ロサンゼルス在住時代、ホテル内飲食施設3店鋪の統括GMをしておりました。
当然日本から赴任とかではありません。
アメリカではツテもなく、過去の経歴も関係ないので、最初のレストランでの仕事は一番下っ端、すなわち皿洗いからのスタートでした。その後、次々にキャリアアップしていって前途の仕事を得ることになります。
事の経緯ですが、LAダウンタウンの日系ホテルが撤退する事になり、確か中東のお金持ちだったと思いますが新しいオーナーが土地建物を引き継ぎました。
名前を変えてホテル事業として運営するその方々なのですが、ホテル内のワンフロアーに3店舗ある飲食施設は自社で運営はしたくない、と。そこで営業権を手に入れたのが昔の私のボスでありました。
んで、私がそこの運営をジェネラルマネージャーとして任される事になります。グアムで当てはめて見ると、ハイアットのザ・キッチンと和食の虹、加えてフロントのラウンジを統括していた感じです。ホテルブランドのグレードの違いはあれ店としてのグレードと規模としてはそんな感じです。
あの時の私、齢で30になったかならないかだったので今思えば大抜擢ですね。
最初の1週間は元々のホテル運営からの引き継ぎ期でしたが、20年勤続の従業員がゴロゴロいてそこに突然GMとは名ばかりの若造が入ってくる訳です。
それはそれは大変でした。
また、老舗ならではの膿と言うかそう言うのも沢山ありました。
2週間経ち、ようやくその日1日の運営が落ち着いてきた頃、その後2週間後に迫るとある一大イベントを知ります。
ま、嫌がらせ的な意味もあったと思いますがわざとギリギリまで教えてくれませんでした。
キッチンスタッフはそれぞれ自分の役割は行っているようですがフロントの運営面は全くわからず。
前年までそれを仕切っていた前マネージャー達も全員辞めていたので誰もそのやり方を教えてくれません。
倉庫の中から手書きの書類を引っ張り出して(当時はデータ管理もなかった)一睡もせずに、と言ったら私も人間なんで嘘になりますが、1週間オフィスに詰めて1から手探りでやった時はほぼ泣きが入りました。
後にも先にも今に至るまで、あの経験が一番キツかったし辛かったです。
んで迎えた当日、運営上のあるポイントで前のやり方とは違う改善した部分があり、最初は誰もそれを理解していない、または受け入れていませんでしたが、実際やってみて納得したようで。その日のイベント営業終了後、
「去年よりやりやすかったです。マネージャー。」
っと初めてマネージャーと呼んでもらった時はウルっときました。
んで、その日の売上が前年対比で確か30%増とか。金額としては一般的な中規模店の月商って感じです。流石にボスの予想をはるかに超えていた様子で
「任せて良かった。」
っと特別ボーナスも手渡されました。
努力していればチャンスは廻ってきて、そして結果を出せば人種・学歴関係なく認められる。そんな憧れていたアメリカを実際に味わった瞬間でした。
帰り、車の運転席に座った瞬間、思わず涙が出ました。
ここまで来るのに辛いことも多かったアメリカ生活でしたが、アメリカに来て良かった、と心から思いました。
もう半年前になりますが、そんなしがらみのあるニューオータニー本店での滞在。↓
今度は「グアムに来て良かった」と思えるように努力を続けなければなと思っています。
