ミルトン・エリクソンは催眠の分野で名高い治療家です。
彼はそれまで精神分析が主流だった精神医学の分野で催眠を治療に使い始め、それのみでなく数々の心理療法における革新的技法を編み出してそこから様々な学派が形成されていきました。
その創造性は驚異的で、心理学・精神医学の分野ではフロイト・ユングなど第一級の学者と同等クラスの評価を受けていると思います。
彼の生涯を見るとき、創造性というものの不思議さを強く感じます。
ミルトン・エリクソンはさまざまな障害を抱えて生きた人でした。とくに生涯にわたる影響を残したのが、17歳のときに襲われたポリオ(小児麻痺)でした。
当時の様子を「ミルトン・エリクソン~その生涯と治療技法~(ザイグ、ムニオン著・ 金剛出版)」をもとに述べたいと思います。
ポリオの影響で聴力、視力、眼球運動だけが残され、話すことには大変な困難がともない、他の運動能力はほとんど奪われました。
発症したその日、医者が母に息子は翌朝までもたないであろうと話しているのを、彼はふと耳にします。母にそのようなむごい知らせを言う鈍感さに憤激したことが、彼の生への粘り強い欲求のエネルギー源となりました。
この後エリクソンは驚異的な精神力と創意工夫によって自分自身のリハビリテーションを行っていきます。
そして回復の過程で、彼は身体能力を回復したのみならず、その後の催眠をつかった治療技法のもとになる数々の発見をすることになるのです。
前掲した本からその一例を引用します。
細部への観察と注意は、エリクソンの回復にとって不可欠であった。彼は、バランスをとったり歩いたりすることを再学習する上で、一番下の妹がハイハイをしたり、ヨチヨチ歩きをしたりするのを観察したことから大いに助けられた。
訓練が進んでいくうちに、彼は歩くために力を尽くすと疲れて慢性的な痛みが軽減されることを学んだ。より重要なことに、彼は、同様の痛みの軽減を、ただ歩くことや疲れやリラクセーションについて考えることだけで体験しうることを発見した。
(引用ここまで)
エリクソンが莫大に創造性を発揮できたのは、こうした障害を負ったことが大きな要因と考えられます。
もっとも、それも不屈の精神力と.天賦の創意工夫の能力があったからではありますが、それにしてもこうした障害体験がなければあそこまで催眠技法を深めることはできなかっただろうと思われるのです。
エリクソンのつかった技法の中で有名なものに「逸話」というテクニックがあります。
それはエリクソンが過去に体験した話やたとえ話を患者に聞かせているうちに、患者の中で変化が起こるというものです。
たとえばなんらかの障害を負うという境遇に陥った人が、上記のようなエリクソンの障害克服体験を聴いたなら、もしかしたら自分にもそういうふうなことができるかもしれないと感じて、回復への希望やモチベーションを得ることが大いにありえます。
「ポジティブになりなさい」という説得や説教よりも、そのように体験や逸話を聴くという形の方が抵抗なくすっと心の中に入っていくのです。
ミルトン・エリクソンはとてもスケールの大きい人物で、私は彼が人類全体を催眠にかけたのだと考えると楽しくなります。
今、特に日本がそうだと思いますが、人類は大変な危機状態に陥っていると言えると思います。
けれどもそうした困難は、一歩づつできることからやっていけば必ず克服できるし、その過程で多くの新しい発見ができるのだよ、そうエリクソンが穏やかに優しい調子で語りかけてくれているように感じるのです。