悠斗です。
動画を作る仕事をしています。
最初に、
「動画、お願いできますか?」
と言われたときのことは
よく覚えています。
なぜって?
本当に
うれしかったからです。
自分から
「動画を作れます!」
とアピールするのと
誰かから
「お願いします!」
と言われるのは
全然違いました。
自分の練習でもなく
趣味で作ったものでもなく
誰かの仕事の中で
自分の動画を使ってもらえる。
これは
本当にすごいことだな
と思ったんです。
最初は
嬉しすぎて
何度もメッセージを
見返しましたね。
「本当に自分でいいのかな?」
という気持ち半分、
「任せてもらえたんだ!」
という嬉しさ半分。
素材を受け取って
内容を確認して
編集して
納品。
ひとつひとつが
緊張しましたし、
何より
納品するときは
ドキドキでした。
でも、
「ありがとうございます!」
「本当にいいモノができました!」
と言ってもらえて、
飛び上がるほど
うれしかったです。
ああ、
自分の手で作ったモノが
誰かの役に立ったんだ!
そう思いました。
会社に行って、
決められた仕事をして、
決められた時間に帰る。
そんな毎日とは
まったく違う充実感が
ありました。
だから、
「お願いします」
と言われるのが
本当にうれしかったです。
また作れる!
また任せてもらえた!
また、自分の出番が来た!
そんな風に
思っていました。
そして、
依頼を受けるたびに
できることも
増えていきました。
最初は
時間がかかっていた作業も
前より早く
できるようになりましたし、
テロップの見せ方も
間の詰め方も
音の置き方も
どんどん上達していく感じ。
これぞ、
クリエイターとしての喜び!
「お願いします」
と言われて、
作って
納品して
また少し上手くなる!
作れば作るほど
上手くなる!
その繰り返しの中で、
自分は前に進んでいる
…と思っていました。
実際、
前には
進んでいたと思います。
できなかったことが、
できるようになっている。
時間が
かかっていたことが、
短い時間で
できるようになっている。
見えなかった
細かい違和感にも、
気づけるようになっている。
収入も
ちょっとずつ増えている。
確かにちゃんと
積み上がっているように
思いました。
ただ、
なんか違うな…
とも思っていました。
動画にする力は
上手くはなっているし、
依頼も少しずつ
もらえるようになったし、
喜んでも
もらえている。
でも、
このまま
上手くなっていけば、
本当に働き方まで
変わっていくんだろうか?
そんなことを、
たまに考えるようになりました。
この違和感が
大きくなったのは、
AIで動画が
作れるようになってからです。
AIで作った動画と、
自分が時間をかけて作った動画。
もちろん、
同じではないと思っています。
間の取り方。
言葉の残し方。
見せる順番。
細かい違和感の直し方。
そこには、
自分なりの感覚も、
積み上げてきたものもあります。
でも、
その違いが、
そのまま仕事の価値として
伝わるとは限らない。
ここに、
少し怖さがありました。
頼まれたものを
前より上手く作れるようになった。
それは確かです。
ただ、
上手く作れることだけで
安心できるほど
仕事は単純じゃないのかもしれない。
あの違和感は、
たぶん間違いではありませんでした。
じゃあ、
どうしたらいいんだろう?
そんな風に考えていたときに
これを読みました。