人生100年時代!
しっかり考えないといけない
これからの【生き方】と【逝き方】とは?
【 僕のおばあちゃんは認知症 】
( 2020年に書きました )
約8年ぐらい前のまだ、おじいちゃんが生きていた時のことです。
熱燗好きなおじいちゃんと、盆踊りが好きなおばあちゃん。
60代後半の高齢者2人暮らしで、現代でもよくある光景であります。
2人とも病院嫌いの薬嫌いであり、処方された薬を飲まなかったりすることはよくありました。
ある時、おばあちゃんが盆踊りの日時や場所を間違えたり、薬を飲み忘れるなど…
でも、これは勘違いだったり、ただ薬が嫌いなのだろうと、軽く考えていた親族一同であった。
病院が大嫌いなおじいちゃん。
体調がかなり悪く…
久しぶりに病院に行き、色々と診察をしてもらうと実はガンが見つかりました。
しかも…
ステージ3だ。
いろんなところに転移していました。
病院の先生からは
【もう永くはないだろう】
そう言われ治療する為に、入院することになりました。
おばあちゃんはおじいちゃんの看病をしに病院に通っていたが、このぐらいから異変に気付く。
そう。
病院に行けない
家に帰れない。
場所がわからないなど…
こんなことが起こり始めました。
でも、普通にできている日も多々あります。
おばあちゃんが、なんばに遊びに行った時は、寄り道をし過ぎて帰りが、かなり遅くなったりしたこともありました。
本人は全く気付いていません。
ボケている自覚がないのである。
普通にしている時は、僕らも全く気が付きません。
ある時は塩が全部なくなっていたり…
実はコーヒーに使ったらしい。
美味しくないやん!
って、ツッコミ入れた。
ネタみたいな話だけど、本当の話。
まだまだ色々なことがあるが、書き出したらキリがないので、ご想像にお任せします。
本当に怖かったのは、深夜に勝手に起きて徘徊すること、キッチンの火のこと。
ちょっとボケたおばあちゃんが
1人で暮らすには、本当に危ない暮らし方だと思いました。
お父さんが、おばあちゃんの様子を見に家に行った時のこと。
入院中のおじいちゃんの着替えなどを取りに、2階に上がったら信じられない光景が目に入ってくる。
それは高齢者の2人暮らしでは、絶対に必要のない布団の数。
約30~40個の夏と冬用の布団がありました。
そうです…。
やられていました…。
ちょっとボケたおばあちゃんをカモにして、布団を大量に買わされていました。
布団以外にも、定期的にドンドン送られてくる健康ドリンクや、サプリなど…
おじいちゃんの医療費のこともあるので、お金は全部、お父さんが管理をすることに。
そして今後、どのようにしていくか、家族会議が行われました。
すぐには無理だと思うが、とりあえず一度どんなものか介護施設、老人ホームの説明会にも行ってみよう。
ということで、近辺の施設の説明会を聞きに行きました。
2~3つの施設を見学、設備やサービス、金額の負担額などの説明を聞きました。
満室だったりと施設により、紹介できないものもありました。
数日後、ご縁があって【特別養護老人ホーム】に空室ができて、今なら申込が可能ですよ!
っと、連絡がありました。
老人ホームの中では費用の負担が比較的、安い種類の老人ホームです。
ここの施設に決め引越を終えて、入居することになりました。
おばあちゃんのボケは調子が良い時と、悪い時があります。
調子が良い時は特に何も問題がないが、悪い時には自分のお部屋を間違えたり、忘れたりします。
そして、特に悪い時には忘れてしまう…。
人のことを。
そう。
孫である僕のことや、僕の兄弟のこと。
身内のことも気付かない時があります。
息子である僕の父のことは、まだ覚えている様子でした。
何よりも大変なのは、おじいちゃんがガンであることや、入院していることも忘れている時があります。
一緒におばあちゃんとお見舞いに行った時は、おじいちゃんを連れて家に帰ろうとしていました。
まだまだ、書ききれないほどの内容がたくさんあり話が進まないので、ここでは省略させていただきます。
そして、数週間が過ぎておじいちゃんが、ガンで亡くなってしまいます。
お通夜の日。
おばあちゃんはなぜか、泣いていませんでした。
お通夜の当日、僕と会ったおばあちゃん。
思ったより調子は良さそうでした。
孫の僕のことをおそらく覚えている。
でも、悲しそうではなく、全く泣かないおばあちゃん。
お通夜の館内をウロウロと徘徊しています。
どこに行くの?
