昭和57年3月28日に開かれた第15回徳島市立高校定期演奏会は、阿波高校へ転勤していく川人昭夫先生の、最後の定演でした。


合唱部は、大中恩作曲「島よ」

オーケストラ部は、チャイコフスキー作曲「交響曲第5番」ほかを

心を込めて、最高の演奏をしました。


アンコールの1曲目、ブラームス作曲「ハンガリア舞曲第5番」は、みんな泣いていて、主旋律が所々とぎれました。



その夜「ありの道」にて、OBの打ち上げが盛大に行われました。


宴会も終わって「ありの道」を出て行くとき、川人先生は玄関に座り込んで、

「阿波高や行きたぁないわあ」と、泣きわめきました。



30日、OBのトラックをやとって大量の荷物を積み込み、川人先生は青春の17年を過ごした市高を去っていきました。

昭和57年3月、四国放送は「ふるさと徳島の歌」というのを広く募集していました。


川人先生は作詞作曲をして応募することになりました。


3月13日、そこいらにいたメンバーを使って、小アンサンブルと合唱で録音しました。


私の声も入っています。


結果は残念ながら、入賞を逃しました。



その3月末をもって、川人先生は17年間勤めた徳島市立高校から転勤することになります。


今から思えば、先生は転勤することを知っていて、「ふるさと徳島の歌」に応募したのかもしれません。





またまた週刊誌やスポーツ紙を揺るがす大事件が勃発 !


清原容疑者が覚醒剤で逮捕されましたね。



清原という人は、「番長」というニックネームの通り、豪放な人に見えます。


しかしその中身は、きわめて小心で繊細な人だと思います。


昨秋から公開していたブログにも、それは現れています。


ブログを頻繁に更新する人は、寂しがり屋が多いそうです。


プロ野球現役を引退してから、どこからもコーチ・監督の誘いが無いこと、


離婚して愛する息子達と離れてしまったこと、など、


寂しさから、薬物に手を出してしまったのかもしれません。



とはいえ、それは許されることではありません。



  先日の「題名のない音楽会」より



「失敗を恐れるな


 失敗なんてないんだ」


      マイルス・デイビス



「失敗なんてないんだ」なんて、マイルス・デイビスだから言える言葉ですよね。

きょうテレビトクシマで、平成27年11月1日にあった県高等学校総合文化祭音楽会の前編の放送がありました。


自分が出場していた頃を、懐かしく思い出しながら見ました。


とても少人数の学校も、よく頑張っていました。


11月下旬にあった近畿高文祭は鳥取であったようです。


鳥取も近畿広域連合に入ったのですね。