ねの景色に、心の渇きが満たされるかもしれない。


僕はインドのデカン高原を旅したときに、

葉緑素が噴き出したような、緑の空気を吸い込んだ・・・。


その光景は、このオンボロノ頭のスクリーンに刷り込まれている。

人は感じる。感動する。「感じると」「動く」そこに感動がある。



旅は出会いの連続運動、いつもの退屈な自分にあわないのがいい。

日常は、いつもの退屈な自分だらけで、時にストレスになる。

毎日会う”自分”を殺せたら、毎日が旅に出ている気分になるかもしれない。


人は旅に出る


それは日常の自分を”殺しに行く”そんな 狩りに似ているかもしれない。


人間の目ん玉は・・・毎日の風景を記憶装置で記憶していく。

毎日・・同じものばかり見ていると・・目ん玉も 同じDNAでできている以上 

性格があって飽きてくるんだ。


いつものマンネリの自分を殺す旅に出ようではないですか。

ピラミッド最終回


 ナポレオンが175人の学者を連れこの謎を解こうとしてこの地に来た。


 ソクラテスやプラトン、ピラゴラス、レオナルドダビンチがピラミッ
ドにロマンを感じ先人の知恵のシャワーを浴びにこの地を訪れた。


 内部に入ったが、今までの建物とちがいレリーフなどがまったくない
。王墓といわれるが・・吉村先生いわくボタンのカケラさえ・・まった
く落ちていない。なぜだ?途中に大きな大回廊にでて・・玄室に向かう
。玄室は大きな、石棺がおかれているだけである。


 何のためにこのピラミッドが建てられたのであろう?
 しかもギザという場所に3基の建物が見事なバランスで並ぶのであろ
うか?

 ここからは愛媛の浪人の勝手な仮説である。


 人類は数学にたけた強力な繁殖力(ラムセス2世はその子孫)を持つ
天才をこの地に誕生させた。すでに20世紀の数学はすべてマスターして
いるような・・アインシュタインである。


 そしてその子孫はサンデーサイレンスのようなIQの高い集団を生み
出し、天文学、建設などの分野で分身を作ってゆく。しかし民は文字が
読めず、象形文字という絵文字のような文字でその意味を伝えた。
 
 この天才集団は・・その文字に法則を作り。天才だけが読める暗号と
もいえる言語を使っていた。その謎は後にナポレオンによりロゼッタス
トーンで解明されることとなる。これは他国への技術流出を防止するた
めである。


 天才達はすでに東京ドームを作る技術も持っていた。
 しかし・・人類を未来を残すために・・地球の資源を枯渇することな
く、公害も出すことなく、旋盤やプレス機も使うことなく。これからの
人類に緩やかな文明を保つためのヒントを残すこととなる。


 そして地球上に分散して行ったのかもしれない。


 ピラミッドは地球の大きさ、天文学が投影された点に注目したい。


 地球はN極とS極があり磁場がある。


 N極を知ることで北がわかる。太陽や星の位置で海を渡ることができ
る。サケが生まれた川に戻るのは・・・こういった法則で自分の位置を
知っているのかもしれない。生まれた場所に、大きな磁場があるのかも
しれない。みえないフォースである。


 ギザという場所に・・なにか特に意味があるような気もする。


 世界の人がここを訪れる。


 それは運命なのかもしれない。


 
 古代の先人のDNAが、この場所に人を向かわせているに違いない。

ピラミッド(2回目)


 ピラミッドの前に建つと、人間ってイマジネーションにかきたてられる。


 当時24歳の私は、このピラミッドに来るのがまず最初の目標だった。


 前日チェックインした、ピラミッドの近くのホテルでは、部屋から
ピラミッドが見える、見えないで説明を求められ疲労コンパイであった
。 悪いことに・・満月がピラミッドと重なり最高のシチュエーション
である。


 翌朝・・しらじらと空があけて来た頃目が覚めて
 散歩に出て・・・朝食までの間にピラミッド周辺を探索。


 砂漠の風に巻き上げられた、いにしえの砂が舞い上がり、地平線が膨
らんでいる。レンガの壁によじ登りながら・・朝日を見ていた・・・。


 すげー!地平線が砂塵をスクリーンに赤く染まり、低く反射し、赤い
円盤が出てくるように・・でかい太陽が昇ってくる。


 4千年前の太陽が今昇ってくる。


 朝日を浴びるというのはこのことを言うのかもしれない。


 太陽の神が崇拝されてきた意味が少しわかった瞬間である。


 

 エジプトではナイル川の流れで川を下り、北風で帆をあげれば上流に
登っていくことが出来る。


 こういった自然の背景がなければ、ピラミッドの石も運ぶこともでき
ない・・2.5トンの石が250万個も運べることはなかったであろう。



 若狭湾国定公園の一角、網野町「琴引浜」を旅したことがある。


 砂博物館「仁摩サンドミュージアム」というのがある。


 ピラミッドの形をしている。


 大きな砂時計が合って、元旦の日に砂時計が反転されるのが有名である。


 ところで、皆さん鳴き砂って知ってますか?


 砂浜を踏むと「キュッ、キュッ」と音が出るのです。


 この微粒な粒子からできた砂が砂時計に使われるらしい。


 ピラミッドがあるギザの砂は・・石が混ざったような砂なのだが、サ
ッカラの砂はこの砂である。



 実はこの砂が・・ピラミッドの中で発見された。


 石だけで作られたのがピラミッドではないのである。


 砂の部屋があるといわれている・・。


 ひょっとしたら・・・その砂の部屋にこそ・・
 歴史を覆す・・大きな謎があるのかもしれない。


 ピラミッドはパンドラの箱なのだ。