訪ねると…
おじいちゃんを探していると答えました。
おばあちゃんに内緒にしていた訳ではなく、ただおじいちゃんが亡くなってしまったことを、忘れているだけです。
誰かのお通夜に参加していると
勘違いしているのです。
家族も親戚も、対応に困っています。
おばあちゃんの妹さんが手をしっかり握りながら答えました。
「もうこの前、亡くなったんやで。覚えてないんか?」
おばあちゃんは急に思い出して泣き出しました。
こんなやりとりが数回、続く…
その日の夜は館内で宿泊して、皆でおじいちゃんと過ごす最後の夜。
おばあちゃんはおじいちゃんに言いました。
「こんなとこで寝てんと!ほらっ!」
まるで、熱燗で酔い潰れたおじいちゃんと会話をしているみたいに。
お父さんはおばあちゃんに言いました。
「だから、もう亡くなったんやで!明日はお葬式やで。」
「何を、冗談言ってんねや!」
っと、お婆ちゃんは笑っていました。
お婆ちゃんがボケているのかどうか、わからないぐらい自然な会話でした。
次の日のお葬式もお通夜の時と同様に、おじいちゃんを探し回り、亡くなったことを忘れていました。
亡くなった話を聞くなり、遺影の写真を見て思い出して、急に泣き出したりしていました。
そんなおばあちゃんを見ている親族は、そのたびに胸が苦しくなります。
お葬式は無事に終了して、数ヶ月が過ぎました。
お盆、正月、お爺ちゃんの一回忌、三回忌と会うたびに思いました。
おばあちゃんのボケが進行していると…
孫の僕のことや、
僕の兄弟のことは完全に忘れている…。
おじいちゃんの七回忌を迎える頃。
おばあちゃんは、もう息子であるお父さんや、叔父さんのことも完全に忘れている…。
話をしていても、全然知らない他人と喋っている感覚。
会話の節々に出てくる●●ちゃん、●●さん。
老人ホームの他の入居者と●●ちゃんの話をしている。
昔、家に住んでた時の隣の家の●●さん。
でも、そんな人は存在しないのです。
おばあちゃんが言うには昔からの友達らしいけど。
ここまできたら、もう潔く話を聞けます。
「●●ちゃん元気にしてるん?」
「元気や!元気や!」
と、おばあちゃんは答える。
誰のことなのか全くわからないが、頭はボケてるが体はまだまだ元気で、ご飯もまぁまぁしっかり食べています。
会話も普通にしてるし、笑顔で話してるし、意外と元気です。
ある日、お父さんがおばあちゃんの、手の爪を切ってあげていました。
この光景を見た時に思いました。
【親がちゃんと認識できる時】に親孝行しないといけないなぁと。
『生きているうちに』とかいうけど、どんな状態で生きているかわからないから…。
そして、数日後のこと。
おばあちゃんが手術をするからっということで、病院に行き入院することになりました。
命に関わるような手術じゃないから別に心配しやんでいいで!
っと、お父さんからの連絡。
心配されていた手術も無事に終わりました。
が…
数日後の早朝にお父さんからの連絡。
【 急やけど…
おばあちゃん亡くなったわ… 】
えっ!!!??
衝撃過ぎて、何も言葉が出なかった。
命に関わるような手術じゃないって言ってたやん!
って思いながら…
あまりの急変の容態の悪化で、お父さんもギリギリ間に合わず…
おばあちゃんは息を引き取りました。
おばあちゃんが亡くなった時
【 悲 し い 】
という感情よりも、
なぜか温かく
【 安 心 し た 】
気持ちになりました。
おばあちゃんが何かを伝えたくて、
亡くなる日を自分で選んだのだと思わざるを得なかった。
認知症でボケてしまったけど、本当は孫の僕のこと。
家族のことを、
皆のことを忘れていないよ!
と。
そんなことを伝えたかったのではないか?と。
そんな気がしました。
先日、三回忌を迎えた
おばあちゃんの命日
【 11月10日 】
この日は僕の誕生日でもあるから。
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🔹梅田近辺の福島区と北区で活動中
🔸不動産業界歴 大阪市で15年以上
🔹雇用ではない新しい不動産業の働き方
🔸賃貸・売買・リフォーム
🔹マイホームの購入&不動産の売却
🔸終活・相続に伴う空き家&空き地の売却相談
🔹街の情報やお店などを紹介
🔸この街で楽しいコミュニティ作っていきます