1.心理的アプローチ
2.身体的アプローチ
3.スピリチュアルなアプローチ
今回はスピリチュアルなアプローチについて取り上げます。
スピリチュアルというのは、この物質世界のリアリティを超える精神的な世界があることを信じる態度で、宗教と密接な関係があります。
たとえば祈りというのは物質界の因果律の世界においては何の意味も効果もないものですが、その効果を信じる人にとってはきわめて大切なものです。
また人間が死んだ後どうなるかというようなことは、とても切実な疑問だと思いますが、科学は一切このことに応えてくれません。それは物質次元の問題ではなく、スピリチュアルな次元の問題だからです。
スピリチュアルなことにをどのように捉えているかが、その人の生きる姿勢となります。道徳・倫理の基礎は物質界にはなく、スピリチュアルな世界にあります。
「なぜ人を殺してはいけないのか」という質問に対する答えは、科学によってはけっして出てきません。それはスピリチュアルな質問だからです。
スピリチュアリティ(「精神性」とか「霊性」というふうに訳されます)というものが、戦後の日本の教育において徹底的に否定されてきました。
この否定はきわめて政治的理由によって行われてきたのですが、そのことについてはこれ以上ここでは触れません。
ここでは創造性を発揮していくうえで、スピリチュアルな考え方が決定的に重要であることを述べたいと思います。
スピリチュアルな世界というのは、無限の想像力に満ちた世界です。宗教的な言い方をすると、神は無限の想像力を持っているということになります。
科学的思考方法でいくとこういう言い方をしても、何の意味もない言い方をしていることになります。
科学的思考はとても有益なものですし、人類の発展と幸福に大きく貢献してきたことは間違いありませんが、それがすべてではありません。それ以外にも有益な思考方法なり態度があることを否定する必要はないのです。
創造性というのは、スピリチュアルな世界すなわち無限の創造力を持った世界にチューニングすることです。
たとえばクラシック音楽の巨匠であるバッハは、神にチューニングし、神を讃えるためにのみ作曲しました。バッハの音楽を聴けば、神の無限の創造性を直接感じることができます。
芸術であれ科学技術であれ、また料理とか武道とか、人間のすべての創造活動による恩恵を体験する時、人は神の無限の創造性の一端に触れているのです。
そのような感じ方は、人間にとってきわめて素直で自然なことです。そして無限の創造力のエネルギーにチューニングする方法を身につけることは、われわれがクリエイティブになる上で決定的に重要なのです。
物質界の因果律にとらわれた思考を頭の中でしているだけでは、人間はけっしてクリエイティブになることはできません。このことはすべての人が体感的に知っていることです。
たとえば何かの本を読んだり芸術作品を鑑賞する時、それがインスピレーションに満ちているかどうか、われわれは直観的に判断できるのです。
創造的なエネルギーにチューニングするというのは、インスピレーションを得るための通路を見つけることと同じです。実はこの通路を見つける方法はあるのです。
それは自分が本来クリエイティブな存在であることを思い出すことです。 そのことを信じようと努力する必要はありません。
もしあなたが猫好きだとすると、猫を好きになろうと努力しようとはしないでしょう。それは理屈を超えた確信であって、あなたは誰に何を言われる必要もなくそのことを知っているからです。
あなたが無限の創造性に満ちた存在であることは当然だし、すでにあなたはそのことを知っているのです。するべきことはただそのことを思い出すだけです。
なぜそう言うかというと、われわれもこの無限の創造性の世界の一部であるからで、猫好きが猫を好きなことを誰に言われなくとも知っているごとく、われわれはそのことを知っているのです。
この世にやってきたばかりの赤ん坊のときは、人間が無限の創造力に満ちた存在であることが素直にわかっていました。
けれども家族とか学校とか友人などからそのことを否定され続けているうちに、いつしかわれわれはそのことを信じられなくなってきたのです。
それはまるで「あなたは無能で無価値な人間だ」という催眠術にかかってしまったようなものです。
ですから必要なのは、この否定的な催眠術から自分を解き放つこと、脱洗脳することなのです。
このブログのテーマは、自分自身の脱洗脳のプログラムをどのようにしていくかということなのです。