昭和54年10月、当時の徳島市立高校合唱部の部長は2年生の金沢君でした。
それが、受験のためという理由で突然辞意をもらしました。
部は大騒動。
OBまで何人もが、彼の自宅にまで押しかけて翻意をうながしました。
これほどまでに、部員同士、またOBと現役の間で、強い絆で結ばれていたのですね。
結局は、彼の強い決意を変えることはできず、部長は鈴江君ということになりました。
昭和54年10月、当時の徳島市立高校合唱部の部長は2年生の金沢君でした。
それが、受験のためという理由で突然辞意をもらしました。
部は大騒動。
OBまで何人もが、彼の自宅にまで押しかけて翻意をうながしました。
これほどまでに、部員同士、またOBと現役の間で、強い絆で結ばれていたのですね。
結局は、彼の強い決意を変えることはできず、部長は鈴江君ということになりました。
きのうのMBS「ちちんぷいぷい」の中のコーナー、「たむらけんじの 学校へ行こう」で、「歌って踊れる合唱部」として紹介されていました、京都府立西城陽高校合唱部。
男子22人、女子53人と、うらやましい人数です。
年間20ステージ以上をこなすそうです。
私は、全国高文祭や近畿高文祭に行くたびにお目にかかって、生き生きとした姿にあこがれていました。
番組内で、あごが出ないようにネクタイをあごに巻いて発声するのを見ました。
これぞ、昔の市高合唱部で流行った「発声養成ギブス」です。
徳島市高では、ネクタイでなくてタオルを巻いていました。
高嶋昌二先生直伝の発声法、「ふぐ」「プロペラ」もやっていました。
「かばん」を上に放り投げながら声を出す、というのもやっていました。
体を動かしながら歌うから、よく声が出るのです。
また、とても楽しそうだから、部員数も増えるのですね。
今朝は昨日の雪が残っていて、家を一歩出ると滑りそうでした。
徳島市は積雪が2㎝もあったそうです。
雪国の方は2㎝くらいでなんじゃい、と言われそうですが、徳島市内で2㎝は大雪なのです。
三好市西祖谷山では45㎝積雪があるそうです。
私は22歳から26歳まで、三好郡で勤務しました。
冬になるとしばしば雪景色を見ました。
朝起きると気温は氷点下、外は雪がしんしんと降り続いています。
ノーマルタイヤで怖い思いをしながら学校へ行ったこともあります。
それからは、雪が降ると歩くようにしました。
5㎞の道のりを、健康のためにと思って歩いた思い出があります。
今日は、徳島には珍しく一日中、雪が舞いました。
山間部はかなりの積雪だそうです。
さて、昨日夜のNHKEテレ「らららクラシック」は、シューベルトの「未完成交響曲」でした。
「未完成」がなぜ未完成なのかは、永遠の謎だそうです。
ゲストの脳科学者の茂木健一郎氏は、
「どんな人の人生も未完成で終わる。
この曲は人生の象徴だ。」と語っていました。
私が大学1年生の時の第11回市高定期演奏会で、オーケストラ部は「未完成」を演奏しました。
指揮は、当時OBの石井恭二さんでした。
遅くまで練習していたので、この曲は強く印象に残っています。
一昨日のNHK-Eテレ「亀田音楽専門学校」シーズン3の第3回です。
今回は、J-POPの歴史のうち、2000年から2005年までを取りあげました。
これは、J-POPが成熟して楽園になった時代です。
ゲストは、RIP SLYME です。
この時代の特徴として、①リズム主義 ②生音の使用 特にストリングス
が、挙げられる、と言っていました。
今は、音楽番組のバンドにストリングスが登場することがよくあります。
でも、考えてみればすごいことですね。
音大卒業者の仕事が増えています。
「ストリングスは、日本民族としての郷愁感みたいなものがある」とまとめていました。
納得です。